1368 ジュニアの冒険:同窓会
三日後。
僕たちはマモルさんに誘われるまま、魔王城のとある一角にいた。
僕ら……というのはまず僕自身と、自身の後任を見極めるべき当事者であるルキフ・フォカレさんだ。
ゴティア魔王子はどうしても外せない用事で欠席とのこと。
あの人だって忙しい立場だわな。
というわけで今日はどんな人材と引き合わせてくれますんや?
「ようこそ、今日は期待値たっぷりの未来ある若者たちをご紹介させていただきます!」
マモルさんが出てきた。
この人も大概ノリがいいな。
「うむマモル卿、貴殿の目利きを確かめさせてもらおう」
ルキフ・フォカレさんも何やら独特のノリに感化されている。
「貴殿の紹介した人材に、未来の宰相たりえる資質の持ち主がいなかった場合は、マモル卿が宰相になってくれるということで」
「そういう話でしたっけ!?」
これには奇妙なノリも弾けて素になる。
「不都合か? 自身の選りすぐった者どもに自信がないと?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!?」
乗るなマモルさん! 言質を取られようとしているぞ!
「まあ、どちらにしろ兼任はやっぱり無理ですから」
「ぐぬぅ!?」
マモルさん、挑発に乗らないところはさすがだった。
「それより私から紹介します。彼らこそが魔国の次代を担う人材たちです!」
と呼ばわると、即座に現れる魔族たち。
年齢的には若者とも言えず、かといって年配とも言えない。三十歳前後のまさしく働き盛りというべき年代の人々だった。
しかしその人たち……。僕には何やら見覚えがあるような……?
……?
…………あッ!?
アナタたちは!?
シリンギさん、ヤドゥルザークさん!
ラーティルさん、ロクホンギさん、サザさん、スタークさん、テクトンさん、ゼックストさん!
他大勢!
「よ、ジュニアくん久しぶりぃー」
「大きくなったねえ」
その親戚のような口ぶり!!
彼らの老けた顔つきに何とも言えない懐かしさが
「……ジュニア殿は彼らと面識が?」
僕の反応を訝しむルキフ・フォカレさんだが、そうです。
僕は彼らを知っている。
幼い頃からの付き合いがある。
彼らは、かつて農場で学び、ノーライフキングの先生などから多くのことを学んだ農場学生ではないか!
「オレたちの頃は農場留学生って呼ばれてたなあ」
「懐かしき青春の日々……」
僕も一気に懐かしくなってきた。
あの頃僕は二歳とか三歳とかのはずで、記憶が残っているか怪しい時期だがそれでも覚えているのは強く印象に残ったからだろう。
あの当時、僕の周囲にはいい大人ばっかりいたから彼らのような少年少女は珍しかった。
「オレたちも印象に残ってるよー」
「子どもに捻じ伏せられた経験は、なかなか……」
あれ、そんなことありましたっけ?
あの頃、まだ十代で年若い農場留学生のお兄さんお姉さんたちにはよく遊んでもらった記憶がある。
幼き日の楽しい思い出だった。
当時僕は、お兄さん姉さんたちがなんで農場にいるのかよくわかっていなかった。
しかし今になって知るところでは農場にて先進的な技術や知識を学び、自分たちの所属する勢力に寄与するためだったという。
魔族だけでなく人族や、人魚族も学びにきて。
修学の場というだけでなく、様々な種族の交流の場にもなっていた。
賑やかでフレッシュだったなあ。
「むう……農場で学んだ者たちか……!?」
ルキフ・フォカレさんの目の色が変わった。
概要に見るべきものを感じたのか。
「農場といえばあのノーライフキング殿を始め、様々な貴重なる知識を授けてくれる者たちで溢れておる。そこで学んできたとなれば相応の期待を持てるという……」
そうだぞ、僕の農場で学んできたお兄さんお姉さんは凄いんだい!
……昔の日々を思い出して幼児退行してしまった。
たしか当時の農場留学生たちは、農場での一切の修学過程を終え、学んだことを活かそうとそれぞれの故国へ帰っていった。
そこで充分に学んだことを発揮しているはずだ。
代表例としては、あのリテセウスお兄さん。
今や人間大統領に上り詰め、新人間国を先頭に立って引っ張る立派な国家元首。
今度こそ今期をもって引退してやると息巻いていたが……。
リテセウスお兄さんの名は、もはや世界中に広がり知らぬ者などいないほど。
それに対して目の前の魔族農場卒業生は、何をされているんです?
あの人は今!!
「何って……、魔国の公務員として頑張っているが?」
「それこそ軍部だったり、政務だったり……。オレら年齢的にもまだまだ下っ端だからな」
「オレもこないだやっと局長に上がったよ」
「マジで!? 言えよーお祝いしなきゃ」
各自も、いろんな分野に散って頑張っていたのか旧交を温める感が熱い。
ええー、でも。
リテセウスお兄さんが人間大統領まで上り詰めて位人臣を極めたというのに。
「いやいやジュニアくん。これが通常の出世スピードだよ。でも三十そこらで局長クラスは充分驚異的な出世スピードだって」
そうなんですかッ!?
「政務の方はまだまだ年功序列が強いからねえ。どんなに実力があろうとも若ければ一定以上にはいけない。人間国のように一旦崩壊してゼロから始め直すのならともかく、魔国の政務部みたいに先人がギッチギチに詰まっているような場所じゃ。……ねえ?」
マモルさんは気まずそうに目を逸らした。
一方でルキフ・フォカレさんはワナワナと震えていた。
中々後進に座を譲らない筆頭があの人だからか。
「いやあ、でもゆっくり進むにもそれなりのメリットもあるし……なあ?」
「そうそう、各職場の意識改革とかね。さすがにこういうのは頂点に立ってから頭ごなしにやるんじゃ思うようには進まないし」
「自分の手で、自分の言葉でやって。人と直に接することで得られる手応えがあるよねー」
「成果っていうのはそうやって一つ一つ着実に積み上げていかないと」
「それが先生の教えでもある」
彼らはそうして地味で目立たぬが確実に必要な働きを積み重ねていた。
農場で学んだことは、こうして活かされているのか……。
「彼らが下積みを重ねて、より高いポストに就くのはあと十年はかかることだろう。その頃には魔国政務部の体質もよりクリーンになってくれればいいんだが」
「少なくとも職員クラスの不正は我々が見つけ次第潰しますので!」
「実際潰していますんで!」
今の魔国の大臣級の人たちは年齢五十~七十くらい。
戦争中……下手をしたら放漫財政で知られる先代魔王の時代を生きた人たちで、まだまだ旧態の名残をだ。
無論、そういう人たち全員が悪いというわけではなく、ルキフ・フォカレさんのように『魔国を潰してなるものか』と頑張ってきた人たちもいる。
……いや、ルキフ・フォカレさんがそうして頑張ってきたからこそ、多少の不正では揺るがない強い体制ができてなおさら不正が横行したのか?
「……私の目もまだまだ節穴だな。目の届く範囲にばかりしか気づかずに、このように若い芽が頼りがいのあることを知らずにいたとは……」
若いと言いましても……。
ここにいる人たちもう三十台ですよ。
「はははジュニアくん、仕事の世界で三十はまだ若僧の区分だよ」
マモルさんが笑いながら言った。
その表情に若干のくたびれを感じる。
でも、僕自身もよい確認ができた。
ノーライフキングの先生がハッスルして立ち上げた農場学校。
その卒業生たちが世に出てどんなふうに世界をよくしているか。しかし社会というのはそう簡単に激しく変化したりはしない。
十年二十年たやすくかかってしまうものだ。
ノーライフキングの先生とかからすれば十年二十年もあっという間の変化なんだろうけれど。
「リテセウスお兄さんぐらい激烈な変化はなかなかないんだろうなあ」
「アイツは例外中の例外だよ」
そのリテセウスお兄さんも、旧態からいる部下たちに大変手を焼いていたようだが……。
何事もすぐによくはならないものだなあ。
「いかがでしょう宰相閣下? 彼らはまだ若輩ながら魔国の未来を担うに相応しい者たちです」
「うむ……」
「今はまだ無理でしょうが、あと十年もすれば充分宰相の任を背負うに足る人材に育ちましょう」
「そうか……そうだな……」
ルキフ・フォカレさんの表情に喜色が宿る。
「つまり私は……あと十年は仕事を続けられるということだな!!」
「え?」
「よし燃えてきたぞ!! 目指せ生涯現役! 私が死ぬまでに千年安泰の魔国の基礎を作り上げる!!」
結局まだ宰相を続けられることに意気揚々だった。
あと十年経ったら、あの人九十歳じゃないですか……。
根本的な問題は、ルキフ・フォカレさんが僕らの想像を絶するワーカホリック(仕事中毒者)ということだろう。
「ああはなるまい……!?」
傍で見てマモルさんが戦慄と共に呟いた。
なまじ同類なだけに未来の自分を見て恐ろしいことなのだろう。
そうだな、魔国の未来のためにも彼の意識を改めなくてはと思った。
ここは、先生から授かった知恵を実行するしかないか。