1431 ジュニアの冒険:僕のマーメイドウィッチアカデミア
「ところでジュニアよ、おぬし修行のために人魚国へ来たのであろう? さすればちゃんと身につく経験をしなければのう」
わあ急に冷静になるな!?
恋愛脳に蕩けきった成人女性がいきなりまともに戻ると足元がぐらつく。
パッファおばさんからも同じようなこと言われて婚約者候補を五人もぶつけられたんですが。
今回は大丈夫?
「……フッ、まあ大丈夫じゃろう。この人魚宰相たるわらわのオススメスポットぞ、そう考えれば多少は常識的に思えよう?」
そう呼ばれるのは嫌なのに人魚宰相のネームバリューはいかんなく使う。
割り切りようが政治家っぽくて参考になる。
「わらわからの提案じゃが伸るか反るかはおぬし次第。しかしいいのか? このまま動かずば四六時中王族どもの攻勢を受けて外堀が埋められるぞ?」
た、たしかに……!
今この時もパッファおばさんとシーラおばあちゃんから……。
「ちょうどいい時間だしお茶会でもどうだい? グッピーが直々に入れたお茶を飲ませてやろうじゃないか」
「晩御飯の前にお風呂もおあがりなさいな。せっかくだからグッピーちゃんに背中を流してもらいなさい。やだわぁ、二人ともまだ子どもなんだから一緒にお風呂をしてもおかしくないでしょう?」
おばあちゃんの距離詰め方がエグすぎる!?
たしかにここでぼんやりしていたらタマ獲られかねない。
ゾス・サイラさんの提案を受けます。
「おお、いい子じゃのう。ではここに書いてある住所へ向かうがよい」
あざます!!
そして僕は一旦人魚宮を出て、向かった先は……。
* * *
「ここは……?」
学校?
聳え立つ巨大建築は、先の人魚宮に比べればつつましいが、それでも充分な威圧感を持っていた。
人間国で遭遇した魔法学院を髣髴とするな。
でもあそこみたいな急ごしらえの新造校とは違う。校舎を覆う外壁もしっかりした石造りながら、時の風化を帯びてすすけ始めている。
かと言って脆い印象など微塵もない。
そんな過ぎ去った時間の量と、それでも崩れぬ堅牢さの双方を感じさせる風格が漂っていた。
門扉は固く閉ざされて『関係者以外立ち入り禁止』の意志が固く遮っているように思える。
「今は授業中ですからね」
正門で待ち受けている女性に、またしても見覚えがある。
「アナタは……カープさん」
「ようこそマーメイドウィッチアカデミアへ。……と申しておきましょうか」
待って。
情報が氾濫して一つ一つ整理がいる。
まずマーメイドウィッチアカデミアとは。
そこは人魚国が誇る最高学府。
人魚貴族の御令嬢のみが通うことを許された学び舎であった。
ここで教えられるのは主に淑女の礼儀作法と、魔法薬の知識。
特に魔法薬学は人魚族独自の魔法体系であり、他種族から抜きんでるためにも日夜研究が繰り返されている。
ここマーメイドウィッチアカデミアで学び卒業した乙女たちは人魚国トップクラスの人材として人魚宮に勤めたり、王侯貴族に嫁入りして国家の中枢を担う。
要するに人魚国のエリート養成校(女子限定)なのだった!
ゾス・サイラさんがここを勧めた理由もわかる。
人材育成は国家の柱。
その最前線をひた走るマーメイドウィッチアカデミアの運営法を見学すれば、そこで得た知識はきっと農場国の運営にも助けになるはずだ。
さすがゾス・サイラさん。
人魚国史に名を遺す三国一の名宰相!……の座をルキフ・フォカレさんと争う人!
「まったく……あのような無法者が持てはやされるなど世も末ですね」
やれやれ……と肩をすくめるメガネをかけた貴婦人は……お待たせしました。
彼女こそがカープさん。
このマーメイドウィッチアカデミアに勤める教師だったはず。
だから校門で待ち受けていたとしても何ら問題はないのです。
そしてゾス・サイラさんとは古くからの知り合いであったはず。
友人?
ライバル関係?
不倶戴天?
いずれだったかよく知らないがとにかく仲がいい二人だ。
「現状把握が甘いですね、減点です。わたくしがあのような犯罪者でかつ狼藉者と仲がいいわけがないでしょう!」
とテンプレなセリフを言うカープさん。
しかし今となっては人魚国で位人臣を極めるゾス・サイラさんをそこまで罵れる教育者のアナタもなかなかのもんですよ。
「私は認めていませんので、どんなに余人が惑わされようとわたくしにとってのゾス・サイラは法を破る乱暴者です」
ちょっと公に携わる人のセリフとは思えないけれど、これに一番喜びそうなのがゾス・サイラさん本人というのがなあ。
結局互いに認め合った存在ということなんだろう。
「でも今回は、あの無法者のお目が高いと評価してもよろしいですね。次世代を担うアナタのような人材の訪問先に、我がマーメイドウィッチアカデミアを選んだのですから」
カープさんは……ゾス・サイラさんから連絡を受けて?
「ええ、一応通信魔法薬で離れていても瞬時に連絡を取れますから」
やっぱりこの人たち仲よしなんでは?
「我が校といたしましても、第四の王国を治められるであろう若者の訪問を得たというのは大いなる誉れ。喜んで見学を許可しましょう」
それは、ありがとうございます。
「そもそも我がマーメイドウィッチアカデミアとは、人魚国の高位令嬢のために作られた淑女教育と魔法薬学の学校です」
はい。
そこはもう知っています。
「人魚国首都、海神の恵みジゴルの腹内で守られしこの地区で、海神に見守られ青春を過ごす乙女の園。そこで学ぶ乙女人魚たちは純粋培養、穢れを知らない心身を包むのは、深い色の深海闘気。横びれは乱さないように、尾ひれは翻さないように、ゆっくりと泳ぐのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリでバタフライなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもありません」
はあ、なるほど。
「こうしてマーメイドウィッチアカデミアで超高等教育を受けた乙女たちは卒業後、様々な要職に就き、国を動かしていきます。我が校こそエリートの中のエリート養成校。その卒業生の代表者と言えば、誰よりもまず挙がるのは現人魚王の妹君プラティ様!!」
ん……?
それウチの母では?
でもおかしいな、肉親であるからこそ本人から直接聞いた話だが、母さんはここマーメイドウィッチアカデミアを……。
中
退。
「中退……!」
「しッ!」
いきなりカープさんに口を塞がれた。
「滅多なことを言うものではありません。プラティ様はこのマーメイドウィッチアカデミアで青春時代を過ごし、すべての課程を修了して無事巣立っていった。いいですね?」
いや全然よろしくありませんけれども!?
母さん言ってましたもんね!
入学初日に乱闘起こして自分から退学届叩きつけたって!
『昔は私もヤンチャしたわー』ぐらいの語調で言ってました!
事実を捻じ曲げることはよくないと思います!
教育者でしょう! 虚言を吐くのはいいんですか教育者的に!?
「ジュニアさん、アナタも将来人を率いていく側に回るなら覚えておくべきです。事実はね、いかようにも改善できるものなのです。一定の工作さえしとげれば過去を確かめる術は消え去ります。そうすればいかようにもよりよい過去を想像できるものです」
それを偽装と言うんですよ!
さらに言うなら本人という、真実を明らかにする確証があるんですよ!
母さんがなんか言った時点で小手先の偽装なんてすぐさま粉砕ですよ!
「そこです。……そこでアナタに相談があります」
なんです?
聞く前から既に嫌な予感がするんですが?
「アナタこそプラティ様がお腹を痛めて生んだ愛息。アナタを通せばきっとプラティ様も態度を軟化させてくれるかもしれません。アナタからプラティ様に『マーメイドウィッチアカデミア卒業』した事実を認めてくださるようお願いしてくれませんか?」
「嫌だよ!!」
なんで僕がそんな片棒を担がないといけないんだよ!?
ヒトを悪事に引き込むな!
「お願いします! 人魚国始まって以来の天才プラティ様の名声は、彼女が国外へ嫁いでいってもいまだに轟いています! そんなプラティ様がマーメイドウィッチアカデミアを卒業していないというのは非常に具合が悪いのです! プラティ様にマーメイドウィッチアカデミアを卒業していただくのがわたくしの悲願なのです!!」
そう言われたって母さんもう学生どころか、学生の母親になる年齢ですよ。学校に来る用事なんて子どもの授業参観ぐらいですよ・
過去は変えられないんですよ、そのことを受け入れましょう?
それに一教師のアナタが何か言ったところでもっと上の……校長とかが同意しないと進まないんじゃないですか?
だから潔く諦めましょうよ!
「その点なら問題ありません」
はい?
「わたくしもマーメイドウィッチアカデミアに勤めて幾星霜、その勤労が実を結びあるべき地位を手にすることができました。……今、わたくしこそが、マーメイドウィッチアカデミアの学園長なのです!!」
……。
この学校終わった。
何よりもまずその言葉が脳裏に浮かんだ。






