1456 ジュニアの冒険:無明の因縁
ノーライフキングの老姫。
元来ノーライフキングとは、高い魔力と知識を得た隠者がさらなる叡智を極めんがために、禁断の領域へと踏み込んだ者たち。
アンデッドと生者との最大の違いは、死んでいるか否か。
既に死したる者は、もう死にようがない。つまり寿命という制限を取り払われた存在は、時間に阻まれることなく永遠に研究と、叡智の探求に没頭することができる。
アンデッド最上級であるノーライフキングは、死より解放された永遠の時間と、生前に劣らぬ思考能力を併せ持つことができる。
研究者にとってこれほど理想的な環境はない、ということだった。
現存する多くのノーライフキングは、一生すべてを捧げても到達しえない真理へと到達するために、人としての尊厳を捨て去った者たちだった。
老姫もその中の一人だった。
彼女の研究テーマは、失われし古代魔法の復活。
その古代魔法は、名を聖唱魔法といった。
清らかな人魚の歌声が世界に作用し、様々な奇跡神威を顕現させる。
その作用力は、魔族の魔術魔法、人族の法術魔法を遥かに超えて脅威的で、あまりの全能性を恐れた海の神々が、人魚族から没収するほどだったという。
人魚族がかつて持ち合わせており、いつの間にか消え去ってしまったものを再び手の中に取り戻さんとした。
その研究を成し遂げるためには、人一人の一生では到底足りない膨大な時間が必要。
そのために禁術を用い、広い海の一角にある海底ダンジョンを占拠してノーライフキングの老姫となった。
しかし、彼女の目的を達成するにはノーライフキング化だけでは足らなかった。
他にも多くの新鮮な研究材料を必要とした。
皮肉なことに、ノーライフキングとなったことで老姫自身は、古代魔法の使用条件を失ってしまった。
かつて人魚族が操ったという万能無敵の古代魔法。
それは人魚族……しかも女性のみが内包した特定の生命力が根源になっている。
そう特定した老姫の絶望はどれほどのものだっただろう。
そこまで研究を進められたのは間違いなく、ノーライフキング化したことによる無限時間の獲得のお陰であった。
同時に、そのノーライフキング化が自分自身の最終目的到達を絶対永遠に阻むことになったのだから。
アンデッドとなったからには生命力は消え去る。
代わりにあるのは不浄の死臭のみ。
普通であれば、その時点で老姫の研究は頓挫するべきであったが、みずからを不死者に変えてまでやり通そうという探求心が普通であるはずがない。
老姫は即座にプランBを練り上げた。
自分が古代魔法を使えないというならば、使える他者を造り上げればいい、と。
その行動方針に従って老姫は、人魚族の幼い少女を何人も何人も拉致して集めた。
古代魔法の使い手として改造するために。
年端もいかぬ少女を標的としたのは、古代魔法の原動力である生命力がもっとも盛んな年頃であるから。
一人ならず多数を集めたのは、その中からもっとも適性のある最優良個体を厳選するため。
……そして、実験体として使い捨てにするためでもあった。
実験体の少女たちは、いずれもスラムに暮らす孤児だった。
身寄りがない方が失踪しても騒ぎにならず、研究の妨げにならないという判断から。
そうして実験体となる少女たちの中に……。
……のちの人魚王妃シーラ・カンヌがいた。
* * *
話を総括すると、こんな感じになる。
シーラおばあちゃんが、そんなに壮絶な前半生を生き抜いていたとは。
僕も四魔女のお姉さんたちもエンゼルおばさんも、ただ戦慄に呆然としながら、あの仇敵たちを見上げることしかできなかった。
そう、仇敵だ。
シーラおばあちゃんにとって老姫とは、仇敵以外に呼び表しようがない相手なのだった……!
「……皆死んだわ。コメットも、ハチェットも皆……。アナタに実験動物扱いされ、使い潰されて命尽きていった」
『…………!』
「アタシだけが生き残り、アナタの望む通りの聖唱魔法の使い手になった。その魔法を会得したアタシが、まず最初にしたこと。覚えているかしら?」
『わ、わらわを……!』
老姫は恐怖に震えながらもキッと狂気の視線を放つ。
『そうじゃ、このわらわを殺しおった! わらわが心血を注ぎ、人としての生をかなぐり捨ててまで乞い求めた聖唱魔法で!』
「それだけ苦労して復活させた古代魔法で殺されるのなら本望じゃない?」
『ほざけ! 本来なら精神操作でお前を支配し、間接的に聖唱魔法を使いこなす手はずであったものを、実験動物のお前が逆らったせいですべてが台無しじゃ!』
「それを理不尽とでも言うつもり?」
シーラおばあちゃんから凄まじい憤怒の気迫が広がる。
激しくはない。しかし無限に深い海溝の奥底から見つめられるような、静かな怒りに、傍らにいる僕らですら背筋が震えた。
真正面から見据えられる老姫は、その比ではあるまい。
「ある日わけもわからず連れ去られて、人としての尊厳すら奪われ実験動物として扱われる。そして命まで奪われる。アタシはたまたま聖唱魔法に適性があって助かったけれど、一緒にさらわれてきた友だちは皆死んだ」
シーラおばあちゃんの視線はどこまでも冷たい。
「そんな扱いを受けた子が、復讐の刃を握らされたのよ。振るわないわけがないじゃない」
『貴様らのような下等生物は、偉大なるわらわの実験体に選ばれたこと自体を誇りに思うべきなのじゃ! それを傲慢にも抵抗してきおって! お前さえ操り人形となっておればわらわは今頃、聖唱魔法唯一の使い手として神にも等しい存在に……ひぃッ!?』
老姫が、バチリと閃く電撃に吹っ飛ばされた。
どういう知靴かはわからないが、シーラおばあちゃんの振る舞いであることは間違いない。
「黙れ、耳が腐るわ」
その声も表情も、優雅な人魚王妃のものではなかった。
世界滅亡もいとわぬ、心の壊れた魔女の声。
「アナタのさらなる許しがたい点は、こうして甦ってきたことよ。細胞一つに至るまで念入りに潰したっていうのに、まだ死なないなんて節操がないわねえ」
『お陰で復活するのに数十年と時間がかかってしまった。……だがこうして今は完全復活へと至った。さすれば何をするかわかりきっておるじゃろう?』
復讐。
まさかこの一連の老姫の暗躍は……?
人魚国の中心地ジゴルに数万のモンスター軍団の送り込み、地方の反乱を誘発したり、今こうしてエンゼルおばさんを拘束したりしたのも。
すべては自分を殺したシーラおばあちゃんへの復讐のため?
「逆恨みね。アナタはアタシから殺されるだけのことをしたのよ。その罪を抱えて地獄へ落ちるのが筋ではなくて?」
『ノーライフキングは元より地獄から締め出された存在じゃ! 恨みを晴らすまで、お前が千度殺そうとも甦るぞ!』
何とも不条理な物言いだった。
どう考えても老姫の方が悪いんだから復讐に燃える筋合いがない。
『ククククク……、それにしてもお前が人魚の妃へとのし上がっていたとはな。わらわが死んでおる間にどう上手くやったかは知らんが、わらわが授けてやった聖唱魔法のお陰かの?』
「アタシが、本当に聖唱魔法で何でも好き勝手にしていたら……」
シーラおばあちゃん、言う。
「……とっくにこの世界は滅びているわ」
『ひぐッ!?』
あまりの殺気の強さに、息詰まる老姫。
「アナタ、自分で研究しておいて聖唱魔法の恐ろしさを何もわかっていないのね。世界を滅ぼす。最上級の災禍も聖唱魔法なら実行できる。だからこそ神々は恐れ、人魚族からこの禁法を取り上げたというのに」
『……ハハッ、ハッ、できるからと言って本当に世界を滅ぼすバカが何処におる? 最強の力を有しても、それを振るう場がなければ何の意味もなかろうに!』
「ここにいるのが、そのバカよ」
シーラおばあちゃんは薄く笑いながら言った。
「アナタによって人生を、そして心を壊されたアタシにとって世界など何の意味もないものだった。そんなアタシがアナタを殺してから、まず何をしたかわかる?」
『な、何をしたというのじゃ?』
「海のノーライフキングを皆殺しにしたわ。アナタを殺したぐらいじゃ復讐心が満足できなかったの。だからその余剰分の解消……八つ当たりってわけね」
サラッととんでもないことを抜かしたシーラおばあちゃん。
それには四魔女の皆さんもどよめいて……。
「『どうして海にノーライフキングはいないのか?』って長年の謎とされていたけれど……!?」
「まさかそれが答え?」
おばあちゃんが世界の謎の作り手側になっていた!?
『まさか……甦ってからどいつもこいつも反応がないと思ったら』
「アナタたちは、自分の研究を完成させるために情報共有していたみたいね。そのネットワークを活用させてもらったわ。アナタの残したマナのラインを手繰って一網打尽よ」
『ぬぅううううう……どこまでもコケにしよってぇ!』
「でもそこまでやっても私の復讐心は満たされることはなかった。だからこの世界そのものを消し去ることにしたの。世界が丸ごと消えれば、私自身も、胸にくすぶる復讐心ごと消えることができる。私のような汚物を生み出す世界も、存在そのものが悪だから消え去ってしまえばいいと」
しかし、そんなシーラおばあちゃんの暴走は完遂されなかったことを僕たちは知っている。
何故ならこの世界は今も元気に息づいているのだから。
それこそシーラおばあちゃんの自暴自棄が途中で阻止された何よりの証拠だった。
「そう、私は失敗したのよ。アタシの聖唱魔法は、それ以上の強大な力に阻まれて霧消した。それによってアタシは世界を滅ぼせなかったの」
『聖唱魔法より強大な力じゃと!? バカな!?』
その一点に大いに噛みつく老姫。
『聖唱魔法より大きな力など存在するはずがない! わらわが身命を賭して得ようとした力じゃぞ! それより大きな力などあって堪るか! あるというなら言ってみろ! 一体いかなる力が聖唱魔法をひねり潰したと言うんじゃ!?』
「愛よ」
シーラおばあちゃんが即答した。
「愛よ。愛こそが世界でもっとも尊く強大で、何者も超えることができない至高の力。アタシはその愛の前に屈した。アナタの崇拝する聖唱魔法も、愛の前ではまったく無力、無意味でしかない」







