1395 ジュニアの冒険:納豆でここまでやって来た
僕はジュニア。
矛盾という言葉は、現実には存在しないことを知った。
矛と盾がぶつかったら、矛の方が勝ちます。
「うーん、やっぱ私が本気出したら粉砕されちゃうわよねー」
「ですがジュニアさんが無事だった分、上出来ではないでしょうか。我が身と引き換えに装備主を守りましたよ」
あわや僕、諸共粉砕されるところでしたよね!?
粉々になった豆腐盾のように!!
「チッ」
舌打ちすんな弟!
お前の研究が成果を上げたんだぞ!
「ともかく及第点は突破……ということで研究を続けて頂戴。基本性能を突き詰めつつ、利用法を模索していきましょう」
「ありゃあしたー!」
ああ、まったく……!
研究が認められてよかったね!!
さて、ここでの用はもう済んだだろうか!?
これ以上こんな常識外れどもと一緒にいたら命がいくつあっても足りない!
僕は失礼させてもらいますよ!
「お待ちなさい」
ガッと肩を掴まれる。
僕が立てた死亡フラグ華麗にへし折られる。
「慌ててはいけませんよ、視察はまだまだ終わっていません」
ほ、ホルコスフォンおねえさん……!?
「せっかくですので、私が担当する納豆部門もご案内しましょう」
納豆部門!?
「ジュニアさんもお好きでしたよね納豆。小さい頃は毎朝召し上がっていました」
それはッ!
ホルコスフォンおねえさんが強火に勧めるからであって!!
父さんも『最近は納豆と痛風の関係性も指摘されるようになったから、あまり食べ過ぎない方が……!』って危惧してましたですやん!?
せめて二日に一遍ぐらいでいい、納豆は!
「早速、我が社が誇る世界最大の納豆プラントを見学していきましょう。アナタの人生の糧となることは間違いありません」
「じゃあ、私はここで研究視察を続けるわねー」
全然意に介せず、僕らを見送るレタスレートおねえさん!?
「じゃ、盾の強度試験を続けましょう。ノリトくん、今度はアンタがかまえなさい」
「えッ?」
はーっはっはっはっは!
ざまあ!!
ホルコスフォンおねえさんに引きずられて、僕は場所を移動するのだった。
* * *
そしてここが……。
「レタスレート&ホルコスフォン豆カンパニーが誇る、世界最大の納豆プラントです」
世界最大というか、世界唯一では。
眼下には、それこそ『村か?』と思うくらいの規模で、納豆製造の施設が広大に並び立っていた。
しかもオートメーション(全自動化)だ。
「この納豆製造施設は、私の動力源となるマナドライブからのエネルギー供給で動いています。私みずからが設計し、マスターやドワーフ職人の方々の協力を得て完成させた、我が夢の具現です」
物凄いオーバーテクノロジーの結晶だった!?
道理でここだけ世界観が隔絶していると思った!
「数トン単位の大豆の煮沸、納豆菌の付加、発行、検査、パック詰めまでを全自動で行い、世界各地に発送されています。売り上げは好調で『納豆を食べて元気になりました!』『納豆で長年の持病が治りました!』『納豆のお陰で志望校に合格できました!』『納豆で彼女が出来ました!』などの報告が……」
本当かよ?
納豆に関してだけは、ホルコスフォンおねえさんへ公平性を期待することはできないからなあ。
実際納豆が健康にいいことは知っている。
父さんや母さんも、そこは認めているからな。
父さんも最近は『歳も食ってきたし、ますます納豆食べて血液サラサラにしないとなあ』とぼやいていた。
それだけ納豆への信頼の表れだろう。
『その分ビールと魚卵を減らさないとなあ』とも宣っていたが。
「納豆は栄養豊富。『畑の肉』とも称される大豆が原料ゆえにたんぱく質が主成分で、その他にも食物繊維、ビタミン、各種ミネラルが含まれています。それだけでなく発酵食品でもありますので、強力な納豆菌が生成した様々な発酵成分は、腸内環境を整え免疫能力を強化し、様々な病気の予防に役立ちます。この世界の健康指数の上昇に、間違いなく寄与しているのですよ」
本当かなあ。
「私も納豆を通して、この世界に貢献していることを誇りに感じております。私と納豆との出会いは……」
なんか語りだした。
「そもそも私は、数千年前に地上殲滅のために製造された天使。単なる破壊兵器でした。私と同じ目的で製造された同類は数体。たったそれだけで当時の地上は崩壊。それまで繁栄していた生態系も滅びました」
なんか怖いことを言いだした。
「事態を重く見た神々は、みずから降臨してドラゴンと協力し天使の掃討を行いました。神と竜が手を組んだのは、あとにも先にもこの一度のみ」
それだけ天使が恐ろしい存在だったってことか。
「すべての天使はその際に滅殺されましたが、私のみが完全破壊をまぬがれ永い眠りについていました。それを目覚めさせてくれたのがマスターです」
マスター=我が父のこと。
父さんって一歩間違えたら大惨事みたいなこと、たまにやらかすんだよな。
年一ぐらいのペースで。
「マスターとレタスレートのお陰で、この時代で生きることを許された私ですが、しかし当初は何もありませんでした。戦い、殲滅することのみを目的として創られた天使が、戦いのない平和な時代に何をして生きればいいのかと。レーゾンデートルの消失でした」
また難しい横文字使って……。
でもホルコスフォンおねえさんにそんなモラトリアムな時期があったとは。
今はこんなにイキイキ溌溂としているというのに。
「それはそうです、私は納豆と出会ったのですから」
ああ……。
それか。
「私の空虚なる日々に、光差す道となったのが納豆です。納豆こそ我が生き甲斐、納豆は私の生きる目的となったのです」
もっと他にありませんでしたか生き甲斐と目的?
「もちろん、私にはかつてなかった、喜び悲しみを共有できる仲間がいて、彼女らの存在も大いなる生き甲斐です。そして仲間との繋がりを示すものが納豆。私と仲間との絆は、納豆同士を結び付ける菌糸のようにねばついて伸び、決して切れることはないのです」
その絆なんか嫌だなあ!
決して切れない例えとしてはいいのかもしれないけれど!
「お判りいただけましたでしょうか! 私の納豆にかける情熱。納豆がどれほど世界の進歩に寄与してきたのかを!」
はい、充分すぎるほど伝わっております。
だから何だという話でもあるが。
僕が農場で物心ついて以降、ガラ・ルファおねえさんに次いで『この人ヤベえな』と思わせる存在が彼女だ。
納豆への偏重がハンパではない。
何故ホルコスフォンおねえさんはそこまで納豆にのめり込むのか。
僕にはいまだにわからないし、きっとこれから先もわかり合うことはないんだろうなあ、とも思うけれど、それでも今日のこの話を聞いて一端は掴めたような気がする。
ホルコスフォンおねえさんがここまで納豆に執着するのは、それまで何もなかった彼女にスルッと入ってきたピースなのだろう。
それがあまりにもシックリきすぎて……かつ大きすぎて、納豆が彼女のすべてになってしまった。
ホルコスフォンおねえさんのすべてが納豆で固められてしまったのだ!
「失礼な、さすがにすべてがすべて納豆ではありません」
ホルコスフォンおねえさんが僕の独り言に抗議して言う。
しかし少しも信頼できないその発言。
「マスターやレタスレートからも『自分の世界を狭く区切るな』とか『他者との繋がりを大切にしろ』と言われます。その忠言に従い、私は納豆以外にも趣味を持つように精励しているのです」
本当かよ。
ホルコスフォンおねえさんの趣味っていったいどんなのだ?
「……噂をしていたら、ちょうどよく来ましたね」
ビガー、ビガー、ビガー、ビガー、ビガー、ビガー!
なんだ!?
けたたましく鳴り響くブザー音。納豆製造プラントで鳴るからヒェッとなる。
「ご安心ください。我が納豆プラントにトラブルなどあり得ません。あのブザーは別件です」
関係ないとしてもビビるんですが。
異常事態じゃないとブザーなんて鳴らないんですよ。
「ちょうどいい機会です。ジュニア様もご同行ください。私がどう現世をエンジョイしているか御覧にいれましょう」
そして翼を広げ、いかにも天使っぽく飛び立つホルコスフォンおねえさん!?
どこへ向かう?
そしてその先に何が待っている!?