145 御用商人
吾輩は商人である。
しかも魔族の商人である。
我がパンデモニウム商会は、創業より二十代以上を重ねる老舗中の老舗。
無論のこと勢力は魔国一であり、魔国内に流通するあらゆる類の商品は、我が商会で扱っていることを自負している。
かく言う吾輩、パンデモニウム商会、第二十四代目の会長シャクスも、魔王御用商人の栄誉に浴する数少ないうちの一人。
魔国の支配者たる魔王様から直接ご注文を賜る商人は、吾輩を含めて片手に余るほどしかいない。
魔王様が人間国を滅ぼし、名実ともに地上の王となられる今、未開拓だった人間国の流通網にも進出して、利益はますます拡大するであろう。
我が商会の未来も、魔国ともども順風満帆。
そう思われた矢先のことだった。
吾輩が呼び出しを受けたのは……。
* * *
緊張で脂汗が止まらない。
何しろ今、吾輩の目の前におられるのは第一魔王妃アスタレス様なのであらせられるのだから。
今を時めく、飛ぶ鳥落とす勢いの御方である。
元々は魔王軍四天王の一人として軍部において存在感を示し、実績能力共に秀でた御方。
一時政戦に敗れて放逐されていたものの、その隠遁中いつの間にやら魔王様とご結婚、魔王妃として舞い戻り、見事な返り咲きを果たした。
ここ最近でもっとも大きないくさである人間国侵攻戦でも明確な功績があり、魔王妃としての立場に異論を挟める者は、もはやいない。
そしてこのたび、手早く魔王様との間にお世継ぎを懐妊され、これで男児が生まれれば彼女の栄華は不動のものとなろう。
要するにアスタレス様は魔王様と同等、もしかしたらそれ以上に注意を払わねばいけない御方。
魔王御用商人にとっては、魔王様のご家族もまた注文を賜る大切なお得意様。
仮に御機嫌を損ねて出入り禁止ともなれば商会が傾くきっかけにもなりかねない。
「魔王妃陛下、このたびは拝謁をお許しいただき、恐悦至極にございます……!」
「そう硬くならずに。こちらこそ魔王妃就任のあとにすぐ目通りさせるべきところを、国内改革やら人間国侵攻やらで暇なく、今日まで延び延びになってしまったのを心苦しく思っていた。さぞ焦らされたことだろう。許せ」
「滅相もないことでございます……!」
そう。
実は今回の謁見……、吾輩が魔王妃様の御用聞きでまかり越すのは、これが初めてのことなのだ。
だからこそ緊張している。
男性より女性の方が好みが煩いのは常のこと。新たに我々への生殺与奪の権を得た女王様が、どんな注文をしてくるかまだわかったものではないのだ。
当然、四天王であられた頃からも商いはあったが、その頃は担当が違ったし、権力を手にすることで人はどう変わるかわからない。
どうか、商いやすい権力者であることを祈るばかりである。
「……わ、我らパンデモニウム商会は、代々魔王家様の御用商人を務めてきました。魔王様ご一家の望まれるものならば、何であろうと地の果てまで探し出し、ご提供する準備ができております」
とにかく売り込み。ひたすら売り込み。
「日常のつまらぬものから二つとない珍品まで、いかなる品物であろうと申し付けて下されれば幸いです。このシャクス、魔族商人として魔王妃様のご期待を裏切ることは決していたしません……!」
「うむ……、では早速だが、一つ頼まれて欲しいのだ」
「何なりと! 何をご用意いたしましょう!? ドレスですか? 宝石ですか? 実は今回、勝手ながら魔王妃様にお似合になりそうな品物をいくつか……!」
「いや、そういうことではない。衣服の類は間に合っている」
「そうですよね……!」
くっそう!
たしかにそうなのだ。
この魔王妃アスタレス様、実に見事なお召しものをご所有されている。
これまで公の場で披露されてきたドレスは、いずれも見事なデザインで、魔族服飾界に衝撃を与えてきた。
魔王妃様がその極上ドレスをどこから購入したのか、同じ業界内にいてもまったく情報が入ってこなくて我らも震撼している。
もしかして我らの知らない新たな商人勢力が魔王家に接近しつつある!?
本当にそうなら我らパンデモニウム商会、魔国商業界、頂点の座から蹴落とされる未曽有の危機だ!
今回、魔王妃ご懐妊ということで、大きくなったお腹でも様になるマタニティドレスをご提供するチャンス! と意気込んできたのに。
魔王妃は既にそれ系の衣服を着ていた。
しかもそのマタニティドレスの洗練されたデザイン、極上の生地、たしかな仕立て!
魔国一の商人を自負する吾輩でも、こんなハイレベルな品を用意できる自信はない。
完全敗北!
魔王妃は一体どこから、こんな良い品を!?
「私が頼みたいのは、仲売りだ」
「仲売り……、ですか?」
望んでいるのは、買うことではなく売ること?
別にそうした依頼は珍しくない。
過去にも戦費調達のため、魔王が所蔵する宝物を売りに出す仲介を……、と言うことは先祖代々よくやることだ。
……が。
「私は商売に詳しくないので、そういう言い方が正確なのか知らないが、ある者に代わって品物を売りさばいてほしいのだ。利益はその者とお前たちとで半々、というのはどうだろう?」
「魔王妃様のお望みとあれば何であろうと全力を尽くす所存でございますが、まずは品物を見てみないことには何とも……!」
ヘタなものを売り出せは店の信用に関わるからな。
魔王妃のご機嫌は全力で取っておくべきなのだが、今は必要か? 断る勇気。
「もっともな言い分だ。売り捌いてほしいのはな、服だ」
「服、ですか?」
「特別な間柄で、私のために直接服を仕立ててくれる者がいる。彼女の作品が、私以外の手にも渡るようにしてやりたくてな」
「魔王妃様の御召し物……、ですか!?」
「ああ、実は今着ている、この懐妊用の服も彼女の手製だ」
「承りました」
即決。
機を見て敏でなければ商人は生き残れない。
まさか魔王妃のご使用の衣服が、お抱えデザイナーの仕立てた一点物だったとは!
それじゃあ購入ルートを推測できないわけだ!
新規ライバル参入の可能性がなくなった安心感&超優良な商品を扱える期待感で、吾輩の商人的ハートはドッキンばくばくアニマル!
「是非とも吾輩めに仲介をお任せください! 適正価格における最高値で売りさばいてご覧にいれます!!」
「そ、そうか? あまり無理はしなくていいからな……!?」
「ではまず! そのデザイナーご本人様と面会を! できればその場で専属契約を!!」
「いきなり!?」
テンションが上がりすぎて、魔王妃がドン引きしていることにも、その時吾輩には気づけなかった。
だって吾輩の勘が叫んでいたのだ。
この商品は絶対に売れる。
この謎のデザイナーが仕立てた衣服は、魔国のファッション界に旋風を巻き起こすと!
その渦の中心で利益に噛める。商人にとってこんな美味しい話があるだろうか!
いや、ない!
魔国が迎える新しい時代の新しい利益に。
我が商会は食い込み続けるのだ!