1437 ジュニアの冒険:猫と月の歩き
ドミノクラウンさんの協力も相まって、お嬢様人魚たちに陸人化薬が行き渡りました。
「こっ、これが陸人化薬?」
「私、見るのも初めてですわ」
「幻の一品が今、私の手の中に……!」
手にしても恐れおののくお嬢様人魚たち。
何におののいているのかって、その貴重さに、だろうなあ。
農場では全然そんな風じゃなかったんだけれど、やはり土地が変われば品代わる……というヤツだろうか?
「あの……これ本当に本物なんですの? 実物を見たこともない私たちでは判断がつきませんわ」
とお嬢様の一人が言い出したところからざわめきが広がる。
「たしかにそうですわ! これが本当の陸人化薬かどうか、判断がつきません!」
「質の悪いパチモンの可能性の方が大きいですわ!」
「飲んでみれば一発でわかるんじゃないですの!」
「毒物だったらどうするんですの!? 怖いこと仰らないで!」
まあたしかに、正規のお店でもない場所で渡された手製の薬なんて怪しいにもほどがある。
安全ですよと保証するにしても、言葉以外でどうすればいいのか……!?
「そんなの簡単よ、私が飲めばいいでしょう」
ドミノクラウンさん?
止める間もなくグイっと一気飲み!?
そして効果は覿面、シュワシュワと煙が上がって次に見えたのは人魚の尾びれから変化した二本の脚だった。
女性らしい、滑らかな太ももの肉付とふくらはぎの脚線美を持った。
「ホラ、これでもまだ疑う?」
「きゃあああああッ! 本物ですわ!」「まさに陸人の脚ですわ!」「この肌の白さ、触ってもよろしくて!?」
「それはやめて」
ドミノクラウンさんが証明してのけたので、お嬢様たちも本格的に薬を信じ始めたご様子。
「もはや一片の疑いもありませんわ! こうなったら口に流し込むのみですわ!」
「やったりますわ! ズボボボボボボボボ!!」
「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク!!」
けっして優雅ではない音を立てながら陸人化薬を飲み干すお嬢様たち。
そしてすぐさま想定通りの効能が現れる。
「まあ、私の脚も変わりましたわ!」
「これが陸人の脚!? これが陸人化!?」
「ウチの親よりも早く体験してしまいましたわ!」
恐らく生まれて初めてらしいお嬢様人魚たちは、みずからの返信した姿にきゃいきゃいと興奮した。
その一方で僕は……。
「あら、アナタなんで後ろを向いているの?」
そりゃアナタ……。
人魚から人間の姿に変身すると、その下半身がすっぽんぽんになってしまうからですよ。
よって今、僕の目の前には年頃女性の、何もまとっていない剥き出しの下半身が複数あるということで……。
そんな光景を食い入るように見ていたら変態じゃないか!
よって僕は目を逸らさざるを得ない!!
* * *
やや時間があって、何とか体裁が整った。
ドミノクラウンさんが地上へ出向く際のためにストックされているズボンやらスカートが配られる。
本当に彼女にはお世話になりっぱなしだ。
「ちょっとお尻が窮屈なんですけれども……」
「はー!?」
これでやっとスタート態勢が整った。
なにをやるのかだって?
ほら色々ありすぎて忘れてしまっている。改めて言うぞ。
人魚お嬢様たちにエレガントな歩行マナーを実践してもらうんだ!
けっしてうら若いお嬢様たちのお尻百花繚乱祭りがしたかったんじゃない、けっして!!
「さて、歩行とはその人を美しく見せるために重要な動作です。印象のキリッとした人は、歩き方もキビキビ背筋を伸ばしてするものです」
それに正しくない歩き方は体の各所に偏りをもたらし、骨格を歪め慢性的な不調の原因にもなりえます。
エックス脚!
オー脚!!
名前が付けられるほどに深刻な脚の形もあります、決して必殺技名ではありません!
こういった偏りのある歩き方は健康的問題を誘発するだけでなく、見た目的にも美しくない。
社交界の花田らんキミたちにはむしろこっちの方が重大ではないか。
いや、実際には健康の方が重大だけれどさ。
「…………!」
僕の講釈に、だんだん顔つきが変わっていくお嬢様人魚たち。
真剣な風に。
「……たしかに優雅な仕草は大切ですわ……!」
「マーメイドウィッチアカデミアでも洗練された美しい泳ぎ方の授業がありますもの」
「いずれ陸の社交界に出た時に、粗野な歩き方をしていては人魚族の恥さらしになってしまいますわ……!」
感じ入るところがあるらしい。
彼らもお嬢様、公式の場で自分がどう見られるかは言うまでもなく関心事なのだろう。しかもかなり切実に。
「無垢なお嬢様たちを舌先に乗せるのが上手いのね。エヌ様の兄上は……」
その表現はいささか語弊と言えませんかドミノクラウンさん!?
大体、扇動で言ったらノリトの方が遥かに実績あるよ!
そればかりはアイツに敵いません!
「いいわ、受けて立ちましょう! では陸人として美しい足遣いというのを見せてくださいな!」
見せてくださいな……え? 僕に?
「当然でしょう。陸人のマナーに沿った美しい足運び、アナタ自身ができていなくてどうやって私たちを評価するというの?」
「そうよそうよ!」「まずは手本を見せやがれですわ!」
ごもっともです。
なんか『トラ捕まえるから屏風の中から追い出せ』的な展開になってきた。
しかし僕も、『将来の役に立つから』と母さんからマナーの一通りは叩き込まれている!
歩き方だって教義の範疇だ。
一時期、頭の上に本を何冊も重ねられて、それを落とさないようにと静かにしかし一定以上の速度で歩かされたものだ。
「よかろうならばお見せしよう!」
母さんから叩き込まれたことの一切を詰め込んで、大きく一歩を踏み出す僕!
美しい歩行の極意は、体の軸線をブレさせないこと。
背筋に一本鉄棒をブチ込むイメージで、その線を歪めてはいけないし揺らしても行けない!
顎を引いて、揺らさぬことも意識しなければ。
あの頭上に本乗せ特訓の成果を示す時ぞ!
古来、武術の達人が歩くとき、頭が上下に揺れることはまったくなかったという(父親からの情報)。
僕もそれを目指して揺るぎない歩行を目指すのだ。
歩幅も大事! 肩幅と同じ程度!
これが体幹をいたずらにブレさせずに速やかに進める理想の歩幅!
手の動きにも気を付けて!
ブンブン振り回すのは論外だけど、まったく動かないのも不自然! 自然さを意識してさりげなく振るのがヨシ!
以上だ!
どうだ僕のフォーマルウォークは!
「「「「「おおぉ~!」」」」」
パチパチパチパチ……と惜しみない拍手が響いた。
ひとまず期待値は上回ったようだ。
「お、思った以上にデキますわ、この陸人!」
「凛々しくて堂々とした立ち姿! 人魚貴族にもそうおりませんことよ!」
「想像以上にちゃんとしている……さすがエヌ様の兄……!」
ドミノクラウンさんにも好評を博しているようだ。
こんなに素直な賞賛を浴びせられて……控えめな僕もさすがにいい気分になってきたな。
よし、それではここまでが基本として応用編も披露して差し上げよう。
背筋を伸ばすだけに飽き足らず、足を交差させながら歩く……。
これがモデル歩きことキャットウォークだ!!
「キャアアッ! 印象がガラッと変わりましたわ!」
「まるで王子様のようですわ!!」
お嬢様の黄色い歓声が上がった。
そんなに颯爽とした風情であったかな。
足が交差するように歩くことで、足跡が一直線上に並ぶ。
そのしなやかな歩調が猫のようだということで名付けられたキャットウォーク。
次はより高度な技をお見せしようか。
どんな歩法かわかるかな!?
「えッ、なんですのあの動き!?」
「足が前に出ているように見えて……後ろへ下がっていますわ!?」
「わけがわかりませんわ、脳がバグりますわ!?」
そう、これはムーンウォーク。
足が前に出ていながら後ろへ下がっていくという謎の動き。
その分独特の技術も必要な高等テクニックだ。
こちらは父さんから習った。
母さんからマナー講習を受けていた際に『難しい歩き方なら俺にもできるぞ!』とか言って。
「なんという高い技術……御見それいたしましたわ」
シュリンプさんが一歩進み出て、殊勝な表情で言った。
「私たちはアナタを侮っていたようです。その無礼を詫びると共に、是非ともアナタの高い技術を学ばせてくださいませ。私たちは人魚淑女として成長を止めるわけにはいかないのですわ」
と深々頭を下げる。
お嬢様というだけで先入観を持っていたけれど、こんなに謙虚な振る舞いもできるんだな。
よし、礼を尽くして頼まれれば僕とて無下にはできない。
全力で伝授してあげましょう。
ムーンウォークを!!
「それはいいです」
ハイ……。






