1449 ジュニアの冒険:不穏の足音
かくして海下一魔女武闘祭と共にマーメイドウィッチアカデミアの見学にも一区切りをつけた。
僕ジュニア。
人魚宮に戻ってみると四魔女の皆さんがパッファおばさんと談笑していた。
……他の皆様は?
「お義母様は一人で考えたいからって引っ込んじまったよ。珍しく堪えているみたいだねえ」
「殿方は総出で準備に出てしまっていますし、図らずも城内が静かですねえ」
「そうなるとお前らが来たのもいいタイミングだね」
準備? 何の?
疑問に思ったが、ここは流した。
僕は後日そのことを大いに悔やむことになる……とフラグ臭いことを言ってみる。
実際は知らんけど。
で、目の前の四魔女さんたち。
ディスカスお姉さん、ベールテールお姉さん、ヘッケリィお姉さん、バトラクスお姉さんだが……。
「大会終わったのに、まだ帰らないんですね」
「それはまあ、せっかくの里帰りですし用件が終わったらハイサヨナラもねえ? 味気ないし」
そうだ、四魔女のお姉さんは日ごろ農場で働いているけれども、元々は人魚国の出身。
人魚だから当たり前ではあるんだが。
こうして故郷に戻る機会なんてそうそうないんだから、その機会を活かして旧交を温め合うぐらい許されるだろう……。
「とはいえ前に里帰りしたのは三日前だからそれほど久しぶりでもないんですけれどねー」
「転移魔法薬マジ便利ですわ。アレがあるからこそ帰りたい時にいつでも帰れる」
……と思っていたけれど違った。
彼女たちにとって故国との距離は凄く近いようだ。
「まー、それでもアタイに挨拶しにくる頻度は少ないけれどねー。薄情な弟子どもだ」
「何言ってるんすかー。物理的な距離は近かろうと王妃様に謁見できる機会なんてそうそうないですってー。社会的な距離は遠いんですよー」
と談笑し合う魔女&王妃。
農場で暮らし、農場で鍛えられて育ったディスカスさんたちにとって、パッファおばさんは脚を向けて寝られない恩師だ。
パッファおばさんの指導を受けて彼女らは大成したのだから。
まあパッファさんの他にも他の魔女……ウチの母さんなども指導は行っていたが、それでも一番親身になってくれたのはパッファおばさんであったらしい。
だからこそ一際尊敬の念をもってパッファおばさんは慕われているのだろう。
この辺りの心情はゾス・サイラさんからの系譜かと思われる。
そんな慕われるパッファおばさんは感慨深げに言う。
「今回は、アンタたちの成長も見られて満足だよ。アンタらも人を育てる側に回ったんだねえ……」
「すべてパッファ様のお陰です!」
「歯の浮くことを言うんじゃないよまったく」
悪態しつつも嬉しそうなパッファおばさん。
「しかし、こうしていると思い出すねえ。アンタたちと初めて会った日のことを」
「はい! 私たちも感謝感激でした!」
お姉さんたちのテンションがおかしい。
「何しろ、前から憧れてい六魔女様の一人にナマで会えるんだから、ファンとしては感動しますよ!」
「レボリューション級でしたよあの衝撃は!」
そしてその直後にマジの衝撃を貰ったという。
パッファおばさんからの魔法薬によって。
「マーメイドウィッチアカデミアの劣等生だった私たちが、魔女様の指導を受けてここまで立派になれたんです。パッファ様への感謝は欠かせません!」
「そして、魔女様の下へ連れていってくださったエンゼル様にも!」
ウチの母さんにも感謝してあげて。
パッファおばさんの十分の一以下でもいいから。
「そういえばアンタら元々はエンゼルの舎弟だったね。もう随分昔のことすぎて忘れちまったよ」
エンゼルとは?
かつての人魚国王女、……現人魚王アロワナおじさんの実妹でいわゆる王妹だ。
つまり我が母プラティとも血の繋がりがあるので僕から見れば叔母に当たる。
エンゼルおばさんだ。
エンゼルおばさんも農場で暮らしていた時期があると聞くが、四魔女さんたちとも繋がりがあったとは。
「そうですよー、エンゼル様は私たちのリーダー格みたいな立ち位置だったんですから」
「エンゼル様は王族として人魚国に戻り、私たちは農場に残る道を選びましたが、私たちの絆は断ち切れてはいません!」
「距離は離れていても心は一つ!」
「エターナル・ズッ友!」
そんなに四魔女さんたちから慕われているのかエンゼルおばさんも。
エンゼルおばさんについて、僕が母さんから聞いた話によると『ロクでもないヤツよアイツはー』ということだったが。
まあ誰より母さん自身がロクでもないから話半分にな。
母さんの研究室に忍び込んだ挙句、実験物を不必要にいじくって大爆発を起こしたり。
あるいは母さんの魔法薬レシピを勝手に盗み見て失敗作を作成した挙句にバイオハザードを引き起こしたりと。
そんな行いをやらかして反省することもしないという。
「今日はエンゼル様にもお会いできるかと楽しみにしてたんですよねー」
「そのエンゼルは今、城を空けているんだよ。残念だったね」
「ええー、そうなんですかー」
そういや僕もまだエンゼルおばさんに会ってないな。
せっかく人魚国を訪ねたのだから挨拶ぐらいはしたかったんだけど。
「エンゼルは今、王室専属のネゴシエーターみたいな役に就いててね。口八丁で世界中飛び回っているのさ」
へえ、そんなお仕事が……あるの?
「エンゼル用に新設したような役職だけどねえ。でもアイツの舌先はたしかで、各地で起こったゴタゴタを治めるためによく駆り出されるんだよ。国外へ派遣されることだってある」
「エンゼル様らしいというか、なんと言うか」
四魔女さんたちの中でもそんな評価だったんだ。
「今はたしか、地方の反乱を未然に防ぐために交渉しているはずだよ」
「「「「「反乱!?」」」」」
僕も四魔女さんも一斉に叫びあがってしまった。
反乱って……一大事じゃないんですか?
「驚かせて悪かったね。反乱っていってもそこまで過激じゃないんだ。せいぜいストライキ程度のもので、これまでもエンゼルが出向いては鎮めるってことが繰り返されてるんだ」
と、こともなげに言うパッファおばさん。
「今回も難なくまとめて、反乱勢力を慰撫して帰ってくるよ。こうしているうちにも帰還してくるんじゃないだろうかねえ」
「王妃様、ご報告です!」
「そら来た」
談話室に飛び込んできた侍女さん。
しかしその表情は、話の流れには迎合できない深刻さが浮かんでいた。
「反乱勢力との交渉が不調に終わった模様……。エンゼル様が捕虜として囚われました」
「なんだって?」
思っていたのとはまったく逆の報告だったためか、パッファおばさんの表情が引き締まる。
「エンゼルが説き伏せられなかったって言うのかい? アイツの安否は?」
「人質として利用されているため当面は無事のようです。しかし先々のことはわからず……!」
侍女さんからの報告が終わると、パッファさんが爪を噛んだ。
「腑抜けていた……最近同じようなことが頻発しては即鎮圧されているから、今回も大したことはないだろうとタカを括っていた」
みずからの楽観を反省するパッファおばさん。
そして重々しく立ち上がった。
「……アタイが行く。我が義妹エンゼルの窮地は、アタイが事態を軽視したのが元凶。『凍寒の魔女』の悪名を再び轟かせてやろう」
そう、このパッファおばさんもまた魔女として恐れられ憧憬を受けてきた一人。
パッファおばさんが出撃すれば、地方の反乱ぐらい一人で制圧することだってできるだろう。
しかし……。
「待ってくださいパッファ様!」
「私たちに行かせてくれませんか!?」
「エンゼル様は、私たちのような落ちこぼれを『友』と呼んでくださった御方!」
「あの方のピンチに動かないわけにはいきません!!」
四魔女のお姉さんたちが一斉に申し出た。
この人たちから、こんなにも掛け値なしに慕われているなんてエンゼルおばさんって思った以上に凄い人?
「しかしアンタたちは正式には農場の所属……!」
「それでも私たちの故郷は人魚国です!」「それに人魚国と農場国は同盟関係でもあります!」「友人の危機に助太刀するのは当然!」「オークボさんたちが救援した前例もありますし!」
「お、おう……!?」
四魔女たちの熱意に推し負けるように、出撃を容認するパッファおばさん。
そこに僕も手を挙げる。
「僕も行かせてください」
目の前でトラブルが起こっているのに見て見ぬふりはできない。
主人公気質・聖者の息子としてやれることがあれば全力を尽くさねば。
「アンタたち……すまない」
パッファおばさんは頭を下げた。
「ではディスカス、ベールテール、ヘッケリィ、バトラクス。……それにジュニア。先遣隊として現場へ向かってほしい。アタイは状況を国王に報告して、詳細な対応を協議する。場合によっては援軍を送ることになるだろう」
「「「「了解しました!!」」」」
元気よく返事する四魔女のお姉さんたち。
人魚国で一体何が起こっているのか?
それを解き明かすために僕も出撃する。







