138 神々の代金
かくして我が農場は、一時『居酒屋 農場』と化した。
しかも神々の居酒屋である。
凄いのか凄くないのかわからない。
「我が君! 三番テーブルのメドゥーサ神が明太子入り卵焼きを注文!!」
「ふろふき大根追加入りました! 二番~五番テーブルまで大人気!!」
「かまぼこ追加!」
「こっちもです!!」
「お酒が足りませーーん!! ガラ・ルファさーーん!!」
と台所で鍋を振るう俺の下へ次々注文が舞い込んでくる。
「今作ってるから待ってろおお!! ちょっと誰か倉庫に行って食材まだあるか確認して来てえええッッ!!」
俺だけでなく農場に住む者全員大忙し。
プラティたち人魚組や、バティベレナら魔族コンビはウェイトレスとして駆け回る。
モンスター組は足りない分の食材を畑や山に直接取りに行く。サテュロス組はミルクを出しまくり。
エルフたちは俺の料理を手伝って、大地の精霊たちは皿洗いに追われていた。
ただ一人ヴィールだけが我関せずと屋敷の奥でグースカ寝ていた。
神々は、農場の備蓄を喰い尽くすのではないかという勢いで飲み食いして、まさに嵐でも遭ったような気分であった。
* * *
『……満足した』
と神は言った。
満足してくれないと困る。
これ以上飲み食いされたらウチの農場本当に備蓄がなくなって崩壊する。
『いや、なんか、申し訳ない……!』
神々を召喚した張本人である先生。
しかしさすがに神集団が相手ではノーライフキングも為す術なく、傍でオロオロしているしかなかった。
『いやあ、こんな優良な供物は初めてである。堪能させてもらった』
『わたくしは、このだし巻き玉子を神の食物として祝福しますわ』
『オレは焼き鳥を神の食物として祝福するぜ!』
『私は何より、このビールを神酒として……!』
『残念、それは余がもう祝福しておる』
と好き勝手なことを言う神。
『さて、ではそろそろお開きということで……!』
『うむ、聖者に褒美を取らそうではないか』
え?
何です褒美?
『何を意外そうな顔をしておる。余らがタダ飯を食って、そのまま一つの礼もせず去っていくとでも思ったか?』
『ゼウスのアホではあるまいし。余らはそのような道義知らずではない。食った分の代金はキッチリ支払うわ』
と請け合う神々の代表。ハデス神とポセイドス神。
そりゃ、食った分の支払いをしてくれるなら、それに越したことはないが。
「でも失礼ながら本当に意外ですね。神様ってもっと理不尽かと思ったんですが」
『そのイメージは十割ゼウスの作ったものだ』
さいですか。
『……ここに参列する神々よ。改めて念を入れておくが、天神ゼウスに、この楽園の存在を決して教えてはならんぞ』
『『『『『『『『『『『『当たり前だ!!』』』』』』』』』』』』』
神様たちが満場一致で同意した。
『ゼウスがここを知ったら、勝手に自分専用の聖域とか言って支配しかねませんからね』
『その上で現地の人の子どもに無理難題を浴びせかけ、結局滅ぼしてしまうのよ』
『そうならないためにも、ゼウスの前でこの楽園の話題は絶対禁止だ!!』
『万が一にもバレようものなら我ら全員一致団結してゼウスを叩きのめすぞ!!』
ああ、まあ……。
神々の手で守ってくださるなら、これほど安心なことはありませんが。
『話を戻そう。今話題にすべきは、この偉大なる聖者にどんな報酬を渡すかだ』
『一応言っておくが、彼には既に造形神ヘパイストスから贈り物をされている。「さらなるものを与えてはならない」約束を破らぬように考えてくれ』
それ前にも言ってたな?
どういう約束なんだそれ?
『ずっと以前、ゼウスが地上支配せんと配下の人族に様々な加護を与えてな』
『そりゃもう過剰すぎるほどに加護や祝福、聖なる武具まで際限なく与えおったのだ。仕舞いには人の子でありながら神に匹敵する強大な存在となってしまい、世界のバランスが崩れてしまった』
『あの時は大変だったなあ。人族の大英雄、力を貰えるだけ貰ったらあっさりゼウスを裏切って神全部を滅ぼそうとしたのだ』
『三界神が協力してなんとか封じたが、以後教訓として、一人の人の子に過剰に力を与えてはならない、という約束が制定されたのだ』
話を聞けばなるほど納得な話。
そうだよね、著しく偏りのあるパワーバランスはダメだよね。
『既にヘパイストス神からギフトを得た汝にさらなる贈り物や加護や祝福を与えることはできぬが……。そうだな、今回の供物の代償として、今年一年の豊作を約束してやるぐらいはよかろう』
『では余は、今年一年の豊漁を約束しようではないか』
ハデス神とポセイドス神が揃って伸ばす手の平から、祝福の光が広がっていった。
『次はアタシがいーい?』
と言い出したのは、ウェーブのかかった濃色の金髪がキラキラした女神様だった。
まるで夕日に煌めく海面のような輝きを放つ金髪。
『アタシは海神ポセイドスの妻アンフィトルテ。さっきから見ていて気になったんだけど、アナタ。我らが海の眷族なんじゃない?』
「へうッ?」
と指さされたのは我が妻プラティ。
『やっぱりー! 魔法薬で姿を変えるなんてなかなか出来る魔女ね! その実力を見込んで、また今日のお礼に、「海母神の祝福」を与えましょう!』
アンフィトルテ女神とやらの手から放たれる光がプラティの中に吸い込まれ、消えていった。
「う、うわー……! なんだか偉いものをノリで貰ってしまったような……!」
さすがのプラティも戸惑いを隠せない。
『アタシの祝福は、ハデスのみたく禁止事項はないから安心していいわよん!』
『では、次は私が……』
次に現れたのは、アンフィトルテ女神とは対照的な、漆黒の艶めく美髪を持った女神だった。
まるで夜の海を思わせる、波打つ黒髪。
『私も気になっている魔女がおりまして。……アナタ』
「えッ!? アタイ!?」
黒髪の女神が選び出したのは『凍寒の魔女』パッファ。
『……わかります。アナタはいずれ義務ある男性を支える立場に就くでしょう。であればこそ、この女神メドゥーサより「海神妃の祝福」を与えましょう』
そしてまた神から光が放たれ、パッファの中に吸い込まれていく。
「貰えるものなら貰うけど……!? でも何だよ!? 『責任ある男を支える立場』って!?」
それ以降も、神々はどんどん思い思いの相手を選り出して、なんか色々与えていく。
『そこのオーク。貴様の瞳からは得難き義信の輝きを感じるぞ、この冥界の司法長官ラダマンティスが善悪を透視する力を与えてやろう』
『魔物にしてはタフそうな顔つきをしているな! この狩猟者の神オリオンが星を読む術を授けよう!』
『お前たちはエルフか。このヒュプノスから二倍の癒しを得られる眠りを授けよう』
てな感じ。
他の神も、それぞれ好き勝手な相手に好き勝手なものを与えて、支払いは完了した。
『それでは人の子たちよ。神々は満足したぞ。汝らのように心ある者たちが地上にて営むことが、神々の何よりの幸いである』
言うだけ言って神々は姿を消し、自分たちが本来いるべき世界へと帰っていった。
終わってみれば、一体何だったのかと戸惑うほどの激しい出来事だった。
まるで嵐がやって来て通過していったような大騒ぎのあとで、俺たちが得たのは……。
「ねえ旦那様、アタシ今まで知らなかった魔法薬の知識まで何故か頭の中にあるんだけど?」
「魔法薬に込められる魔力限界値が上がった!?」
「なんか前よりずっと速く走れるぞー!?」
住人たち一斉の飛躍的なパワーアップだった。