139 天王
余はゼウス。
偉大なる神の王。
者どもは我が弟たるポセイドスやハデスとまとめて三界神などと称するが、その中でも余がもっとも偉いのだ。
あの二神は、余から見て格下に過ぎぬ。
何しろ余は天の神!
この世界でもっとも高き領域を支配する神だからな!!
『ただ高いってだけで雲しかない領域ですけどね』
おお。
何だいたのか、我が息子の一人ヘルメス神よ。
『はい、アナタが余所で浮気しまくって作りまくった子どもの一人、ヘルメスです』
なんだ含みを持った言い方だなあ。
まあ、いいや。
余は、この世界でもっとも偉いから皆から好かれておるのだ!!
それよりもヘルメス、何か用か?
余は見てのとおり忙しいのだ。くだらない用事は聞かないぞ?
『滅茶苦茶暇そうに見えるんですけど。密偵と伝令の神でもある私がまかり越したんだから重要な報告に決まってるでしょう?』
そうだっけ?
じゃあ重要な報告とやらを言ってみな? もし余が重要でないと判断したら、罰ゲームでモノマネしろ!
卵産む時の雌鶏のモノマネしろ!
『アナタが生み出した人族が敗北しましたよ』
はーい! 全然重要じゃなーい!
残念でしたヘルメスくん! 罰として三日間便秘に苦しんだ上で卵を産む雌鶏のモノマネを……。
…………。
なんだってえええええええええええええええええッッ!?
『こけっこー。こけこっこー』
バカヘルメス! モノマネなんかして遊んでいる場合か!
重大事ではないか!!
余が生み出した人族が負けただと!?
ハデスの生み出した魔族にか!?
バカな!?
人族どもには、我が眷族として地上の支配者となる使命を与えたというのに!!
『地上は元々ハデスおじさんの領域じゃないですか。本来の住人である魔族が領土争いに勝利した。……まあ、勝つべき者が勝ったって感じですね』
なんでだよ!?
勝つべきと言えば、この神の王ゼウスが応援する人族の方が勝って当然じゃないか!
『一応言っときますけど、ハデスおじさんが支配すると決められた地上に侵略したのはアナタの人族なんですからね? でも勝利した魔族は、制圧した侵略者を根絶やしにすることなく自国民に組み込むそうな。ハデスおじさんの眷族だけあって優しく分別がある』
知るかよそんなこと。
それにしても我が人族の役立たずが。どうせ負けるんならとことんまで抵抗して最後の一人まで戦って死ねってんだよ。
『また無茶を言う。そこまで言うなら今からでも何かしらの助けを与えてやればいいじゃないですか?』
え? やだ。
なんで余が人族ごときのためにそこまでしないといけないんですか。
それにずっと昔、それこそ人族を生みだした直後、やる気に燃えて色々人族に加護を与えたら世界のバランスが崩れて大変なことになったし。
「もう二度とやるな」ってハデスとポセイドスに滅茶苦茶怒られたしもうやらない。
「怒られただけで思い留まるとか、さすがの弱メンタル」
いいんだよ!
余は世界でもっとも尊い神だから怒られ慣れてないの!
…………それよりも。
なんかおかしくない?
地上での魔族と人族の争いって、ここ何千年も膠着状態が続いてたじゃない?
なのにいきなり魔族が勝利。
唐突すぎないか?
ひょっとしてハデスのヤツがズルい手で自分の眷族に肩入れしたんじゃないの!?
「そんなアナタじゃあるまいし……!」
いいやきっとそうだ!
そうじゃなくても余が決めたんだからそういうことにしてやる!
「言っときますけど、変な言いがかりつけて神々の大戦を勃発させようものなら、私を始め天界の神々は全員アナタに敵対しますからね」
そうなの!?
なんで!?
「アナタに人望がないからですよ。存亡を懸けた争いでアナタと運命を共にしたくなんかありません」
酷い! 余の息子のくせに!
いいもん! だったらせめてゴネてやる!
きっとハデスはズルいことをして自分の眷族を勝たせたんだ! ハデスズルい! ズルいハデス! ズルいズルいズルいズルい!
……ってゴネまくればハデスも地上の一部ぐらいくれるかもしれない! 人族が敗れて地上を手に入れそこなったピンチに逆転の一手! その手で行こう!
ちょっとハデスのところに行ってゴネ倒してくるわ!
じゃねー!
* * *
私はヘルメス。
天界に所属する知恵の神。
たった今、恥ずべき我が父神を見送って、どっと深いため息をついた。
なんであんなのが天界の神々の長なんだろう。
嘆いても仕方がない。
知恵の神たる我が能力の一つ、離れた相手と通信できる念話でもって……。
……もしもしハデスおじさん?
はい、私です。ヘルメスです。
今ウチのアホオヤジがアナタのところへゴネに行ったので、体よく門前払いにしてください。
例の件は漏らしていませんので、そちらも配慮をお願いします。
絶対バラしません。
それでは……。
私は知の神ヘルメス。
知識、知恵、知謀を司る神だからこそ、色々なことを知っている。
何故人族が魔族に敗れたか?
その理由だって既知。
アンサーは、異世界からの来訪者。
アホオヤジたるゼウス由来の法術魔法には、こことは違う世界の住人を有無言わさず連れてくる迷惑な術がある。
その被害者の一人である『彼』は、我が兄弟ヘパイストスからのギフトによって大きな力を持ち、ついに魔族と人族の長い争いに終止符を打つまでの影響を示した。
元々アホオヤジは、容貌が醜いというだけでヘパイストス兄さんを毛嫌いしていたが、その兄さんのギフトによって自身の野望を打ち砕かれたと知ればどんな気持ちになるだろう。
興味はあるが、教えない。
あのアホオヤジが、異世界からの来訪者たる彼――、聖者と呼ばれているそうだが、聖者の存在を知ればロクなことにならないのは確実。
ハデスおじさんとポセイドスおじさんからも秘匿を頼まれているし。
ここ天界においては、知の神たる私の手腕によって、絶対に彼の情報があのアホオヤジに届かないようにしよう。
我ら天の神々にとっても、地上における戦いが終結するのは、穏やかになってうれしいことだ。
その功労者たる聖者と、尊敬すべき造形神ヘパイストス兄さんたちの平穏を守ってあげるのも神たるものの当然の務めってね。