1398 ジュニアの冒険:才は尽きても愛は尽きず
「でもね……最近は思うの」
とバティさんが弱々しく言った。
その声にはどこか疲労が感じられた。
「最近は、ドレスや礼服の着想があまり湧いてこなくてねえ」
えッ?
そうなんですか?
農場にいた頃はそれこそ服を作る手が止まらなくて、寝るとき以外はずっと衣服を縫っていた感じなのに。
それこそ着想が湯水のように湧いて出ていたんじゃないんですか?
「たしかにそうだったんだわね。あの頃は服を作ることばかり考えていた。寝ても覚めても、そのこと以外考えるべきはなかった」
時々聖者様が無茶して始末に追い立てられることもあったけれど……。
とバティさんは思い起こす。
「それから愛する人ができて結婚して、嫁入りした家のことを盛り立てて、子どもたちの将来に思い馳せて……。考えるべきことが増えていくたびに服飾のために考える時間が削られていく。時間は有限だもの、しょうがないわ」
それは……。
「家族が邪魔だというわけではないの、もちろんね。でもデザイナーとして服飾家として、自分の限界が見えてきたのも確かよ。自分がデザイナーではなく、家庭人であることを優先しているということも」
なんかいきなり悩み相談をされた……。
もしや今日御呼ばれした本当の目的は……これ……!?
しかし思い返してみれば腑に落ちることはある。
ここ最近、バティさんが農場を訪れる頻度が遥かに少なくなった。
結婚して農場から離れたとしても、バティさんは時間を見つけては農場まで転移魔法で飛んできた。
そこで弟子の指導をしたり、新しい服のデザインを考えたりしながら過ごしていた。
でも時が経つにつれて、その頻度が週に一度、月に一度、数か月に一度と少なくなっていく。
その理由は家族にかける時間を増やすためなのもあっただろうが、そのまま創意や情熱が失われていったからともいえるのだろうか。
「バティさん……」
思わず声をかけてしまったが、だからどうということはない。
「本当なら潔く身を引くべきなのだろうけれど、そうもいかなくてね。今、夫を周りで盛り立ててくれる人たちは、私のデザインしたドレスや礼服をプレゼントすると喜ぶから……」
バティさんはそこまでして旦那さんを支えていたのか。
その努力は凄いの一言に尽きる。
大人には色々悩むところがあるのだなあと思った。
好きなこともいつかは続けられなくなる日が来るかもしれないと。
しかし今のバティさんには家庭があり、命に代えても守りたいものがある。
理想と現実の両立は、きっと僕が思う以上に厳しいものだろう。
「あの……せっかく相談いただいても……若僧の僕には……」
そう、そのような相談をされても返答のしようがない。
何しろまだまだ人生経験が足りていないので。
「そうよね、いきなりこんなことを言われても困るわよね」
バティさんは申し訳なさそうに言う。
「実は相談はもうしてあるの、プラティ様と聖者様に」
ウチの両親!!
うん、それがいいと思います!
あの人たちなら人生経験豊富だろうし!
「それでいただいたアドバイスが、ジュニアくんにも話してみなさい……というものだったわ」
父さん母さん!?
息子に丸投げとはこれいかに!?
「きっと若いジュニアくんの瑞々しい感性に触れれば、何か新しいものが生まれるのではないか、と……」
それで打開案が出るようなら誰も苦労はしない。
若さだけですべてが解決できると思うなよ。
「最近でも、何か作ろうと試行錯誤はしているのよ」
バティさんは立ち上がり、部屋を移動する。
付いて来いというのだろうか?
ここで置いてきぼりにされても困るので、仕方なく追うことにした。
「ここから先は私の仕事スペース。家族であろうとここには立ち入れません」
やはりプロ。
製作途中は厳しい情報封鎖があるようだ。
そして、その仕事部屋にあったものは……。
「これは……ッ!?」
鎧ッ!?
全身を覆う本格的な鎧が飾られていた!?
「これ……バティさんが作ったんですか?」
「あまりいい出来ではないでしょう? 私も納得していないの」
そりゃあバティさん、いくら服飾の天才とはいえ鎧はまた別のジャンルでしょう。
武具ですよ。
しかもこの鎧……。
金色だ。
総身が金色だ。
ピカピカ輝いて部屋が明るくなるぐらいだ!?
「あの……どうして金色に?」
「それは……旦那様が着ることを想定して作ったから!!」
おおう。
「四天王に就任した旦那様ですもの! これぐらい煌びやかでないと示しがつかないわ! それでいて機能的で堅く! 鎧とは命を守るものですからね!」
なんか急にエンジンかかりだした。
「……はぁ」
そしてすぐに鎮まった!?
「ずっとこうなの、構想を練っている時も旦那様のことや子どもたちのことが頭から離れない。今の時代は平和だけれど、いつまた戦乱が起こるかわからない。だからこうして旦那様を守るための鎧など拵えてしまった」
いや服飾家だからって金属加工のノウハウはないでしょう?
鍍金だって?
それでここまでの出来にしちゃうのは……やはり天才か。
……なんとなく周囲を見渡してみた。
仕事部屋とのことで道具や作りかけの衣服が雑然と並べられている。
その中から目に留まった縫いかけの衣服……サイズ的に子ども用だ。
お子さんたちの衣服か。
「昔は服飾のことばかり考えていた。どうすればもっと美しい服を作れるか、どうすればもっと多くの人が私の作品を受け入れてくれるか。針やハサミを持っていない時もそればかり考えていた」
しかし今は違う。
「ハサミを持っていても針で縫っている時も、考えるのは家族のこと。家族の安全、家族の幸福を考えていると、自然とそれを叶えるように針やハサミが動いてしまう」
夫が危険から身を守れるように。
子どもたちが凍えないように。
それが自然と作品の方向性を決めるのだろう。
「感動したぁーーーッ!!」
うわぁッ!?
ビックリした、何!?
なんか知らない人がバティさんの仕事部屋に乱入してきた。
身なり高貴で凛々しい男の人……推察するまでもなくバティさんの旦那さんか!?
「オルバ、どうして……!? お仕事が忙しいのでは?」
「マモル司令が気を使ってくださった。農場国の王子が訪問くださると聞きつけて、自家に会って面識を持っておくことはこれからプラスになるだろうからと」
さすがマモルさん、苦労人ゆえの細やかな気遣い。
「それで一時帰宅できたのだが、偶然にも話を聞いてしまった。立ち聞きしてすまない。だがキミの気持が改めて知れてよかった……!」
「旦那様……!」
「キミがそれほどまでに家族を思っていたことが嬉しい。たしかにキミのデザイナーとしての名声に助けられてきたことは何度もあった。しかし本当に大切なのはキミの名声ではなくキミ自身だ!」
うわ。
桃色の空気がここまで漂ってきた。
「キミは自由に服を作っていいんだ。人脈作りなど気にしなくていい。キミの内助の功で、ベルフェガミリア様の後釜に座れたんだ。今度は私が、キミの助けになりたい」
「ああ、アナタ……!」
「これが私のために作ってくれた鎧か? 素晴らしい、次の式典でまとうとしよう!」
「いいえいけません! これはまだ未完成で、修正したい箇所が山ほど……!」
結局のところバティさんは才能が枯れ果てたわけではない。
才能を向ける先が家族へと集中しているだけだったんだ。
父さん母さんが僕に話を向けたのは、僕にこの問題を解決させるためではなかったんだろうな。
むしろバティさんの子の姿を見せて、僕に学べと言うことだろう。
先人から学ぶべきことは多い。
しかしこの三児の親となっても冷めることのないラブラブっぷりには辟易するが。






