1440 閑話:強欲vs強欲
「ノリトの大バカ野郎はどこだぁあああああッッ!?」
うおビックリしたぁ?
俺、聖者。
居間でゆったりしていたところへ妻プラティが乱入してきて驚いた。
一体どうしたんだ?
ヴィールが冷蔵庫のケーキ勝手に食べたか?
「それは後々とっちめるわよ! でも今はそれよりもギルティで罪深いヤツがいるのよ! 許しておけないのよぉおおおおおッッ!!」
と喚き散らす。
いつにも増してエキサイティングしているな。
何があったんだ?
「ついさっきジュニアから連絡があって……!」
ジュニアッ!?
そういえばアイツ人魚国に入ったと聞いていたが、元気でいるのか?
さぞかし立派に成長しているんだろうなあ。
「ジュニアが元気しているのはいいとして……問題はあの子がもたらした衝撃情報よ! あの子が言うには……!」
うんうん。
……特許侵害?
「そうよ! ノリトのヤツがアタシの研究ノートを盗み見て、他の人魚に陸人化薬を製造させていやがったのよぉおおおッ!!」
へー、そうなん?
「リアクションが薄い! これがどれだけ罪深くてギルティなことかわからないの!?」
テキトーに相槌打っていたら襟首掴まれてブンブン振られた。
さっきから思ってたけど罪深いとギルティは同じ意味だよね。
「このアタシが、たゆまぬ努力と天才的発想で作り上げた一大傑作。その情報を盗み出すなんて……たとえお腹を痛めて生んだ息子だとて許せないわ! ノリト! 覚悟なさぁああああいッ!!」
と言って家中を荒らして回るプラティ。
やめて、あとで掃除するのが大変。
しかしノリトのヤツもここ最近は家に寄りつかないし、どこか別の場所にいるのでは?
屋内探しても無駄な気が……。
「ん? どうしたのオヤジオフクロ?」
いたぁあああああああッッ!?
よりにもよってなぜ今このタイミングでいる!?
家に入り込んだ野良猫見つけた気分だ!
「いたわねノリトォおおおお! アンタ! 自分の罪を数えろぉおおおおおおッッ!!」
「うわわわわわ、なんだなんだ? 何がバレた?」
その、やらかした件が複数ある言い方はやめてくれ。
一体なんだって、このタイミングで帰ってきたんだ? できればもうちょっと頻繁に帰って来てくれ。
「クソッ、たくあんの備蓄が切れたからこっそりちょろまかそうと思って帰ったのに。まさかこんな鉄火場にぶち当たろうとは……!」
「ここで会ったが百万海里よノリト、覚悟おし! 研究者にとって、我が研究データがどれほど大事なものか、わかっていないとは言わせないわよ!!」
「なんだ、バレたのそれかぁ」
他にもバレたらヤバいのがあるみたいな言い方やめて!
「ちッ、兄貴がバラしたのか。口の軽い兄貴め……!」
「そういう問題じゃないでしょう! アンタ、ぶっ殺すわよ!」
息子に対してその物言いは……と思うが、ノリトのやってることも相当だから、なんとも強く止められない。
特許侵害はどこの世界に出しても立派な犯罪だからな。
ノリト、実の母親のデータだからって勝手に持ち出していいわけじゃないんだ。
そんなことをするなんて、父は悲しいぞ!
「何言ってんだ、母ちゃんだってゾス・サイラさんやガラ・ルファさんの研究データ盗みまくってたじゃないか」
ん?
「そ、それは……!?」
急な告発に表情を凍らせるプラティ。
何その反応?
やったのか? お前やったのか!?
「本人のいない隙に研究ノート盗み見て『いいのよ! バレさえしなきゃ!!』って言ってたじゃん。そのあとしっかりバレて巨大ホムンクルスにお仕置きされたりしてたし!」
「やめて言わないで! アタシの黒歴史!!」
プラティよう……。
般若のごとく激怒しながら、お前こそがよくない背中を子どもに見せているじゃねえか!
自分の行いが自分に返ってきているだけの話!
「い、いいのよアタシは、バレたあとはちゃんとライセンス料支払ってかつ互いの研究データは共有するように約束結んだんだから」
「バレなきゃそのまま行ってたというのが、いかにも母ちゃん」
「対してアンタは、協定も結んでいないというのに勝手にデータ持ち出したんだから間違いなく犯罪よ! それにアンタ、よりにもよって陸人化薬を製薬したんですって、あれはレシピがハッキリわかってるだけじゃ完成しないのよ! 前にもいたのよアタシのレシピ盗み見て、そのまま陸人化薬作ったらとんでもないことになったヤツが!」
あー、あったあった。
俺にも心当たりあるわその事件。
「魔法薬は、材料や製法だけじゃなくて込める魔力も成否に大きく関わってくるの。だから素人が気軽に手を出しちゃいけないの。そういう意味でレシピは門外不出にしているのよ」
「あー、たしかに母ちゃんのレシピ、魔力の精密性で出来栄えにブレが出るようになってたよな」
「そうでしょう! だから直ちに回収をって……え?」
「だから、オレが独自のアレンジ加えて魔力精密性の許容範囲を増やした新生陸人化薬を開発したぜ。何回も試薬を重ねて、あとオレの部下の人魚にも頼んで量産させてるけどいまだにトラブルないから大丈夫なんじゃね?」
こともなげに言うノリト。
それって大分大変なことなんじゃないですかね。ウチの子はやっぱり天才だった。
「……ノリト、その現物今ある?」
「ん? ああなんかあった時のために持ち歩いているけれど?」
人魚の友だち……いや部下で忘れてくるヤツ多いんだよなー、と笑うノリト。
しかしプラティは、ひったくるように息子改良型陸人化薬を取ると、食い入るように見つめて匂いを嗅いだり一舐めしたりで……。
「なるほどたしかに安定性の高い陸人化薬ね。これは誰が作ったの?」
「部下の人魚が……、たまにオレ自身で作ることもあるけれど」
「アンタが作ったの!?」
「オレも母ちゃんの息子だから、才能が遺伝したんじゃね?」
「人魚族でもなく、しかも男のノリトが? いくらアタシの溢れんばかりの才能と言っても、それが溢れて息子に受け継がれたって言うの!?」
やっぱりウチの息子は天才だ!!
ノリトよ、どんなにお前がマッドサイエンティストみたいに世の中を混乱のるつぼに叩き込んでも、俺はお前をずっと愛しているぞ!
「やめろ抱き着くな鬱陶しい! 加齢臭!」
「……ねえ、ノリト」
プラティが真剣な面持ちで言った。
「このレシピ、アタシに渡しなさい」
「は?」
「陸人化薬は、魔力の調整が難しくて魔女レベルでないと確実に成功させられないのよ。今まで量産化に至れなかった最大のネックがそれね」
しかしノリトは、その陸人化薬最大の問題を解決して見せた。
量産できないゆえに限られた人員しか使うことのできなかった陸人化薬だが、これで時代が一変されるかもしれない。
「え? やだ、渡さない」
「は?」
「オレが苦労して改良したレシピを何故タダでやらんといけんのだよ。労働の対価ってわかる?」
「何よ元々アタシのレシピでしょう!? アンタはそれにちっとばっかし手を加えただけ! 大元の権利はアタシにあるってことよ!」
「その手ぇ加えた部分が一番重要なんだろう!? だったら一番大きな権利もオレにある!!」
なんか言い争いが始まった。
「この改良レシピで陸人化薬の量産が始まれば、どれだけのロイヤリティがアタシの懐に転がり込むか! お金はね、要るのよ! 農場国の発展にはいくらあっても足りないし、下の子たちの養育費だってもう少しあった方が安心なの! だからつべこべ言わずに、寄こせ!!」
「うっせえ、オフクロついさっき『研究者にとって、我が研究データがどれほど大事なものか……』とか言ってたの忘れたのか!?」
「余所は余所! ウチはウチ!」
「今その理論当てはまるかああああああッッ!! 母親はそれ言っとけばいつでも勝てると思うなああッッ!!」
目の前で醜い争いが繰り広げられている。
この場合どっちが悪いのかというと、息子の積み上げてきた研究制覇を奪おうとしているプラティだが、そのデータの元はプラティであって……?
しかもそのプラティも、あちこちからデータ盗んでしばき上げられた前科があり……?
もう何が悪いのかわからねえ。
強いて言うなら、すべてが悪か。
「ねえねえー、にいちゃんとかあちゃん、何しているの?」
「ケンカ? ケンカ?」
「えどのはな?」
下の子たちが騒ぎに気付いて集まってきた。
前にも言ったがジュニア、ノリトの下にも俺にはたくさんのかけがえない宝物たちがいる。
そんな宝物たちに目の前の光景は、教育上非常によろしくない。
……いや、待てよ。
「よく見ておきなさい、この醜い光景を」
教育上よろしくなければ反面教師だ。
これぞ逆転の発想。
「欲に囚われた者たちはこうして醜く争うんだ。お前たちはこんな大人になっちゃいけないよ」
「「「「は~い」」」」
実際、プラティの欲深さを一番受け継いでいるのはノリトであろう。
強欲に強欲をぶつけるとああいうことになるのだ。
まあ欲望自体は行動や発展の原動力になっているのだから必要だけれども。
多すぎるのも問題だというのが眼前の二人を見ていてわかる。
適当なところで止めて、双方納得できる妥協点を見つけてやらなければな。
だって俺は無欲だからなッッ!!






