1408 ジュニアの冒険:ここが地獄の一丁目
せっかく来たんだから、とばかりに始まった冥府観光ツアー。
案内人はウェルギリウスさんでお送りします。
『こここここ……! このたびは我が冥府観光ツアーをご利用いただき、ありがとうぐざまッツ!』
噛んでる噛んでる。
もっと肩の力抜いていきましょうウェルギリウスさん。
彼のガイドとしての本番経験は一回。
そのたった一回で企画を頓挫させられた苦い経験が、彼をそこまで緊張させている。
きっと二度と失敗はしたくないのだろう。
ウェルギリウスさんをここまで切羽詰まらせる、一番最初のお客とはどれだけ凄まじかったのか?
『では、冥界の最初の名所へとご案内しましょう! 一番手はやっぱり、冥府へ渡る者なら必ず渡ることになる、こちら!』
そこは悠然と流れる大河のほとり。
向こう岸が遥か彼方。
自然の大きさを感じさせる風景だった。
冥府に流れる大いなる川。
それを見てすぐ思い当たった。
僕もお話しに聞き及んでいる。現世と幽世と隔絶する境界線としての川……。
『お客様も聞いたことがあるかもしれませんね。ここがかの有名な……』
「三途の川!」
『ステュクス川です!』
「え?」
『えッ?』
なんか違った。
三途の川じゃないの? 父さんからはそう聞いたんだけど!?
『ええと……そうですね、地域によって呼び名が変わってくるのかもしれません。お客様のお国で言うところの……その、サントゥン川?』
三途の川です。
『なるほどわかりました。……ステュクス川はあの世とこの世を分ける重要な境界線であり、天寿を終えた魂は皆、この川を渡って冥界へと入ります』
理解を諦めた。
『ちなみに、このステュクス川の水には不思議な効能があると言われていて、これを浴びた者は不死身になると言われています。お客様は肉体を持っって冥府に来ておりますのでここは一つ、飛び込んでみてはどうでしょう?』
とてつもない提案をポンと出してくるものだな。
うーん……。
やめときます。
神秘の川に不死身にしてもらうまでもなく、僕は充分なチート能力を両親から貰っていますので。
過ぎたるを望むはロクな結果を生まない。
かつてヘパイストス神との対談でたどり着いた答えだ。
『なるほど、謙虚な御方なのですね』
謙虚と言うかなんというか。
ところで、このサンズテュクス川ほとりの視界の端で、なんかウゴウゴ蠢いている影があるのだが……。
『お父様! この川の水使えそうですわ!』
『そうだな! ドラゴンエキスの直接輸出はアードヘッグどもに禁じられてしまったが、成分誤魔化して法の網をかいくぐればまだまだ出荷しようがあるぞ!』
『むしろ元々のドラゴンエキスよりもいいものが出来そうだわ! これでまたヴィールお姉さまをお助けできるわッ!』
……。
何やらヴィールにさらなる受難の予感がした。
まあいいや。
こっちだって、ある意味受難の真っただ中なんだから。ヒトのことを考えるのは自分のイザコザを乗り切ってからだ。
『いやぁ、こんな大河の流れを目の当たりにしていると時間を忘れますなあ。まるでみずからが大河と一体化したようです』
一体化しないでください。
次行きましょう、次。
『もうですか? 今回のお客様はせっかちですなあ。前のお客様も「ベアトリーチェはどこだーッ!?」と言いながらズンズン進んでいきましたが……』
あんまり一緒にされたくないなあ。
僕の場合は、そう、ちゃんと冥府を隅から隅まで見て回るためにも時間を守りたいんだ。
観光はスケジュール管理が第一だからね。
各地での持ち時間が過ぎるほど、あとの予定が圧迫されて挙句にはキッチリ見て回ることもできなくなる場所も出かねない。
そういうことをナシにするためにも、各見学地での予定時間は厳守していかないと。
『!? たしかにその通りですね!!』
ウェルギリウスさんの目の色が変わった。
『全体のプログラムを見て時間を考える! アナタの言う通りです! 私もガイドとして大きなものを得ました!』
そこまで感動しなくても。
『では予定に従って次の予定地へ進みましょう! すぐ近くなので移動時間は少ないですぞ!』
そうですか。
じゃあお願いします。
そして到着したのは、立派な建物だった。
石造りで大きい……一見して壁のような様相をしている。
これまで三……ステュクス川の大自然風景を目の当たりにしてきただけに、ギャップが物凄い。
あの巨大ながらも威圧的な建物は、一体。
『冥府の裁判所です』
冥府の裁判所?
閻魔庁のような?
『現世からやって来た魂はすべて、まずあそこで審判を受けます。徳と罪を推し量りその軽重によって天国か地獄か、そしてどの程度の厳しい地獄へ送られるかを判別されるのです』
ほう、やっぱ冥府にもそういう期間があるんだなあ。
『では実際に中に入ってみましょう。……はい、傍聴希望です』
ウェルギリウスさんが誰かしらと話し合って、裁判所に入ることができた。
人気のない廊下を通って、気持ち大きな扉を開け放つと、その先には大法廷が広がっていた。
『私は冥府の裁判官ラダマンティス!』
『同じくアイアコス!』
『そして私が……誰でしょう!?』
『『クイズ形式かーい!!』』
明らかに特別とわかる三神が、なんかワチャワチャしている。
『冥府の三長官ラダマンティス、アイアコス、ミノスです』
ウェルギリウスさんが言う。
『死後の魂たちを裁く役割を持った彼らはそれぞれ役割を分担し、魂の罪を計り行く先を振り分けます。彼らの間に上下関係はなく、誰もがここでは最高位の裁判長なのです』
最高位が三人も?
なんでそんなややこしいことを?
『『『手が足りないからだ』』』
三つの声が一斉に響き渡る。
三つの視線がこちらへ集中する。
冥府の三長官……ラダマンティス、アイアコス、ミノスのお三方がこちらにお気づきで。
『この世界の地上に、一体どれだけの生命が生まれ出るのか』
『生と同じ分死も現れる。我々はそのすべてを計り、その魂の価値を明らかにしていかねばならぬ』
『何故なら、すべての魂はそのために輪廻を巡っているのだから』
『『『デデッデン』』』
何故最後声を合わせた?
この三人の裁判官のノリがいまだに掴みがたい。
『しかし、いかに神といえど、冥府を訪れる魂すべてを計るなど及びもしないことだ』
『魂の数は万か、億か、それだけの数をとても一神だけで捌ききれるわけがない。たとえ時間を操作しようとも』
『それゆえに我々は三神で一つの任務を分担することにしたのだ。すべての魂がつつがなく評価を終えるために』
『『『それが我ら、冥府の三長官!!』』』
ラダマンティスが魔族を。
アイアコスが人魚族を。
そしてミノスが人族を専門的に裁くことで、三長官は魂を裁く仕事を分担している。
そうでもしないと回らないって言うんだから、やはり全人類の魂を裁くのなんて並大抵のことではないのだろう。
改めて感心するとともに、三長官から向けられる視線に、よこしまな気が……。
『あぁーこんな大変な仕事をしてるのになー、いつも続けているのになー』
『少しは報われてもいいんじゃないかなー、たとえば聖者のところで作ってくれる焼肉とかー?』
『ビールの一杯でもあれば生き返るんだけどなー?』
……チラッ、チラッ、チラッ。
ええいチラ見鬱陶しい!
コイツら本当に人様の魂裁けるほどに清廉なのか!?
いいだろう、だったらやってやらあ!
冥界巡りツアー、冥府の裁判所で焼き肉食べ放題コース。
って客の方が焼き肉振る舞うの!?






