1366 ジュニアの冒険:魔国に人なし
引退より先に、後継者問題。
次の魔国宰相を決めなければ引退できませんってことで。
上手いこといなされたというか、それとも『後釜さえ決まれば引退します』と言質を取ったという成果と捉えるべきか。
「では宰相! 早速次の宰相となる有望株を見出しましょうぞ!!」
「え?」
そこに目をキラキラ輝かせるゴティア魔王子が飛び込んでくる。
事故確なぐらい凄まじい勢いで突っ込んでくる、それがゴティア魔王子の秘められた個性であることが段々わかってきた。
「決まっただけでは何も始まらない! 次なる宰相となるべき者は、やはり溢れた才能を持っていなければ! そういうヤツは探さなければ見つからないぞ!」
「それは、そうですが……!?」
「ならば今から行動あるのみ! ルキフ・フォカレ卿、共に見込みある才人を見つけ出しましょうぞ!」
「いや、私はまだ政務中……!」
「どうせ後々の仕事を先取りでやっているのはわかっている! ならば一、二時間ぐらい空いてもよかろう! さあ行くぞ!」
とルキフ・フォカレさんの手を取って駆け出していくゴティア魔王子だった。
……あの明るい押しの強さは指導者の資質と言っていいのだろうか。
四〇〇パーセントぐらい善意なんだよな。
* * *
そうして、ゴティア魔王子とルキフ・フォカレさん、そしてついでに僕が混じって次世代宰相候補探しが行われることになった。
「いやぁ我も将来の腹心を今から見繕っておけと父上に言われたばかりでな。お互いに目標が重なったと思わぬか!?」
「はあ……!?」
案外流されやすい性分のルキフ・フォカレさん。
だからこそ、そのお歳まで魔国宰相として苦労をしてきたのだろう。でも仕事辞める流れには頑として抗っていたが。
「先日も、将来我と一緒に魔国を支えてくれる者たちを探していた! 魔王城内を駆け回ったぞ!」
「『ゴティア殿下が妃候補を漁っている』とかいう噂を聞きましたが、それだったのですか?」
そんな噂が流れていたのか?
腹心探しを妃探しと間違えられるほど魔王城は男女雇用機会が均等ということか。
「その時は我が腹心ゆえに同年代にしか当たらなかったが、ルキフ・フォカレ殿の後任ならもっと上の世代が目標だな。我としても魔国の期待すべき人材を見直すいい機会だ!」
「ううむ……仕方ありませんな」
ルキフ・フォカレさん渋々ながら乗ってきた。
また人材系の話か、大丈夫かな?
この前みたいにどこかの組織のスパイがポッと出たりしない?
「大丈夫だろう。……ウェーゴ以外にそのような怪しい組織は聞かないし。そんな潜在的な危険が二つも三つもあってはたまらん」
ですよね。
僕もできる限り平和な方がいいです。
「そういう危険がないかチェックするという意味でも有意義かもしれませんな」
ルキフ・フォカレさん滅多なこと言わないで。
「では行こう! 待っているがいい、未来の魔国宰相よ!!」
そう言って考えるより先に駆け出すゴティア魔王子。
「ぬお、待ってください殿下! さすがにこの歳で全力疾走についていくのは……!」
如実な年齢による格差が生まれていた。
そのままにもしておけないので、僕がルキフ・フォカレさんを背負って走ることになった。
「すまんな、手間をかける……!」
いえいえ。
お年寄りは大切にしてあげなさいと親からも言われておりますんで。
先行するゴティア魔王子は城内の、とあるドアを蹴破る勢いで開けた。
「頼もう! 次の宰相はここにいるか!?」
「ご、ゴティア殿下!?」
そこには会議室のようで、しかも使用中。
いかにも偉そうな年配の魔族たちが二人、卓を挟んで話していた。
これ完全にお仕事の邪魔をしてない?
「す、すみません!! 今すぐ出ていきますので!」
もはや魔王子、ご乱心のレベル。
先日に続いて城内でここまで狼藉を重ねていたら、そもそもこの人の王位継承自体が危うくならんの?
「おう……、これは財務大臣。それとこちらの者は……?」
僕の背から降りてルキフ・フォカレさん、室内を見回す。
そして、室内にいた年配魔族を交互に見比べる。
「……もう一人は先年、不正が発覚して左遷となった者だな。まだ魔都に戻ってきてはならぬ期間のはずだが?」
「の……ッ!?」
ルキフ・フォカレさん、顔を一目見ただけですぐそこまで記憶を辿れるとは。
これが名宰相と言われる人の記憶力と直感力。
「そして……このテーブルの上にあるものはなんだ?」
僕やゴティア魔王子の注目も集まる。
テーブルの上にあるのは、何やら綺麗な箱。
装丁がしっかりしていて、何らかの贈り物だということがわかる。
まあ、こういう場なのだから面談に即しての手土産ということが容易に想像できるが。
……だからこそ、異様に怪しく感じる。
「とうッ!」
誰より早く動いたのはゴティア魔王子だった。
元々室内にいた年配魔族二人よりも素早く、テーブルの上の菓子箱を掴み取る。
「ああッ、殿下ご無体なッ!?」
「何が入っているのだ……バームクーヘンか」
これまた手土産の定番。
最近は魔国でバームクーヘンも入手できるのか。父さんが『面倒臭い! もう作らない!』と悲鳴を上げたぐらいの製作面倒お菓子だが、それだけなら何の問題もないな。
「……殿下、箱をよく調べてくださいませ」
「わかった。……おお!? さらに蓋が!?」
お菓子の箱は二重底になっていて、その下からは金貨がジャラジャラと……!
や、山吹色のお菓子だぁ……!?
「あわわわわわわわッ!? あのその……ッ!?」
「財務大臣。貴殿が賄賂を受け取っているという噂は本当だったのか。大方、見返りに期限より早く魔都へ戻れるよう便宜を図る、ということか」
立派な不正じゃないですか。
「何ッ!? 立派な不正ではないか!?」
ゴティア魔王子も驚きだ。
「まさか城内で密談しているとは大胆なものよ。無論見つかったからにはお咎めなしと行かぬ。衛兵、衛兵出あえ!!」
ルキフ・フォカレさんの号令にすぐさま駆けつける鎧の人たち。
兵士さんだとすぐさまわかった。
不正を働いた二人は拘束されて、抵抗も許されず連れ出されていった。
きっと明るい未来は待っていまい。
「……新しい宰相を見つけるつもりで不正を見つけ出してしまうとは……!」
「ここ十数年、不正の撲滅には随分力を割いたつもりなのですが、まだまだ根は取りつくせていませんな」
ルキフ・フォカレさんが恥じ入るように言った。
たしかに自分の牛耳る組織で腐敗が起こっていたら悔恨だろう。
それを元気づけたいのか、ゴティア魔王子が明るい声を出す。
「気を落とすな、後任探しは始まったばかりではないか!」
「それとは別問題が発生なのですが!?」
ゴティア魔王子は、またしても城内を駆け、さらに無作為にどこぞのドアを蹴破った。
「むッ、取り込み中だったか、これは失礼!」
慌てて退室しようするゴティア魔王子と入れ違うように中を覗くルキフ・フォカレさん。
「……法務大臣、貴殿は結婚十七年目と記憶しているが?」
「は、ハイ……!?」
「そちらの若い女性は、明らかに奥方ではないな?」
「はいぃ……!?」
不適切な行為!?
不適切な行為だ!
またしても衛兵が出動し、偉い人は不倫相手共々ひっ捕らえられていった。
「まだまだ行くぞ!」
お待ちくださいゴティア魔王子!
少しでいいから息を整えさせてください、色んな意味で心拍が乱れる!
そして突入した次の部屋では……。
「バアル様、ラヴィリアン、ここで何をしておられる?」
「おッ、ルキフ・フォカレではないか」
「魔王城内に秘密基地を作るなぁあああああああッッ!! 部外者あああああああああああああああああッッ!!」
アレが噂に聞く先代魔王のバアルさんらしい。
次の宰相候補は見つからないが、その日だけで多くの不正を摘発し、意図せぬところでゴティア魔王子の評価が上がった。