143 カイコの呟き
我々は金剛カイコ。
元々そのような名があったわけではない。
我々をダンジョンから拾い集めてくれた偉大なるご主人様より賜った名。
モンスターではあれども、通常の虫と変わらぬ大きさ、戦闘力などまったくない我々は誰からも顧みられず、あってなきがごとき無意味の存在だった。
ダンジョンの片隅を這いまわり、益もなければ害もない。
危険ではないから恐れられることもなく、役にも立たないから尊ばれもしない。
憎まれることも愛されることもなく、精々徘徊する他モンスターや冒険者に偶然踏み潰されて死ぬのが定めの我ら。
その無意味無価値から救い出してくれたのが、偉大なるご主人様だった。
我らには『口から糸を吐く』という特徴と言えば特徴と言えなくもないものがあった。
それほど意味があるわけでもない。
糸を吐くからと言って何かに利用できることもなく。蜘蛛のように巣を作って罠に使えるわけでもない。
しかしご主人様は、我らの糸を大層気に入ってくださり、我らをたくさん拾って連れ帰り、家の中にて飼ってくださった。
今までダンジョン内で這い回るだけだった我々に、立派な部屋が用意されたのだ。
何と言う至福。求められる喜び。
この恩に報いるためにも頑張って糸を吐き、ご主人様に献上した。
観察するに、この家の人々は我らの糸を紡いでは編んだり縫ったりして、自分たちの着る衣服を作っているらしい。
我々の吐く糸に、そんな利用法があるなんて……!
そんな利用法が我々にあるなんて……!
我々が初めて持った役割である。
ダンジョンの床を這いまわる汚れに過ぎなかった我々が、与えられた意味をまっとうするために日々奮励努力しようではないか。
* * *
というわけで、金剛カイコ会議をこれより行おうと思う。
ご主人様が我々のために用意したお蚕部屋には、現在三十匹以上の金剛カイコが飼われている。
各自に充分なスペースが与えられて、住み心地は抜群だ。
毎日エサとばかりに新鮮な葉っぱもくれるし、恵まれた環境この上ない!
こんな好待遇を与えてくださったご主人様のためにも、より高品質な糸を吐き出し、ご主人様のお役に立つのだ!
『議長! 発言していいですか!』
最初に発言を求めたコイツを金剛カイコAとしておこう。
発言を許可する!
『周囲から入ってくる情報をまとめますに、この家には我々の他にも糸を作るものがいるようです!』
『私も聞きました! ソイツらは草木で、綿とか麻とか言うそうです!』
追従するもう一匹のカイコを金剛カイコBとしておこう。
なるほど。その綿や麻とかいうのは、我々のライバルと見ていいのだな?
『そういうことです。我々の吐く糸が綿や麻より品質で劣れば、我らは必要ないということに……!』
そうすればまたダンジョンの床隅に逆戻り……。
我々は今の立場に安穏としているわけにはいかないということだな……。
貴重な情報だ。
報告ご苦労。
諸君、今聞いた通り我々の地位は決して安泰ではない。
我々には、凌ぎを削り合う競争相手がいて、いつソイツらに脅かされるかわからないのだ。
このお蚕部屋を奪われるかわからないのだ!
『この住み心地のよい部屋を!?』
『絶対嫌です!』
『どうすれば、この部屋に住む権利を守れるんですか議長!?』
落ち着くのだ金剛カイコC、D、E。
我々はご主人様の要望を果たすためにここに住むことを許されている。
つまりこれからもご主人様の要望を果たし続ければいいのだ。
糸を吐いて提供する!!
しかし、そればかりではいけないのも事実。
綿や麻とかいう連中が、よりよい糸を吐けばたちどころに我らは用なしとなる。
つまり、常に品質の向上を求め、ご主人様のニーズに答えていく!
『おおニーズ!』
『ニーズってなんか凄そうですね!』
『どういう意味なんですかニーズって!?』
実は私もよく知らん!
カッコよさそうだから使ってみただけだ!
そういうことだぞ金剛カイコF、G、H!
『こういうのはどうでしょう?』
小賢しい金剛カイコI、何か案があるのか?
『糸に色をつけてみるのです』
なるほど、今まで我々は白い糸しか出さなかったが、赤とか青とかいろんな色の糸を出せば、ご主人様もお喜びかもしれない!
これまではご主人様たちが糸に色を着けていたようだが、その手間も省けるってわけだ!
『じゃあ、オレは赤い糸を出すぞ!』
『ならボクは黄色だ!』
『それがしは緑の糸で!』
『いや、ちょっと待って!? そもそも糸の色を変えるとか可能なの!?』
頑張れば出来ないこともない!
では改めて希望者を募ろう! それぞれ自分の吐きたい糸の色を述べよ!
『青!』
『赤!』
『青!』
『青!』
『黄色!』
『緑!』
『青!』
『青!』
『青!』
『金色!』
『青!』
青偏ってるぅ~ッ!?
人気だね青色! なんで!?
とにかく満遍なくしないといけないから、希望者集中している部署は改めて話し合おう。
あと元の白色も忘れないように!
『クックックック……、皆おめでたいねえ』
なんだ今の挑戦的な物言いは!?
金剛カイコJ、貴様が発言者か!?
『今から努力しようなんて能天気だと言ってるんですよ。状況は日々移り変わっている。何が求められ何を吐き出すべきか、先を読んでいかなければならんのです!』
ううむ一理ある。
『だから私はもう既に用意してあるんですよ。この糸を見てみるがいい!』
うわあああ、金剛カイコJがおもむろに糸を吐きだした!?
会議中の糸吐きは禁止だって言ったじゃないか。
『待ってください議長!?』
『Jが吐いたこの糸。オレたちのと違いますよ!?』
何が違うというのだ!?
え?
糸が伸びる!?
しかも縮む!?
『伸縮性です! 引っ張れば伸び、伸びた分だけ力強く元に戻る! この特性はきっと受けますよ! ご主人様もニッコリです!!』
金剛カイコJ!
まさかお前がここまで奮励努力していたとは!
『他のヤツらも、私を見習ってもっと頑張ることだな……! アレ? ちょっと待って? 私の吐きかけの糸を持って、何故そんな遠くまで引っ張るの? 糸が、私の口から切り離されずに伸びたままピンとなってるじゃない? それ放したら物凄い勢いで縮むよね!? やめて!? 伸ばさないで伸ばさないで……! 放さないで!? 放さないで放さないで! 絶対放さないで!! 放さ……ッ!?』
よかろう! 金剛カイコJ以外にもこの伸縮性のある糸を吐けるよう訓練せよ!
色変えも、偏りがないよう担当を決めあってな!
色々な種類の糸を取り揃えて、ご主人様のお役に立つのだ!!