1382 ジュニアの冒険:商会の招待
一夜明けてジュニアです。
徹夜か。
密輸の検挙に一晩費やしたのはしょうがないことだが。犯罪者さんは夜活動するものだからな。
とはいえいつも早寝早起きが習慣の僕としてはさすがに堪える。
別れ際、グレイシルバさんから奢ってもらったコーヒーが、これまでで一番身に染みた……。
『コーヒーってこうやって味わうんだ』って思ってしまった。
ノリトの方はコーヒーを流し込むなり『さー、もうひと頑張りするかー』と言って、どこぞへ行ってしまった。
多分また母さんとかレタスレートおばさんに依頼された研究を続けるのだろう。
大丈夫かアイツ?
それこそ体力的に。
一方の僕は、あえて一睡もせずに迎えた朝をそのまま起きて過ごす理由もなく、このまま宿泊施設に戻って泥のように眠りたかった。
眠い、カフェインとて万能ではない。
魔王さんの好意で魔王城の一室を寝泊り場所として使わせてもらっている。
しかし今はその辺の道端にだって倒れ込んで寝息を立てたい気分だ。
しかし人の尊厳は守られねばならないので何とか魔王城まで戻って……。
「……失礼、ジュニア様でいらっしゃいますか?」
そうですが何かッ!?
急に呼び止められて振り向くと、そこには四、五人ほどの集団が立っていた。
何者だ?
相手に心当たりがなくて自然身がまえてしまう。
あんなことがあった直後なのでもしや密輸組織の関係者か? 報復か? そう警戒してしまうのも無理からぬことだ。
そうだったら荒事は不可避だなと、面倒この上ないがそれでも報復は嫌なので抵抗せんとする矢先……。
「突然お声がけするご無礼、お許しください!!」
「不躾なのは百も承知ながら!!」
とガバリと頭を下げてきた。
予想外の丁寧さに僕、呆然。
完璧に面食らってしまった。
「申し遅れました! わたくしどもはパンデモニウム商会からの使いの者です!」
「取るに足らぬ使いっぱでございます!」
さらに礼儀正しい。
謙遜まで使いこなすとは……というか、パンデモニウム商会?
「それはもしや……シャクスさんの?」
「前商会長をご存じでしたか! さすがはジュニア様!」
なんだか不必要な持ち上げを見た。
「ジュニア様、突然のでたいへん申し訳ないのですが、我々の招待を受けてはくださいませんでしょうか!?」
招待?
それはつまり、いらっしゃいませーってことか?
「ジュニア様と言えば、世界の救世主こと聖者様のご子息で、さらには長男。いずれは聖国の統治権を継承し、一国の王になられると伺っております!」
「そんなジュニア様が魔都を訪問されているという情報をキャッチし、ご挨拶に伺わせてもらった次第!」
「あらかじめ通知いただいていたら、歓迎の準備万端整えましたものを!!」
そうは言っても僕としては修行のためのお忍び旅だからな。
みずからを鍛え、困難にみずから飛び込んでいくのが目的なんだから、そんな自分から存在をアピールしたりしないよ。
「さすがジュニア様! 自分から軽率に動かぬのが大物の風格ですな!」
何やっても大袈裟に褒めてくれる。
持ち上げっぷりが凄い。
「しかし我々、商人にもメンツがございます。お得意様が近くまで寄られたというのに知らんぷりでは信用に関わります!」
「『パンデモニウム商会は客を蔑ろにするのか』と!!」
いやそんな。
僕が勝手に接近して素通りしていくだけだから、そう神経質にならずとも。
それにパンデモニウム商会と密接な関りを持っているのは父さんとか、あとはエルロン宗匠やバティさんみたいに直接品物をやり取りしている人たちであって、僕は直接的には関係ないよ?
「いえいえいえいえいえいえ! 何を仰りまするかジュニア様はトップクラスの重要人物ですぞ!」
「将来、聖国をとうちするであろうジュニア様との個人的なパイプを太くするのは商人としては大正解! 必死になるのも当然!!」
そうですか? そうかなあ……?
褒め殺しとわかっていても、ここまで全振りで賞賛されたら悪い気はしない。
「そこで最初の話に戻りますが、我らパンデモニウム商会はジュニア様との誼を通じたく。ジュニア様のために歓迎の一席を設けさせていただきました」
「ジュニア様にはせっかく寄ってくださったのですから最大限のおもてなしをいたしたく」
「どうか我々の顔を立ててはくださいませんかッッ!?」
と頭を下げてくる方々。
土下座とまではいかないが、額が地面に激突するかという勢いだ。
正直眠い。
密輸組織さんとの戦いで一睡もできなかったのは先に話した通り。
だから一刻も早く寝床に戻って爆睡したいというのが、今もっとも思っていることなのだが……。
商会の使いの人といったか?
その人たちがこんなにも必死にお願いしてくると『断ると可哀想』という気持ちが湧いて出てしまう。
そしてついつい言ってしまう僕だった。
「まあ、少しだけなら……!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」「では早速こちらへ!」
彼らは満面の笑みで僕のことを担ぎ上げると、全力疾走で駆けていく!?
うへぇえええッ!?
これはもはや人さらいのムーブでは!?
いくら本人が許可を出したからと言って、ここまで強引なのはどうなのですか!?
目撃者の皆様!
大丈夫ですこれは犯罪行為ではありません!
ただ気持ちが前のめりになって派手な連れ去り方をしているだけで!
だから通報しないでぇえええええええええええッッ!!
* * *
そして、着いた場所はいかにもといった風のレストランだった。
レストランといっても完全個室の席で、内装も豪華。
明らかにそういう用途で使われる超高級店だとわかる。
テーブルにも既に豪華な料理が並んでいて飽食の退廃的雰囲気が漂っている。
「これが接待……!?」
僕も噂には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだ……体験するのも。
厳密にいえば人間国でリテセウスお兄ちゃんが開いてくれた歓迎パーティも広い意味で接待に入るのだろうが、アレは一応公式行事だもんなあ。
こんな個人的に受ける接待はさすがに初めてと言わざるを得ない。
それはそれとして、パンデモニウム商会といえば商会長のシャクスさんにもしばらく会っていなかった。
シャクスさんはかつて、農場の出入りを許された唯一無二の商人で、いわば農場の御用聞きのような役割をしていた。
とはいえ農場は、自分たちの必要なものは自分たちで作れるし、従って金銭を得る必要もない。
なので本当は商業的な取引も必要ないのだけれど、農場の住人たちが『自分たちの作った品物が評価されるか試したい!』とのことであえて取引を敢行したらしい。
これが承認欲求か。
そんなわけで、長年農場を出入りしてきたシャクスさんとは僕も馴染み深い。
こんなに小ちゃい頃からの付き合いだ。
僕が童心赴くままに千手観音像を彫ってた時も、呼んでもないのに寄ってきて、
『素晴らしい! こちら我が商会で預からせていただけませんか! 必ず高値で捌いてみせます!』と熱烈にアプローチしてきた。
今思い出すと懐かしい……あのシャクスさんの、どれだけ鬱陶しがられても心折れずに提案してくる精神的タフさ。
あれをこそ商魂たくましいと言うんだろう。
あれから僕も、農場国の運営の手伝いの方に身が入ってシャクスさんとは疎遠になってしまった。
もう何年も会っていないが、だからこそ久々に旧交を温めたいものよ、と思って接待を承諾したんだが……。
したんだが……。
「おう! アンタがジュニアくんかね! 噂はよく聞いておるよワハッハッハッハ!」
誰?
接待の場に現れたのは、少なくとも僕の記憶にまったくない初対面のオジサンだった。
オジサン? というには少々若いかもしれないが、“お兄さん”と“オジサン”の中間にあたる年頃。
しかし僕としては現れたのがシャクスさんでなかっただけで驚愕に値する。
注文したものとまったく違うものが出てきた時のような驚きと戸惑いと混乱が目白押し。
で、誰?
「あ、あの……シャクスさんは?」
恐る恐る聞いてみる。
僕は……来る場所を間違ったんじゃないか?
しかし問われたオジサンはあっけらかんと答える。
「シャクス?……ああ、アンタまだあのオヤジが商会長やってると思ってるのかね? いかんぞ、田舎者とはいえ時勢に疎くてはなあ」
は?
オヤジ?
「シャクスならとっくに商会長を引退したよ。そして今の商会長こそが、このオレ、前商会長の息子で新進気鋭のエリート商会長シャゼスというわけだ。今後ともよろしく。ワッハッハ!」
と高らかに笑う新会長。
なんか一気に不安になってきた。






