1453 ジュニアの冒険:蹂躙の新世代魔女
「モンスターがぁ!?」
その報告に僕は周囲を見渡す。
視界に収まるのは長閑な村の田舎風景。モンスターなんて危険の陰は窺えないけれども。
「バトラクスを舐めてはダメよ。『整頓の魔女』と呼ばれる彼女は人一倍ちらかりの気配に敏感なんだから」
「モンスターという存在は、それこそ乱雑さそのもの。『整頓の魔女』である私の大敵よ」
そこまでなんだ。
つまり、四魔女の中でも特に気配察知に長じたバトラクスお姉さんだから、今はまだ視界の外にいるモンスターにもいち早く気づけたと。
この人たちの言うことならば信頼に値するが……。
しかし、その数なんて言った?
数千?
なんでそんなに一度に湧き上がっているんですか!?
恐れ驚いたのは、まず現地人の男人魚さん(尋問中)、次にエンゼルおばさん、そして僕だった。
「なんでモンスターが!? この辺にダンジョンなんてありはしねえ鄙びた平和村だったはずなのに、魔女が襲ってくるわモンスターが襲ってくるわ立て続けに凶事が!? 厄年かぁ!?」
「んままままままままま、待ちなさい! こういう時は慌ててはダメダメダメダメダメダーメ!! おちおちおちおち、つつつつつつつつつつつつつけぇえええええええええッッ!!」
ダメだエンゼルおばさんが正気じゃない。
おばさんこそ慌てないでください落ち着いてください!
アナタ王族でここじゃ一番偉いんですよ! そんなエンゼルおばさんが取り乱していたら周囲にもその動揺が伝わって、鎮まるものも鎮まらなくなっちゃうじゃないちゃわない!?
ちゃい、ちゃいちゃい!?
「ジュニアくんも落ち着きなさい」
むしろ完璧に沈着冷静な四魔女の皆さんが空恐ろしいんですけれど。
「……不自然、あまりにも不自然ね」
「元々数が異常だわ。地上でモンスターと接触する可能性なんてダンジョンから溢れ出た個体と遭遇するぐらいしかないのに。それが千単位で大挙するなんてありえるの?」
「しかもそれらが狙いさだめたように村を取り囲んでいる」
「偶然の成り行きにしてはあまりに出来すぎね……」
お姉さん方、お姉さん!?
そんな冷静に分析している場合ですか!?
数千ですよ数千!
一十百千……の千ですよ!
そんな数のモンスターに囲まれて命の危機を感じないんですか!?
この場には先生もヴィールもいないんですぞ!
じゃあ、だったら誰が数千体のモンスターを退けるんですかい!?
「そりゃあ、この場にいる私たちでやるしかないんじゃない?」
えー?
そんなこともなげに、やって当たり前のように?
「だって、ここには私たちしかいないんだから私たちでやるしかないでしょう」
「本人不在のところでまで先生やヴィール様に頼っては申し訳ないわ」
「できることは自分でやる。できないことは助け合う」
「それが農場スピリッツ」
口々に勇ましいことを語りつつ、各々肩を回したり首筋を伸ばしたり指関節をポキポキ鳴らしたりと戦闘態勢を整える。
この人たち……マジで数千体のモンスターとガチでぶつかり合うつもりなのですか?
数千体vs四人?
とてもじゃないが勝負にならないと思う。『戦いは数だぜ』と昔の偉い人も仰っていましたが。
「さすが我が旧友たちね! その意気やよし!!」
一方で、四魔女の揺るがぬ自信に早くも鼓舞された人物が一人。
他でもないエンゼルおばさんだ。
「昔を思い出すわね。皆で無根拠な自信に溢れかえって何でもできると思い違っていたあの頃を!」
「それはエンゼル様だけだった気が……」
「あの頃の向こう見ずよ今ここに! 正統五魔女聖の復活よ!」
五魔女? 何?
目の前にいる方々は既にフツーにれっきとした魔女で、しかも四人なんですが。
四人なのに五魔女? あと一人はどこ?
「正統五魔女聖というのは……」
「私たちが学生時代、自分たちで盛り上がってつけたグループ名というか……」
「魔女(自称)ですねえ。思い出したら恥ずかしい」
「若気の至りというヤツ」
な、なるほど。
しかし時経て実際に魔女へと成長した四人に対してエンゼルおばさんだけは魔女でないまま魔女を自称している。
これを『成長していない』というべきなのか。
「細かいことはどうでもいいのよ! ディスカス! ベールテール! ヘッケリィ! バトラクス! 村を死守しつつモンスターを掃討するのよ! 人命が最優先! 村人たちも大事な人魚国の民なんだから、犠牲を出したらアロワナお兄ちゃんに顔向けできないわ!!」
ここぞというところで正論を突き出してくる。
まったくその通りだから反論できないじゃないですか。
「こうなっては村人たちを氷漬けにしていたのは却ってよかったかもね」
「そうねえ、怖い思いをさせずに済むもの。何よりパニックを防げるし」
「海流を操作して村人たちを集めるわ。保管場所はエンゼル様が囚われていた建物を同じでいいわね?」
「もうすぐモンスターの先陣が村外周に到達するわよ! 一直線にこっちへ来る!」
迅速かつ的確に状況整理して対処を進める四魔女のお姉さんたち。
その姿勢には、もはや歴戦の強者たる貫禄さえ伴っていた。
いつもは農場で漬物作ったりしているお姉さんたちとは思えない!
とか考えていたら……マジに来た!
もう目視で確認できる、砂煙を巻き上げて迫ってくるモンスターの群れ!
海の中だけに確認できるのは、魚やらタコやらダイオウグソクムシのような形状をしている。
しかしその外見は元となる生き物よりも当然ながら凶悪で恐ろしげだ。
普通の人なら見ただけで恐ろしさに卒倒しそうな怪物たち。
それが超複数。
絶望の具現化とも言っていい脅威を前に、しかしそれでも四魔女の自信たっぷりな態度は崩れない。
「農場に所属する者の恐ろしさを見せつけてあげるわ。モンスター相手なら、村人にしたような手加減は不用よね……」
まずディスカスお姉さんが、モンスターたちの迫ってくる方向へ魔法薬を振りまく。
それは試験管一本分の少量に過ぎなかったが、魔法薬に接した海水がキラキラと氷の粒を生み、その氷がさらなる氷の粒を生みながら肥大化し、粒では収まらぬ氷塊へと成長していく。
「連鎖氷結薬……魔法薬と水が結びつくことによって化学反応が起こり、海水温度が急激低下することによって氷を生成。その氷によって海水温度が下がりまた氷ができて……というループを際限なく繰り返す。魔法薬は私が魔力を込める限り効力を発揮しながら海中を拡散していくわよ」
つまりディスカスお姉さんの魔力が続く限り、どこまでも凍らせることができる。
無限範囲凍結攻撃。
指向性もディスカスお姉さんの魔力で凍結できるらしく、お姉さんの眼前に迫りつつあったモンスター数百体が一瞬にして凍りつき、沈黙した。
「陸だったら空気中の水蒸気に反応して凍結範囲を広げるんだけれど、さすがに海中だと凍結速度が段違いね。環境の変化におけるいいデータがとれたわ」
凄まじい魔法攻撃だが、当然これだけでモンスターは全滅しない。
だって数千だもの。
攻撃範囲の外にいる怪物たちは依然元気に村へ向かって侵攻中。
なんでそんなに村を一直線に狙ってくるのです!? 親の仇でもいるのか!?
「大丈夫、魔女も一人ではないですから」
ベールテールお姉さん!
『火加減の魔女』の称号を得た彼女も参戦!
「水中だからって火の魔女が役立たずとは思わないことね。水を押し返す圧倒的な火勢があることを教えてあげるわ」
ベールテールお姉さんが、携帯していた銛を握り、地面へと突き差す。
「はじめちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋とるな……!」
詠唱?
するとすぐさま恐ろしいことが起こった。
ベールテールお姉さんの銛が突き刺さった点から地面が割れ、その開いた亀裂からマグマが噴き出す!?
海底火山だ!
「私の銛にはちょっとした仕掛けがあってね。先端から魔法薬を噴出できるようになっているの。地面に銛を突き差し、マグマ誘引魔法薬を注入する。それによって海底だってあっという間に溶岩地獄よ」
噴き出したマグマにモンスターたちが飲まれていくぅううううッ!?
相手は自然の脅威の中でももっとも凶悪なシロモノ。
その直撃を受けたら溜まったものではない。一瞬も耐えきれず無惨に焼き尽くされるモンスターたち。
さらに向こうには……。
「この『熟成の魔女』ヘッケリィが、恩師ガラ・ルファ様からの薫陶を受けて完成させた必殺細菌……滞留マナの塊であるモンスターだけを分解するモンスター食い細菌で、土壌に優しい成分へと分解されなさい」
げにも恐ろしいことを宣っている。
ヘッケリィお姉さんの眼前にいたモンスターたちは、体が海中に溶けるように消滅していって、最後には完全に消えていく。
ゾンビ化なんて生易しいものではない。
獰猛なるバイオハザード。
「人や自然物には無害でモンスターだけを的確に殺す細菌……。私の数年の研究が実を結んだわ。……あ、最近は宿主となるモンスターが消滅したら日光温度酸素塩分等で死滅するからご心配なく」
『ご心配なく』と言われても心配が尽きない。
この手の研究、なんかの手違いで世界が滅びかねないからマジでやめません?
そして最後の四人目……。
『整頓の魔女』バトラクスお姉さんは……。
「右手に重曹魔法薬。左手にクエン酸魔法薬。重曹(アルカリ性)とクエン酸(酸性)……この相反する二つの属性を合わせることで、スパークした洗浄魔力はあらゆる汚れを極大消滅させる。これが『整頓の魔女』最強の極大(汚れ)消滅魔法……アサローア!!」
なんかよくわからない閃光がモンスターを飲み込み、一欠け残らず消滅させてしまった。
スッカリピカピカ。モンスターという名の汚れ完璧洗浄。
さすがは『整頓の魔女』!







