1384 ジュニアの冒険:二代目が潰す
真なるパンデモニウム商会長シャクスさん、降臨。
僕たちはこれを待っていた!
やはりシャクスさんこそがパンデモニウム商会の本当の会長さんだったんだ!
そしてさっきまで会長を名乗っていたのはニセモノなんだな!
僕のことを騙そうとしやがって!
「いえ……いえ違うのですジュニア様……!」
シャクスさんが眉間を抑えながら言う。
その仕草と表情に言い知れぬ苦悶が窺えた。
「このシャゼスは正真正銘、吾輩の実子で、現パンデモニウム商会長でもあります。現在のパンデモニウム商会はコイツが舵取りをしています……!」
な、なんだってー?
シャクスさんがぶっ飛ばしたからてっきり、責任ある地位を騙るホラ吹きか何かかと……!?
「そう思われるのも仕方ありません。……というかジュニア様からの目からもそう見えてしまうのですな。我が息子の不出来を改めて見せつけられるとは……!」
シャクスさん、苦々しく苦しそう。
「……吾輩も、随分長いことパンデモニウム商会に尽くしてきました。ですが老いには勝てぬものですな。最近になって目は霞むし耳は遠くなるし、記憶力も落ちてきました。あと、机の下に落ちたものを座ったまま拾えなくなりました」
でもドロップキックのキレはよかったですよ。
一番最初に衰えそうな身体能力に磨きがかかっている。
「ですので、本格的に支障が出る前に引退しようと決意したのが昨年のことです。すると次に問題になるのは後継者問題です。吾輩は入り婿でしてね。なので吾輩の前の商会長の娘……と結婚したのですが、その間にできた息子に席を譲るのが筋でした」
それが彼と……。
誰か止めませんでした。
「いや、経営陣からもかなり反対意見も出ましたし、なんなら正統な血筋である妻からも反対されましたが、吾輩としても経営一家の血筋を後世に遺すことが入り婿としての使命だと思っていましたので、何とか方々に頭を下げて代替わりを認めてもらったのです」
その結果がコレと……。
いや、取り立てて悪いというわけではありませんが、先代のキレのよさは見る影もありませんね。
「なんだよオヤジ……アンタもう一線から退いたんだろ? だったらもう現場にしゃしゃり出てくるなよ。もうオレの時代だぜ!」
「そのお前が頼りないからしゃしゃり出てこないといかんのだろうが! 何がお前の時代だ! このままではお前の時代でパンデモニウム商会の歴史が終わるわ!」
うーん、末世。
「お前は……何でもかんでも接待で決めようとする。悪い癖だぞ。ビジネスが付き合いだけで決まるわけがないだろう」
「そんなこと言っても……飲んで騒いでいい気分になれば、こっちの言うことも聞いてくれるんじゃねえの?」
「必ず利益が出るという確固たる見通しと、それを論理的に納得させられる説明能力。それがあって商談は成立するんだ! しっかりした下積みがないからそんな遊び人思考になるのだよ!」
じゃあ、しっかり下積みやらせてから商会長になってもらった方がよかったんでは?
魔都で後継者問題に巻き込まれたのはこれで二回目だが、ルキフ・フォカレさんがあそこまで後任選びに慎重になったか、その正しさが今になって実感できた。
「大体、オレは間違ってねえぞ! このガキに接待しろって指示したのは周りの連中だ! 周りの言うことに従えって言ったのはオヤジだぜ! これが悪いなら責任はオレの取り巻き! その取り巻きの言うことを聞けっていうオヤジじゃねえか!」
「言うことを聞くなら最後まで徹底しろ」
シャクスさん……ただでさえ老け込んでいるのにさらに老け度が上がる……!?
「接待そのものは否定しない。吾輩も現役の頃はよくやったしそれで結べた商談も数多くある。しかしな、お前は接待にかこつけて自分のしたいことを押し付けているだけだ」
たしかに。
飲めない相手に飲ませようとしたり、お姉さんの集団を差し向けたり……。
ちなみにそのお姉さん軍団はまだ撤収していません。
「わぁ~アレが前商会長のシャクス様よぉ~」
「あれがぁ、今のより全然有能そうじゃーん」
「もうすっかりおじいちゃんだけど、渋みがかっていてカッコいいわぁ~」
すっかり見物で盛り上がっている。
「接待というのはただ高級レストランに招待して酒や女をあてがえばいいというのではない。相手の好みをしっかりと調べて、季節や流行も入れてその時々の最高のもてなしをしなければいけない。それをやって初めて相手の心が掴めるのだ」
「オヤジは細かいこと考えすぎなんだよ。誰だって酒を飲んだらオールハッピーに決まってるじゃないか」
「それはお前だけだ」
現に僕みたいにお酒の飲めない接待相手もいますからね。
「その上今回のように、相手の機嫌を損ねるようでは論外! 元々ご機嫌取りのために行うのが接待なのに本末転倒ではないか!」
「別に目くじら立てるようなことでもないだろう! こんな田舎者の若僧一人、喜ぼうがキレようが魔国一の大商会には何の関係もないぜ!」
「そんな認識だから、お前は商会長に相応しくないというのだ……! この方がどんなに重要か、周囲の者から聞かなかったのか!?」
「は? 別に?」
これは絶対に言われている。
本人が聞き流したか、聞いてもすぐに忘れたかに違いない。
「だったらここでもう一度言ってやる! このジュニア様は、聖者様のご子息だ!」
「せいじゃ様?」
「そこからか!?」
さすがにウチの父さん知らないなんてある?
「聖者様は聖国を統治される国王にして救世主でもあらせられる御方。この世界に来臨してより数十年! 数々の奇跡を起こし、文明を引き上げ、世界の平和に貢献してきたのだ。ジュニア様は、その聖者様の跡取りとなる御方だぞ!」
「う~ん、えッ?」
これはわかってないリアクション。
「単純に聖国の王としても聖者様は、魔王様と同等の地位にあるのだ。須真理その息子にあらせられるジュニア様は王子。そこまで言えば自分がどれだけマズいことをしたのかわかるな!」
「お……あ……うん……!」
現会長の顔色がドンドン青くなっていく。
さすがに理解が追いついてきたらしい。
「聖者様がひとたびお怒りになれば、魔国といえども一日で滅ぼされてしまうだろう。それを避けるためなら魔王様もいかなる手段でも取るに違いない。たとえば、怒りの原因となったお前の首を差し出すぐらいな」
「えええええええええッッ!? そんなの酷いよ! 勘弁してくれよオヤジ!」
「勘弁してくれと言いたいのはこちらだ」
シャクスさんの心労、察して余りある。
でも、そもそもを言えば周囲の反対を押し切って息子さんを後釜に据えたのはシャクスさんなので自身の因果が回ってきているだけか。
それはそれとして、僕の詳しい解説がお姉さんたちにも伝わって、なんだか動揺が広がってるんですが……。
「あの坊や、そんなにVIPだったの?」
「そりゃパンデモニウム商会が接待するんだから只者じゃないとは思っていたけど……!」
「王族クラスじゃない……いや王族そのもの?」
「彼に気に入られたら、一気に指名ナンバーワンに……!?」
なんだか視線がこっちに集まっている気がする。
「ねえ王子様? こっちで私と一緒にお話ししません?」
「ズルいわよ抜け駆けは! お話しならウチとしましょう? 年齢が近い分話題もも合うと思うわ」
「お話しよりゲームの方が楽しいわよ。魔都の夜街で大流行りのゲームをやってみません?」
「ちょっとさすがにそれは若い子には早いわよー!」
お姉さんたちの視線が、獲物を狙う肉食獣になってる!?
助けてシャクスさん! 今この場で大ピンチなのは多分僕!!
「シャゼスよ……お前が会長に就任してから約一年。その間パンデモニウム商会の業績は見るも無残になっている……!」
「な、なんだよ……? オレはちゃんとやることやって……?」
「だったら今月の売り上げがどうなっているか言えるか?……前年比マイナス七〇パーセントだ」
「ヒッ」
マジかよ。
あまりの不調にお姉さんたちまでドン引きしている。
「お前を後継者に立てたことは、この吾輩の生涯最大のミスかもしれない。ミスとは修正できるならば、するに越したことはない。どんなに遅きに失したとても、やるべきと気づいた時にするのがミスの修正だ」
「オヤジ? 冗談だろ?」
「吾輩は、冗談で結論を下したことは今まで一度としてない。お前も商会長として相応の責任感を持てば、気を引き締めみずからを見直して成長してくれると思っていた。吾輩の見込み違いだったようだ」
シャクスさんも辛いんだろうな。
血を分けた息子さんでそれ相応の期待もしてたんだろうし、そんな期待を裏切って彼はどんな気分なんだろう?
僕としても身につまされるな。
「悪かったオヤジ! これからは心を入れ替えて商会長をやっていくから、クビだけは勘弁してくれ!」
と土下座するシャゼスさん。
しかし形だけの謝罪に意味があるのか?
「もう遅い。言葉だけで許しを請う時間は過ぎ去った。お前が教訓を得るべき場所とするには商会長の地位は重すぎる」
そこはシャクスさんも前会長として冷徹な判断も辞さない……。
「しかし」
……と思ったが。
「お前に最後のチャンスをやろう。ちょうど我々魔都の商人にとって重要な会合が数日後に迫っている。その会合での振る舞い如何によって、お前の今後を推し量るとしよう」
判断だいぶ甘め。
パンデモニウム商会を飛躍的に発展させた名商会長も、苦悩する親であったらしい。
……僕も父さん母さんをあんな風に悩まさないよう、頑張らないと。
 






