1402 ジュニアの冒険:竜姫参上
『私はグラウグリンツェルドラゴンのボウア!! 脆弱なるニンゲンよ! この覇気と暴虐に恐れおののきなさい!』
『コラ! お客様に失礼!!』
『あいたッ!?』
アードヘッグさんもドラゴンの姿に戻って、娘の脳天に拳骨をくらわす。
さすがにアレは体罰もやむなし。
もし僕が同じようにお客様に失礼かましたら、父さんも迷わず僕に天破活殺くらわしていただろう。
『うわぁん、お母様! お父様がぶった!』
「そりゃ殴るに決まっているでしょう。グラウグリンツェルドラゴンたる者が礼儀を失ってはなりません!」
ブラッディマリーさんも娘を咎めるのに躊躇がない。
よかった、親バカじゃなくて。
「アナタは将来、父上のあとを継いで竜族の未来を背負って立つのかもしれないのよ。そんなアナタが偏見を元に、他種族に無礼を行うなど認められるはずがないでしょう。もっと周囲のことを考えなさい!」
『ええぇ~、だってお祖父様がぁ~!』
唐突に名前が挙がるアル・ゴールさん。
アードヘッグさんの視線が鋭く向かう。
『父上?』
『あははははははは、さぁて庭先のアサガオは咲いたかなぁ?』
『待ちなさい、アナタまたウチの娘に悪影響を……過去の偏見を未来に伝えるなと散々注意しましたよね?』
『仕方ないだろ! 竜族のプライドを失ってほしくなかったんだよ、我が孫娘に!』
『それが間違った価値観から形成されていたらプライドも意味ないと言ってるんですよ!!』
ギャーギャー喚き合う新旧皇帝竜。
なるほど、この幼きお姫様の竜は、過去の間違った価値観を注がれた成れの果てということかッ!?
「生意気なガキだなー、どれ、このおれ様が格の違いというものを見せつけ……!」
いつものノリで実力行使しようとするヴィール。
「お待ちなさい」
「何なのだ? 別にお前らんちの躾にゃ口出ししねーが、ジュニアを侮辱されたとあっちゃ、おれが動かねえ理由はねーのだ」
「わかっています。私だってアードヘッグが侮辱されたら相手の法がどうであろうとも滅亡させるわ」
ドラゴンたちの怖い会話。
コイツらスジで生きてるんだなと改めて思う。
「でもここはあえて、ジュニアさんにお願いできないかしら」
僕に?
また僕に始末が委ねられる?
「まあ、舐められたのはジュニア当人だから。その方が筋が通るが……」
「ボウアは見ての通り、随分とニンゲンを侮るように育ってしまったの。原因はあのアホ父にあるんだけれども……!」
その元凶は今、アードヘッグさんによってお仕置き中。
『やめてやめて鷲掴みにするのやめて! 潰れる! トマトみたいにプチッと潰れる!?』
「ボウアにはいずれ、アードヘッグに成り代わって竜族を導く日が来るかもしれない。それがあのような間違った価値観をいつまでも持ったままでは困るの」
「なるほど、そこでジュニアの出番というわけだな」
なんで僕の出番というわけ?
「だってアナタの存在を知れば二度と『たかがニンゲン』なんて思わなくなるでしょう?」
「そうだな、ニンゲンを無礼るな代表がジュニアなのだ」
何故そんなことに?
違いますよ、僕は人畜無害の人類部門代表ですよ?
「というわけでボウア、アナタの無礼をこのニンゲンに謝罪しなさい」
『なんでッ!? ドラゴンがニンゲンごときに謝罪!? そんな恥なことヤダ! やーだー!』
すっかり竜族至上主義に囚われていらっしゃる。
『父上……!?』
『すみません、ごめんなさい! 大変申し訳ありませんでした! 命ばかりはお助けを!!』
悪い教育を施した者が、謝罪のお手本のオンパレードしている。
『お父様お母様! 私は誇りあるガイザードラゴンの長女、グラウグリンツェルドラゴンとしてニンゲンに頭を下げるような恥ずかしいマネはできません!』
「そう思うことが恥ずかしいのよー」
『この上は、このニンゲンに竜の恐ろしさを教えてやるんだから! 骨の髄までね!」
ドラゴンの身体が、なにやら魔力の渦に覆われて一瞬視線を遮られる。
そして次の瞬間、姿はまったく別のものに変わっていた。
ドラゴンから、可愛い女の子に。
年の頃十歳前後で、キラキラと輝くドレスに身を包んだ、まさしくお姫様然とした容姿だ。
顔立ちも、ブラッディマリーさんのそれに通じるところがあり血縁を感じさせる。
「グラウグリンツェルドラゴンのボウア、ニンゲンフォーム!!」
「へー、変身術使えるのか。幼いのに感心だな」
「種族の圧倒的な差を教えるため、あえて同じ姿になってあげるわ! その身でとくと味わいなさい、ニンゲンとドラゴンとの間に立ちはだかる、埋めがたい壁というものをね!!」
何が始まるのか、なんとなく読めるけれど読みたくない自分がいた。
今更ながらの解説だが、ボウアちゃんは皇帝竜アードヘッグさんと皇妃竜ブラッディマリーさんとの間に生まれた一粒種。
竜族の在り方が変わってから最初に生まれた……父と母の間から生まれた色んな意味での新世代なのだ。
彼女が生まれたのはザッと十年ほど前で、僕の弟ショウタロウと同じ歳。
その頃は、何故か一度に赤ちゃんがたくさん生まれる時期があって、ボウアちゃんもその世代らしい。
彼女が名乗るグラウグリンツェルドラゴンの“グラウ”は太子、“グリンツェル”は王女を、それぞれドラゴンの言葉で意味するらしい。
つまりグラウグリンツェルドラゴンとは皇太女竜。皇竜の後継者を意味する。
そんな彼女が、これから吉凶どのように育っていくかはこれから積む経験次第。
だからこそ教育が重要となるわけで……。
『だから、可愛い孫娘にドラゴンとしてのプライドを教え込みたくて! いでででででででででででで……!』
『歪んだプライドなんですよなぁ、父上のそれは……!』
アードヘッグさんによるお仕置きがまだ続いている。
その一方で……結局こうなるのか……!
僕とボウアちゃんによる対決は、避けられないようだった。
「ジュニアー、わからせてやるのだー」
「ウチの子の健全な育成のためにも、ここは一つ!」
ヴィールとブラッディマリーさんも無責任に言い放つ。
彼女らだってかつてはわからせられたクチなのに。
「ええー、なんで私の応援してくれないのお母様!?」
ボウアちゃん衝撃。
「でもいいわ……私からすればニンゲンなど、一捻りで潰せる虫けら同然! 姿を変えても竜の力はいささかも制限されないもん!」
ボウアちゃんは手をかざす、そして手のひらから眩いばかりの閃光を迸らせる。
その閃光は凄まじい轟音と共に、龍帝城の豪勢な壁や柱を幾層も吹き飛ばした。
「ボウアちゃん!? 修理!」
「これが竜の力よ! 恐れなさいニンゲン! お前らが使う魔法なんか、この百分の一も出ないでしょう!」
たしかにドラゴンの力は絶大だ。
人類の能力など遥か足元にも及ばない。それは子どもの頃からヴィールと共に生きてきた僕だから一際よくわかっている。
しかしだからと言って、人がドラゴンに抗えないと思うのはあまりに早計だ。
「撃ってごらん」
「え?」
その閃光、僕に向けて撃ってごらんよ。
明後日の方向に撃ったって、倒せる敵などいやしない。
攻撃とは命中させて初めて意味がある。
お姫様にはそこから教えないとダメなのか。
「いや、あの……、くっそぉ~バカにして!」
お姫様の手のひらが……砲台に等しいものがこちらへと向けられる。
「お前の強がりが悪いんだからね! 泣いて謝ってももう知らないんだから!」
そして放たれる大閃光。
あれで、魔族が放つ最大級火炎魔法のザッと百倍の威力はあるだろう。
まともにくらえば人間の十人程度は華麗に消し炭だ。
その閃光へ向けて、僕もまたこっちの手をかざし……。
「農場神拳……」
『究極の担い手』よ、この光を屈折させろ。
軌道を曲げられた閃光はあらぬ方へと無意味に飛び去っていく。
そしてまた龍帝城の建築をえぐり飛ばしてく。
「えええええええええええええッッ!?」
それを見て、誰よりも度肝を抜かれる王女様。
他の人たちは動揺もしない。
「やっぱ弾き飛ばすかー、聖者の息子ならそうするでしょうね」
「あんなの小手調べにもならないのだー」
こんな感じ。
お茶などすすりながら鷹揚と観戦している。
「お前……お前一体、何?」
「何の変哲もない、ただの人間だ」
世間知らずのお姫様よ。
これより人間の恐ろしさの、ほんの一端を披露しよう。
それを見てもまだ、人間が下等だと言えるかな?






