1411 ジュニアの冒険:大紅蓮地獄
『ほう、幽界巡りか。中国の仙人たちがよくやると聞くが、聖者の息子も若いうちからいい経験をしているな』
こっちの事情を聞きながらも道真公は、かつて自分を陥れた政敵の頭を踏み受けて、血の川へ沈みこませることに余念がない。
『しかし本格的に黄泉入りしたのでなくてよかった。我が子に先立たれるなど聖者夫妻がどれだけ嘆き悲しむかわからんからな。見聞を広めるのもよいが、見るべきものを見終わったら、できるだけ早く帰って元気な姿を親御さんに見せてあげるがよい』
ゲシゲシゲシと亡者の頭を蹴り込む道真公。
その残虐な行為と、口から出る聖人的な文言とのギャップで頭がバグる。
……では、そろそろ次の目的地へ行きましょうか。
『そうですね、冥界ツアーもいよいよ佳境ですぞ!』
ウェルギリウスさんに連れられプレゲトン川を発つ。
背中にケンタウロスたちの見送りを受けて。
そして次にたどり着いたのは……。
『ここが冥界の最下層、コキュートスです』
さっむ……!
目の前に広がるのは全方位が氷で閉ざされた極寒地獄だった。
農場の冬の気温より大分寒い。
そりゃそうか、冥界の最下層の地獄なんだから。攻撃魔法クラスの寒波が吹き荒れて当然か。
『この地獄に振り分けられるのは、裏切り者です。信頼する仲間、親類、配偶者……それらを裏切る行為はもっとも罪深いとされるのでしょう』
たしかに。
僕自身も戒むべきことだな。
『現世で裏切りの罪を犯した者は死後、このコキュートスに送られ氷漬けにされるのです。永久凍土に首まで埋まり、骨身にまで染み入る寒さに歯を鳴らし続けるのです』
体全部埋めないんですね。
『頭は出しておかないと呼吸できませんから』
そういうこものか……。
『罪人以外にもコキュートスはどんなものでも瞬間冷却されますので、冷凍保存にも向いています。裁判所で食べた肉もこちらで保存されていたものですね』
罪人と一緒に食べ物も保存するな。
たしかになんか目を凝らすと四方八方を囲んでくる氷の中に食品らしきものが氷漬けされている。
肉に魚に果物に……あと一旦炊いたご飯を小分けにしたものも急速冷凍。
それから……アレはなんだ?
食べものとは違うシロモノが氷の中に……?
……あれは、パンツか!?
誰だ『風呂上がりに冷えたパンツ履くと気持ちいい』を冥界で実践しているヤツは!?
『ところでお客様、このコキュートスには代表的な裏切り者が三人おります。誰かわかりますか?』
いきなりクイズか?
うーん、誰だろう?
一応、この異世界の歴史も先生から学んできてはいるが、いきなり三人挙げろとなると厳しいな。
……ことあるごとに兄に突っかかってくるウチの弟か?
『正解はこちらです』
・元カレを助けて今カレに銃口を向ける裏切り者。
・世話になってきた上官を売って日本を取り戻そうとする裏切り者。
・「おれはしょうきにもどった!」と言う裏切り者。
『……です!』
なるほどわからん。
こうして冥界最後の観光名所も着々と消化されていく。
『ところでお客様、相談があるのですが』
相談?
何でしょうか?
『私たちもこれをきっかけに、冥界観光ツアーをしっかり形にして実用していきたいのです。そのためにはやはり目玉がありませんと! ツアー客の方々が、それを目当てに冥界へ訪れるような目玉が!』
そんなに拘らなくても、冥界って誰もがいずれ来ることになるんですから鷹揚にかまえていればいいんじゃないですか?
嫌でも来るんですよ皆。
え? 二回でも三回でも来てほしい?
そうすか……したらば何か考えなければな。
と言っても僕の脳内から浮かぶのは、父さん譲りの食べ物の発想だけ。
しかしながら侮るなかれ、食はすべての生き物の根源にある必要たる行為。
万人に響くこの要素は求心力という点では何より勝る。
どんな観光地でもとりあえず手打ちそばのお店をかまえていれば皆入ってくるんだから。
ならば、このコキュートスにグルメの法則を当てはめると、何ができるのか?
「……かき氷?」
我ながら安直なのが出た。
しかしシンプルイズベストという言葉もある。
こんな四方八方見渡すばかり氷なんだから、それらを削ってスィーツとして提供することで何の不都合があるであろう。
『なるほど、いい案ですな! では氷を削り出す手段を確保せねばなりませんが……』
たしかに。
その辺で何かいいのがありませんかね。
いや、そう簡単に破砕できるような器具がその辺に転がっていても困るか。
『そうですねえ、ちょうどよさそうなものがこの冥界にも見当たりませんし……、そうだ!』
ウェルギリウスさん、何か閃いたらしかった。
『この冥界はダメでも姉妹都市提携している、閻魔大王様の支配する八大地獄にならちょうどいいものがあるかもしれません! ちょっと問い合わせしてみます!!』
おお、この人脈を最大活用するアグレッシブさ。
シゴデキの特徴だな。
しばらくウェルギリウスさんのワチャワチャを見守っていると……。
『届きました!!』
なんかすごく禍々しい外見のものが出てきたぞ。
剣のように鋭く尖ったものが無数。
それらが束ねて連なり、それこそ剣山のような体をなしている。
『八大地獄の一つ、叫喚地獄は大剣林処に生える剣樹だそうです。剣のように鋭い葉が無数に生い茂り、罪ある亡者を罪の分だけ切り刻むそうです』
おぉ……!
見るからに恐ろしげ。
『さすがは冥府のAmaz○nと有名な八大地獄。何でも揃っているな』
『お届けの確認としてこちらにハンコお願いしますー』
この限りなく物騒な剣樹を届けに来た八大地獄の鬼さんは、滞りなく手続きを済ませて帰っていった。
『さて、この剣樹に魔法をかけて……』
おッ。
剣樹がグイーンと回転しだした。
まるでドリルのように!?
『これをコキュートスの永久氷床に当てると……おおおおおおおおおおおおおッッ!? 削れていきますぞッッ!』
やった成功だ!
高速回転する剣樹が、コキュートスの氷を粉々に削っていき、粉雪のように微細な氷粒をはじき出す。
本当に羽毛のようで空気中に浮遊する。
ここまで思った通りの出来になるとは、さすが八大地獄で日夜亡者を切り刻み続ける剣樹だ。
舞い散る氷粒を、一生懸命ガラスカップに入れて集めて……山盛りになったぞ!
シロップの確保は後々考えるとして、いまは氷そのものの味を吟味するために、一掬い。
つめてぇえええええええッ!
頭にキンとくる冷たさ!
これは素晴らしい、すべての亡者を凍らせるコキュートスの永久氷床の冷たさは、普通の氷と比べても段違い。
夏に飛ぶほど売れそうだ。
コキュートスの目玉商品としては有望株だな。
ただ……。
『うぎゃああああああッ!? 助けてぇええええッッ!?』
『剣が!? 高速回転する無限の剣が迫ってくるぅううううううッ!!』
ここは冥府だから。
コキュートスの氷も罪ある亡者を氷漬けにしてガッチガチにしてある。
贖罪のために。
つまりコキュートスの永久氷床の中には亡者が、例えるならスイカの中の種ぐらいの密度で混入しているわけで……。
氷を削るということは必然的にその中にいる亡者も削れて行くことに……。
「よりおぞましく厳しい地獄になってしまった……!?」
それに亡者の血肉片が混じっているかもしれないかき氷。
食べたくないな。
商品としては却下か。
新しいアイデアを探さねば。






