1380 ジュニアの冒険:裏稼業
そこは、埠頭。
海から運ばれてくる交易品を地上に下ろし、一時的に保管したり各地へと発送するための場所。
そのため海に面したこの区画には、いくつもの倉庫が立ち並び独特の様相を呈していた。
寄せては返す波の音。
それから船の汽笛のポッポーとかいう音が澄み渡る。
「なんでこんなところに……?」
「オレたち呼ばれてんだよ」
ノリトと一緒に不審がる僕だった。
しかも夜。
何故よりにもよってこんな時間帯なんだ?
暗いんですけれど?
「あっれー? 兄貴、暗いの苦手ー? もしかして怖いのー?」
なんだとぅッ!?
暗闇が怖いなんてそんなの子どもだろ!
僕が小さい子どもに見えるか!?
「だよなー、オレぐらいの大人になると逆に闇の中が落ち着くものだぜ。この眼は闇がよく見える……!」
それはそれで子どもっぽいんだが……。
いや子どもと言えるほどでも幼くもなく、かといって大人にもなりきれない。そんなお年頃が言い出しそうな文言だ。
「兄弟同士でじゃれ合ってないで、気配を消しな」
先を進んでいるグレイシルバさんが言った。
気配を消すって、どうやって?
「落ち着いて見えてもやっぱり兄弟だな。そんな愚にもつかないじゃれ合いなんて年の近い男兄弟しかやらないぜ」
ぐぬぬ……!
それよりもグレイシルバさん。
こんな磯臭い場所に連れてこられて一体何用なんですか!?
さっきから全然訳がわかりませんよ!?
「言っただろう、オレの副業さ。お前たちにしてほしいのは、その手伝いだ」
だから副業って!?
表の顔は喫茶店のマスター、しかして裏の顔は……?
「ここ魔埠頭は、魔都からもっとも近い港であり、世界中と魔都とを繋げる一大物流拠点だ。魔都から発送されるもの、世界各地からの輸入品がすべて一旦この場を通っていく」
重要な場所なんだろうな。
「それだけにこの場で取り扱われる物品の数は膨大だ。膨大過ぎて誰もすべてを完璧に把握できない。だからこそよからぬヤツらが潜り込む隠れ蓑となっている……」
と言いつつズンズン進んでいくグレイシルバさん。
歩調は速いのに、足音とかその辺がまったくないのが驚きだ。
周囲は倉庫が立ち並び、物々しい雰囲気。
数えきれないほど乱立した倉庫ではあるが、その一つ一つに人々の必要とするものが詰まっているんだろう。
それらを世界中へと送り込む。
ここはまさに物流の心臓なんだ。
「……ここだな」
グレイシルバさんが止まった。
何?
ここは……倉庫の前。
他の倉庫と何の違いもない一棟だが、何か特別なの?
「情報によれば、ここで取引が行われているらしい。無論、表に出れば取り締まりの対象になることは確実な違法取引だ」
なな、なんですってー?
驚いている間に、どこからか人が現れた。
灯かりを手に持っていて……倉庫街の見回り番か?
見つかったらマズいか? と思った矢先……!
「グレイシルバさん、こっちです」
「おう、お疲れ」
違う、協力者だ!
グレイシルバさんは単独ではなく連携をして、何事かを進めている!?
「こちらの明り取りから中の様子を覗けます。確認してください」
「オレより先に、コイツらに見せてやってくれ」
と僕とノリトを差し示す。
協力者さんは若干戸惑いの様子で……。
「あの……彼らは?」
「社会見学ってところだな」
いまだに何が行われているのかわからないまま、僕らは言われるがままに窓から倉庫の中を覗く。
すると倉庫内にはやたらと人数が詰まっていて物々しかった。
一、二、三……五十人はいるぞ?
こんな真夜中に、しかも人気のない建物の中で?
一体どういう会合なんだ?
「おい、あの真ん中にあるヤツ……!?」
一緒に窓から覗くノリトが何かに気づいたようだ。
僕も慌てて彼の視線を追う。
たしかに、あの室内の集団の中心には、何かしら多くの物品が転がっていた。
あまりに多種多様に並んでいるので最初はパーティのご馳走かと思った。
しかし違った。
あれはあれで見覚えのあるものだ。
アレは……。
……モンスターの素材?
ダンジョンに出てくるモンスターを討伐して、その体の一部を剥ぎ取ったもの。
角や毛皮、鱗に鉤爪、剛殻、結石など……。
「違法素材だな……」
と真後ろからグレイシルバさんに言われた。
違法素材?
「モンスター素材の中には、様々な理由から流通が制限されているものもある。希少だったり危険だったり、扱いが難しいものだったりな。素材の中にはちゃんとした保存をしないと爆発するものまであるからな。そんなものを大都市に持ち込まれたらどんな被害が起こるか……」
想像するだに恐ろしい。
だからこそ法が、危険な物質を厳しく取り締まっているわけか。
「法で禁止されたものほど、法を蔑ろにする者にとっては美味しい稼ぎ口になる。希少価値が出るからな。あそこに並んでいる角とか爪、アレ一つだけでお屋敷が建つぐらいの値段になるだろうな。魔都の一等地で」
そんなに!?
いや僕は不動産の相場には詳しくないけれど、それでも凄まじい大金だということはなんとなく察せられた。
農場でも、先生やヴィールのダンジョンで獲れたモンスター素材をパンデモニウム商会経由で売ってウハウハだったけど、アレは大丈夫ってことかな?
やっぱりパンデモニウム商会が合法な範囲で危険物を取り除いたり、相場が混乱しないように供給を制限したりしていたのか。
あの商会けっこう胡散臭いと思ってたんだが案外コンプライアンスだったんだな。
「法令順守してなきゃ表で商売はできねえさ。だが世の中にはそうでない者もいる。ルールを破れば先に行けるとわかりきっているなら、ルールを破るのにためらいのないヤツもいるってことさ」
じゃあ、あそこに屯っているのは……。
「魔都を根城にしている違法組織と、その取引相手と言ったところかな」
違法組織!?
本当にあったんだ! 今度はノリトのとこみたいななんちゃって悪の組織じゃなくて!?
「誰が悪の組織だ!? オレと仲間との絆を!」
「大声を出すなッ!!」
グレイシルバさんアナタも相当なビッグシャウトですよ。
当然その声は、倉庫内の悪い人たちにも聞こえたようだ。異変を察知してザワザワと騒ぎ出す。
「……気づかれたか、だが現状はしっかり押さえて有罪は確定だ。突入し、速やかにホシと証拠を確保しろ!!」
その号令と同時に、倉庫の扉と窓すべてが破られて、中へと人員が雪崩れ込む。
こんなにいたの!?
静謐な夜の倉庫街にしては意外過ぎるほどの人数がいた、百人は越える。
これで屯するギャングたちを一網打尽にしようというわけかッ!?
「よし聖者兄弟! お前たちの出番だぞチャキッと働け!!」
聖者兄弟!?
それって僕らのことか!?
「このタイミングで出番ってことは……!?」
「もちろん戦力としてアテにしてるんだよ!? お前らが強いってことはよく聞いているから、獅子奮迅の活躍を期待しているぞ!」
「そういうことなら任しておけ! 兄貴以上に首を取って優秀さを見せつけてやるぜー!!」
「殺しはダメだぞー」
意外とノリトはやる気?
なんで?
しかし、競うというならなんであろうと兄が弟に負けるわけにはいかん!
僕こそがたくさん犯人を検挙するんだ!
現場突入! 道を空けろ!
農場だ! 農場じゃコラ開けんかい!!