1365 ジュニアの冒険:ジュニアvs名宰相
さあ、僕とルキフ・フォカレさんとのディスカッション開始だ。
「人は年を取れば衰えるもの、時間の流れには逆らえません、誰であろうとも」
「そうだな、私もまた例外ではないということだ」
相槌を打つ間も書類処理の手が止まらないルキフ・フォカレさん。
「そして老い衰えた結果、職務に耐えられなくなった際に取る選択肢が引退です。その選択肢はアナタにもあってしかるべきでは?」
「私が歳を取って、宰相の務めを果たせなくなったと?」
いえいえいえいえいえいえいえいえッッ!?
そんなことはまったく!?
事実こうして話し合っている間もガンガン書類を処理している。
ここまで迅速に仕事できる人は、バリバリの現役であってもそうそういない。
「ですが、未来はどうかわかりません。どちらにしろ人が永遠に生き続けることは不可能だし。嫌でも宰相の座を退かねばならない日はきます」
「うむ……それはな……」
ルキフ・フォカレさん、ここに来てやっと表情を変えて……。
「さすがに私も死には逆らえない。死すればこの仕事も続けることは不可能か……悩ましい」
そこまで仕事に執着する彼のメンタルはいかなるものか。
「いや、待て……そうか、ノーライフキングとなれば?」
いやいやいやいや……。
そこで禁断の選択肢に真っ先にたどり着かないでくださいな。
「ノーライフキングは不死者の王。しかも他のアンデッドと違い生前の記憶と思考能力をそのまま保持し、寿命という制限を取り払うことができる。過去、幾人もの魔術師がノーライフキングとなることで永遠に研究し続けることを叶えたというが……」
「あ、あの?」
「それは私の望みにも合致することだ、死なずに永遠に職務を続けられる……。一月ほど休暇を貰って……? たしかダンジョンの瘴気を吸ってなるのだったな、手ごろなダンジョンは……!?」
具体的な計画を立てないで。
ヤバいこの人、目的を遂げるために多少の倫理観はブッちぎる。
だからこそ近世まれに見る名宰相になりえたのか。
そこは感心するところじゃない。
「落ち着いて聞いてください! そのノーライフキング当人が言ってましたよ!」
僕たちには得難いノーライフキングの知人、先生がおられる。
先生は、人好きで進んで教育に携わる人だが、それでも人間社会に密接に関わることは避けている。
ウチの父さんとはマヴのフレンドではあるが、それでも父さんの治める農場国で特定の役職を持っていたりはしない。
一定の距離は取っている。
「先生は言いました、命なきモノが命ある者の運命を左右してはならないと」
ノーライフキングは強大な存在であるだけに無闇やたらに動いたら多くの人の運命を著しく激変させてしまう。
人が歩むべきあるべき道を歪めてしまうだけの影響力を、世界二大災厄とまで言われて恐れられるノーライフキングは持っているのだと。
「だから不死の王は、その力を慎重に使わなければならない、と仰っていました」
その割には農場学校など開いて若者に様々教えている先生だが、それでも人との関わり方には最大限気を配っているのだろうと思う。
人が健全に自分たちのあるべき未来に進むために。
その割にはホント気軽に人里に遊びに行ったりもするのだが。
気を使ってはいるんだろう、あの人なりに。
「ううむ、……あの御方がそんなことを……!?」
ルキフ・フォカレさんは神妙な面持ちをしていた。
この人も先生と面識があるのか、あってもおかしくない。
「たしかに永遠不滅の存在が、人を支配する立場に居続けるのは具合が悪いか。世の中上手くは進まぬものよ」
アナタが引退すればいいという一点なのですが。
しかし説得のとっかかりは見えたような気がする。
「人は永遠に生きることはできない、だから永遠に仕事をし続けることもできない。そのために後進に託していくのではないでしょうか?」
「そうです! 我も父上のあとを継げるように日々精進しています!!」
ゴティア魔王子が鼻息荒く言った。
「そうだな……たしかに魔族の頂点である魔王ですら代替わりを強いられるのだ。宰相ごときが永遠にその場に居座ろうなどと不敬の極みよ……」
よかった。
引退する方向で納得いってくれたようだ。
説得成功!
さすが僕!
「しかし、そう簡単にこの場を退くわけにはいかぬ」
クエスト未達!
やっぱりまだダメだった!
「ルキフ・フォカレ卿、それは一体、どういう……!?」
ゴティア魔王子も不審げに成り行きを見守る。
「たとえ永遠に勤めることはできずとも、自分が去ったあとのことまで案じるのが政治家というもの。宰相という高い地位を与た者ならばなおさら」
はあ、それはそうでしょうが……!?
「私も引退するからにはそのあとのことを……最低でも次の宰相を誰にするかまではしっかり考えておかねばならぬ。私がなきあとに政務が滞り国が乱れるなどとなったら不手際に極み」
「は、ははは……!」
考えすぎ大袈裟とも言えないのがルキフ・フォカレさんの大きさだ。
名宰相である彼が抜けた穴を想像するだけでも身が震える。
「……今、ざっと記憶を洗ってみたのだが、私に代わって魔国宰相を務められそうな者が思い浮かばない」
「そ、それは難儀ですな……!?」
それもやむなし。
ルキフ・フォカレさんはあまりにも優秀な人で、それが半世紀以上も活躍してきたんだ。
存在はあまりにも大きい。
ルキフ・フォカレさんに相当するどころか、その半分の能力を持った人ですらなかなかいないのに、代わりなんかそう簡単に見つけることもできない。
その上、あまりにも長い間内政の頂点にあり続けたルキフ・フォカレさんは、その存在が自然なものになりすぎている。
あって当たり前のものがなくなる時こそ最大限の混乱が生まれるものだ。
しかもその喪失が、ルキフ・フォカレさんほど大きなものとなればなおさら。
下手すりゃ国が滅ぶかもしれない。
だからこそ魔国の宰相交代はできるだけ早めにやらないと。最悪、今の魔王さんからゴティア魔王子の代替わりタイミングに重なったらマジで国が滅びそう。
ゴティア魔王子がどれだけ名君の素質に恵まれていたとしてもだ。
しかし肝心の後釜がいない。
僕もちっと記憶をさらってみたが、何もヒットするところがなかった。
魔国、人材不足?
そんなバカなと思った。
ここまで安定して、国政もよく回っているのに人なしとはあり得るだろうか?
それもルキフ・フォカレさんがいるゆえよなあ。
この人が数百人分働くので人材不足でも少しも問題にならなかった。
さらに言えば試練不足で人が育たない土壌にもなっているんだと思う。
ルキフ・フォカレさんの後継者候補をピックアップしようとしても、パッと思い浮かばなかったように。
この問題はできるだけ早急に解決しないといけない。
「ふふふ……、若僧との議論で何か変わるかと思いきや、このような問題が浮かび上がるとはな」
ルキフ・フォカレさんが呟いた。
ほぼ独り言。
「いや、本当はわかっていた問題か。目を背けていただけだ、ただ私が少しでも長く仕えたいがために……」
はい。
「それに比べれば軍部は上手くやっている。ベルフェガミリアが去ったあともマモル卿がしっかりと魔王軍を指揮している。よく人が育っている」
まあ、マモルさんは苦労人だからなー。
ベルフェガミリアさんが魔王軍にいた時からサボりまくりの同氏に代わって指揮をとっていた。
だから魔軍司令を交代したところで全然混乱は起きなかった。
だって実質的にほぼ変わりないのだから。
過去も現在も、ただマモルさんが苦労しているだけの話。
「ベルフェガミリアは意外と人を育てる才があったのかもしれん。現在の魔王軍の状況を見ているとつくづくそう思う」
「まさか!? ベルフェガミリア卿はそのためにわざと怠けていたと!?」
「それはない」
それはない。
ベルフェガミリアさんが怠けていたのは正真正銘、自分が怠けたかったからに他ならない。
「私もヤツを見習って少しは人任せにするべきであったかな。少しはな」
ほんの少し……極めて微小になりそうな気がしてならない。
「私が引退するにしても後継を育てないことにはどうにもならない。宰相の座を去るかどうかは、そちらを解決してからということでよろしいか?」
「致し方ありませんね。ではその件も含めて父上に相談を……」
あッ。
ここで僕気づいた。
ルキフ・フォカレさん、上手く後継者問題を押し出すことによって自分の引退を先送りにした?
話を上手く手繰りながらそっちへ誘導するなんて。
さすが名宰相。
油断ならない人だ。







