1390 ジュニアの冒険:戦いの果て
依然としてシャクスさんの裏での思惑に恐れおののく僕。
いや、ここまで深く遠く考えていたんだってことに。
しかしここで僕にある疑問が生じた。
「なんでそのことを僕に?」
と。
本当に策略家は、自分の策をベラベラ種明かししないものだ。
百戦錬磨のシャクスさんにとっては、それぐらい基本のキであろうに。
「アナタには知っておいてほしかったからですよ」
とシャクスさんは言う。
「ジュニア様はいずれ聖者様のすべてを継承し、我々の偉大なる取り引き相手になるであろう御方。だからこそ他の誰に見限られようとアナタにだけは見限られてはいけません。なので本日現場にお越しいただき、裏方まで観察いただこうかと」
僕の存在まで計算の内だったと!?
すべての商人にとって最重要な取引相手となるだろう農場国。
その未来の王となる僕と秘密を共有させることで、自分たちの価値を示そうとしている!?
だから僕はここに呼ばれたのか!?
ここにきて実行解説役しかしてないなあ、僕ここにいる意味あるのかなあ、と思っていたけれど。
シャクスさんは、ちゃんとした思惑があって、僕に重要な役割を付加させてここに呼んだということか!?
……益々恐ろしい。
今日のこの大会、すべてがシャクスさんの手の内ということじゃないか?
「そんなことはありません。吾輩の思惑を超えることも多々ありますよ」
その割には落ち着き払って言う。
「あの大魔王バアル様と、息子があそこまで懇意になっていたとは思っていませんでした。昔からあの男は、特定のものと仲良くなることだけは得意でしたが、まさかバアル様と波長が合うとは……。まあ、気が合いそうな二人ではありますが……」
たしかにそんな感じはする。
「吾輩の現役時代でも、あの御方とそこまで懇意にはなれませんでした。時代は今、戦いから遠く離れて平和と文化を謳歌していますし、あの方の存在が大きくなっていくでしょう。あるいはそこから、我が商会は新たな活路を見出せますかもな」
それは、シャクスさんが無能と見限ったシャゼスさんが、その想像を超える結果を生み出すかもってことか……。
「吾輩もすべてが我が筋書き通り……などとは言いませんよ。不肖の息子も、不肖なりに足掻いていると思いましょう」
その息子さんは、ズタボロの末タンカに乗せて運ばれて行っていますが。
どんな思惑の結果としてもシャゼスさんは商人武闘会一回戦敗退。
優勝叶わなかった。
この大会で勝者になれば、農場国との独占契約が結べるという話だったのに。それを逃すのは痛手だ。
「ご心配なく、その点にも思惑がありますから」
優勝の行方まで計算の内に!?
「結果から言って、優勝して農場国との独占契約権を得ることは誰もできません。あの方たちがおりますので」
あの方たち?
誰のことだ?
そう思うと同時に、ひときわ大きな歓声が聞こえてきた。
「北豆百裂拳!!」
「ぷげらぁあああああああああッッ!?」
なんか別の試合が決着したらしい。
一瞬で。
圧倒的な力で相手を蹂躙したのは。
「レタスレートおばさん!?」
いや、レタスレートおねえさんッッ!?
なんであの人が大会に!?
ぶらはぁッ!?
「誰がおばさんですって……?」
いかん聞かれてた!?
こんな群衆の中からも聞き分けるってどんな聴力なんだ!?
あと拳から発する衝撃波で遠隔攻撃することやめてください!
「久しぶりねジュニア……とは言っても前に会ってからそう時間は経ってないけれど……」
はい、そうです……!!
先日ノリトのところでお会いして数日と経っておりません。
かつては農場で同じ釜の飯を貪った間柄。
しかして今は世界的優良企業レタスレート&ホルコスフォン豆カンパニーのCEO。
ちょっと見ない間に偉くなったもんだ……。
「そんなレタスレートおねえさんが、何故魔国の商人武闘会に!?」
「そんなもん、私だって企業の長なんだから参加する資格あるでしょう?」
なんとぉおおおおおおッッ!?
傍らにいるシャクスさんに視線をブン振りする。
シャクスさんは無言で頷いた。
……マジかよ。
「大人げなさすぎる……!」
だってそうだろう。
レタスレートおねえさんなら旧世界の邪神でもワンパンできる。
そんな彼女を、商人程度で止められるわけがない。
どんなに商談搦め手駆使しても、力技でねじ伏せられるのがオチだ。力こそパワーをこの世界でもっとも体現している人だぞ!
「レギュレーション違反とかにならないんですか……!?」
「残念ながら……!」
シャクスさんの声は少しながら疲労していた。
「レタスレート嬢の会社は、魔国でもしっかり登録されておりますので参加資格は充分満たしているのですよ。ここ数年、大会の優勝者はずっとあそこです」
でしょうねえ!!
子どもの大会に、プロの大人が乱入する以上の凄まじい大人げなさを見た。
「出場しているのは私だけじゃないわよ」
と、言いますと?
またその瞬間、別のリングで轟音が轟いた。
アレはマナカノンの爆撃音。
それはつまり……天使ホルコスフォンのおねえさん!
「私はおばさん呼ばわりで、ホルコスちゃんだけ端からおねえさん呼びの意図するところは?」
深い意味はないです!
それよりホルコスフォンおねえさんが、対戦相手の商人をマナカノンで吹き飛ばしていた!?
あんなん相手が死ぬだろう!
……いや生きている?
むしろなんで生きている!?
「さすがホルコスちゃーん、二人とも無事一回戦突破ね!」
「着実なる成果ですレタスレート」
そう言ってハイタッチするアラサー女子二人。
……アラサー女子?
ホルコスフォンおねえさんは天使というこの世界では大変珍しい種族で、何千年も前に神々が、地上殲滅のために創り出したのだとかなんとか。
地上生命を一度滅ぼした終末戦争で、天使は神とドラゴンの共同戦線によって全滅した。
その中の唯一の生き残りがホルコスフォンおねえさんだった。
数千年の長い眠りを経て復活したホルコスフォンおねえさんは、だからと言って特にやることもなく、ロールアウト時にはできなかった平穏な日々を謳歌しているという。
そんな中でレタスレートおねえさんとウマが合い、つるむようになったんだとか。
それも僕の生まれる前のことだからよくわからんけれど。
今では二人、会社の共同経営者を務めるまでになった。
だからホルコスフォンおねえさんも出場しているのか?
「あの……それはさすがに……!?」
シャクスさんが黙っておけないと口を挟む。
「武闘会は、代表一人までが出場権を得るはずでは? 一社から二人出場するのは仁義があまりに……!?」
「その点は大丈夫よ」
レタスレートおねえさんがビジネス然とした落ち着いた口調で答える。
「我がレタスレート&ホルコスフォン豆カンパニーは、このたび納豆部門を独立子会社化し、ホルコスフォンが取締役に就いたわ。本社の共同経営者としてもそのままで兼任というヤツね」
「それでは……」
「ホルコスちゃんは、子会社の代表として参加しているわ」
何というルールの隙をついた奇策。
でもどっちにしろ二人の内一方が出ていれば優勝確実なので、ただのオーバーキルだからズルいとも感じない。
「な……、何故二人は大会に参加を?」
そもそもレタスレートおねえさんもホルコスフォンおねえさんも農場出身者なんだから、何もしなくても農場と取引できるじゃないですか?
むしろあなた方が農場の一部ですよ。
なのに何故、契約権を求めて大会に出る必要が?
「それは……、気に入らなかったからね」
思ったより感覚的な理由だった。
「だって、契約取りたいならちゃんと損益を算出して『自分と契約したら得だ』って相手に思わせることが重要でしょう? それを相手方そっちのけで戦いで決めるなんておかしいでしょう商人として」
「「「「「ぐぶふぉッ!?」」」」」
正論がシャクスさん初め周囲の様々な人をぶん殴る!?
「だから私たちは、この企画そのものをブッ潰すために“あえて”出場してるの。あとお祭り騒ぎ楽しみたいってのもある」
「ハルマゲドンは天使の独壇場ですし」
こうした感じで大会は、超越種二名の大暴れでほぼ無意味化した。
努力は真っ当な形でしようね、という教訓だけが残った。