1396 ジュニアの冒険:天使のおしごと
ホルコスフォンおねえさんの趣味を観察することになりました。
でも本当にあるの?
納豆以外に?
体は納豆でできている。血潮は菌糸で心は大豆。いくたびの線状を越えて腐敗……ではなく発酵。
そんなホルコスフォンおねえさんに納豆以外の生き甲斐があるなんて俄かに信じがたい。
しかもそんな趣味活動と称して飛び立ったホルコスフォンおねえさんはどこへ向かうというのか。
ついていくだけの僕には一向にわからない。
「…………」
……。
「……というか、いつの間にか飛行できるようになっていたのですねジュニア様」
今そこッ!?
ハイッ、時速60kmの風圧がおっぱいの感触と同じという知識から、空気に触れるという概念を獲得できました!
だから何だという説明割愛。
「なるほど、修行の旅で得るものはあったということですね」
いやぁ、このようなところで褒められるとは……!
「そんなことより、そろそろ目標地点到達です。気を引き締めてください」
そんなことよりッ!?
しかも『気を引き締めろ』とはどういうッ!?
それって注意喚起のワードですよね?
この先、注意がいるような危険が待ち受けているということですか。
「百聞は一見にしかのこのこのこと申します」
虎視眈々まで言え!
「ホラ見えてきましたよ、あれです」
なんだアレは……?
そこは、かなり人里離れた異境だった。
よっぽど厳しい環境なのか、草木の一本も生えずに剥き出しの岩肌。
砂粒の混じった荒涼な風が吹きすさぶ。
こんなところで一体何が起こるのかと思ったら、その何もない場所にいきなり落雷が!?
バリバリドゴォンッ!!
一体何ごと!?
落雷って、空は雷雲どころか一点の曇りもない青空なのに。
しかもその落雷が直撃した地面は大きくえぐれ、その中心には……誰かいる?
「ぬぅうううううん……!」
なんだ、あのいかにも凶悪そうな筋骨隆々の大男は?
全身が青みがかっていてスキンヘッドで、やたら顎がしゃくれていて……見るからにファンタジックな危険人物だとわかる。
「ここが新しいオレ様の標的か、このぬるま湯に浸りきった世界をすぐさま地獄に変えてやるぞグフフフフフフフ……!」
あからさまに危険なことを呟いている。
ハイ取り締まり対象決定。
「天使キック」
「ぐるぼえべッ!?」
迷うことなく放たれたドロップキックが、異界より現れし悪人を蹴とばす!?
ホルコスフォンおねえさん、いくら人相最悪でも挨拶もなしにサプライズアタック(奇襲)するのはッ!?
「よいのです、私のレーダーに反応したということは、悪意があってこの世界に侵入したということなのですから」
自信たっぷりに言うホルコスフォンおねえさん。
つまりこの悪人相は、見た目通りの害悪な大人ということでOK?
「ここ最近で、この世界は大きく豊かになりました。マスターを始めとする多くの人々の尽力によるものですが、それは世界をよりよくすると同時に、よからぬモノを引き寄せる結果となりました」
それがこの……コレ?
「熟した果実に、虫は寄ってくるものです」
「この次元侵略者ゴルドを虫呼ばわりとは……身の程知らずめ……!」
蹴り飛ばされてあちこちぶつけた大男、見るからに不機嫌でスキンヘッドにいくつもの青筋を浮かべている。
「そう、いかにもオレ様は異世界を渡り歩き、平和ボケした世界を見つけては攻め滅ぼし、富と命を奪いつくしてきた帝王よ! 貴様らは、オレ様から奪われるために生み殖えてきたのだ! このオレ様に踏みにじられることを栄誉と思うがいい!」
「天使エルボー」
「ほぎゃるぼびぶわぁああッ!?」
ホルコスフォンおねえさんが超高速で懐に潜り込み、突き立てた肘打ちが相手のみぞおちにめり込む。
見事に洗練された格闘の動きだった。
「迷惑なことに、昨今この世界にはこういったコソ泥がちょくちょく入り込むようになったのです。豊かになるのも考え物ですね」
もしやホルコスフォンおねえさんの趣味というのは……?
こうした別世界からの侵入者を発見追討駆除すること!?
「天使らしい趣味でしょう?」
趣味というか本業なのでは天使として。
「外への対応はどの道不可欠ですから、本来世界の守護を担う神々と作業分担でやっています。気づいた者が真っ先に片づける決まりとなっておりますが……」
「ぐふはははは愚かな。こんな平和に浸りきった腑抜け世界の住人が、この次元侵略者ゴルド様に勝てると思っているのか?」
なんか戦闘モードに入ったらしい。
ただでさえ筋骨隆々な大男の筋肉がさらに肥大化して一回りほど大きくなる。
「もう遊びの時間は終わりだ! 逆らう者は皆殺し! 生き残りは全員奴隷にしてくれる、ぐわっははははははははッ!!」
「天使壮絶滅死陣」
「ぐわぶりゅりらぁああああああああああああッッ!?」
なんだッ!?
ホルコスフォンおねえさんがトレードマークたる天使の翼を広げると、そこから無数の羽が舞い散り、しかもその羽根の一つ一つが独自の生き物のように舞い飛ぶ!?
さらには、その無数の羽根の一枚一枚が外敵に向かって突進し、相手を切り刻んでいく。
「ぎゅるぐわおぉおおおおおッ!?」
ホルコスフォンおねえさん!?
アナタそんなビット攻撃みたいな技を使えたんですか!?
「天使を甘く見てはいけません。十年前は使えずとも、私に備わった自己再生・自己増殖・自己進化の三大理論によって新しく獲得した機能があるのです」
クソほど強いくせにまだ進化を続けるというのか。
恐るべしホルコスフォンおねえさん。
「おのれ……このような強力な守護者がいたとは……迂闊であった!」
「逃がしはしません。アナタのような輩は放置すれば必ず善良な人々の害悪になりますから、仕留められるときにキッチリ仕留めます」
ホルコスフォンおねえさん。
得意のマナカノンをかまえ、さらに乱舞する羽根ビットが包囲集中し……。
「ハイナットーフルバースト」
「ぐぼけぇえええええええッッ!!」
羽根ビットからも照射されるビーム。百は越えるかと思われる数の熱閃に貫かれて、異界からの外敵は圧倒され沈黙した。
戦闘終了。
ホルコスフォンおねえさんの勝利です。
「脆弱な敵でした」
趣味で世界の守護を行っている天使ホルコスフォンおねえさん。
納豆以外にもこんなライフワークを持っていたとは。
「ぐぼぼぼぼぼぼ……ッ!? おえッ……!?」
ブチのめした異世界の敵は、まだ息があった。
しかし今にも息の根が止まりそうだが。
どうするんですか、これ?
次元の外に放り投げます?
「それが一番簡単ですが、万が一にも復活したら再び善良な人々に迷惑をかけるでしょう。そんな不安は摘み取らなければなりません」
それでは、とどめを……!?
ゴクリ……!?
「そんな時に活躍するのが、この納豆です。さあ害ある弱者よ、貪りなさい」
「ぐるぼくごぐぎゃぎゃぎゃぎゃおんッ!?」
強制的に口を開けられ、納豆を流し込まれる。
あれってある意味、拷問なのでは?
「くっさッ!? ねば!?」
「死にたいようですね。文句言わずによく噛んで飲み込みなさい」
ホルコスフォンおねえさんによって無理やり飲み込まされる。
ゴックン、と喉が成ると同時に悪人から眩い光が起こって……?
「リフレェエエエエエッシュ!!」
なんか浄化された。
「晴れやかな気分だ……何故私は、あのように憎悪に囚われていたのだろうか……!?」
「アナタの心に巣食った悪意は、納豆によって浄化されました。今のアナタには、世界は別の姿で映っているはずです」
「なんと晴れやかな……世界がこんなにも美しいとは……!!」
でも結局納豆でオチつけてきた。
そんな効能薙いだろう納豆には。……ないだろう? ないよな?
「ありがとう、アナタは私の心を救ってくれた。もう二度と悪事は行いません……!」
「それでは元いた場所へお帰りなさい。そして今度はアナタが、弱き者を守るための盾となるのです」
「はい……天使よ……!!」
この平和な世界で、ホルコスフォンおねえさんは今もなお守るための戦いを続けている。
それが天使としての役目だとばかりに。
ただその戦いに納豆をねじ込むことはやめられないらしいが。