1364 ジュニアの冒険:老兵はただでは去らない
「ルキフ・フォカレ様と言えば時代を代表する名宰相!」
「あの人がいなければ魔国は潰れていたとさえ言われる!」
「実際一緒に仕事してみると、あの人の凄さが身に染みてわかるんだよなー」
「一人で十人分の仕事をこなしている。同じ人間なのか? と思う」
「そのくせ部下にもよく気を懸けてくれるんだよなー」
「普通あそこまで実績を上げているなら気ままに振る舞ってもよろしいだろうに……!」
以上は聞き込みの内容だ。
誰のかって?
それはもちろん今もって現役の魔国宰相ルキフ・フォカレさんの、だ。
何度言ってもよい、歴史上においてもトップクラスの名宰相ルキフ・フォカレさんは内政面から魔国を支える重要人物。
それも何十年も前から。
ぶっちゃけ僕らが生まれる前からそうだったというのだから、もはや想像を絶する。
しかしながら、たとえ怪物級の偉人であろうと時の流れには逆らえないわけで。
時過ぎれば老い、衰え、やがて退く時が来る。
ルキフ・フォカレさんにもその時が迫ってきている。
何しろ八十歳を超えて、歴代三人もの魔王に使えてきた御方なんだから。
表舞台から身を引く刻限も迫ってきているということだった。
それでも随分長く戦ってきた人だと思う。
世の中には僅か三十歳で引退しようとする人もおるというのに。
でも、そんなに充分よく戦ったとしてもまだ戦い続けようとしているのがルキフ・フォカレさんで。
魔王さんからの引退勧告もはねのけたとか。
そんなルキフ・フォカレさんを説得しようというのが、今回の僕らの役目ということで……。
「敵は手強いぞ」
と同じ使命を帯びたゴティア魔王子が言った。
いやむしろ彼こそが使命の主体で、僕はただの同伴者に過ぎないのだけれど。
「何しろ父上がけんもほろろに言い負かされたらしいからな。さすがは数十年と魔国宰相の座につく者。弁舌も屈強ということだ」
はあ……。
老境に至ってなお知性も舌鋒も衰えなし……か。
いや事前確認するだけでも気が重いんですけど。
僕らこれから、その魔王さんですら論破しちゃう人と言い争いしにいくんでしょう?
そのためにもこうして聞き込みをしているというのに『絶対勝てません』という余所しか伝わってこないでモチベが削られるんですが。
「弱気になるなジュニア殿! ベルフェガミリア卿にだって立ち向かっていった我々ではないか!」
ベルフェガミリアさんの時も終始崖っぷちでしたがね。
かつての四天王最強、そして依然として人類最強のベルフェガミリアさんに挑んでただ翻弄されるばかりの記憶がよみがえった。
ノリトのところでも、そのお友だちに連戦連勝したけれどいまいち勝った気になれなかったんだよなあ。
……なんだか勝った覚えの少ない旅路だ。
その上、畑が違うとはいえベルフェガミリアさん同様、魔国の頂点と讃えられたルキフ・フォカレさんにも立ち向かわねばいけないなんて。
僕、前世で何か悪いことでもしたのかな?
「それに今回はただ論争しに行くのではない。ルキフ・フォカレ卿に話を聞き、引退を受け入れてもらう糸口を探るのだ。別に論破などしなくてよい!」
そう考えれば幾分気が楽か。
……そうだよな。
いつもいつも責任のすべてを負わされているが、僕らこれでもまだ子どもなんで。
責任は大人が負ってくれ!
というわけでこれからもっとも年配で、もっとも責任負ってきた大人を訪ねにいきます。
ルキフ・フォカレさん説得編開始だ。
* * *
そしてルキフ・フォカレさん当人の下へやってきた僕ら。
彼は執務室にいた。
今この時も仕事していた。
たしかに見た目、髪も髭も真っ白で顔中の皺は深く、老境の雰囲気は漂うが、それ以上に眼光は爛々とし、風格もただよっていて全然ロートルという感じではない。
ゴティア魔王子が緊張気味に言う。
「……ルキフ・フォカレ卿、話があるのだが? よろしいだろうか?」
「…………」
言われてルキフ・フォカレさん、視線だけでこちらの方を向く。
書類を捌く手は止まらない上に、凄まじく機敏だ。
「職務をこなしながらでよければ。魔王子殿下を前に大変失礼ながら」
「いえ、かまいません!!」
……ねえ、ルキフ・フォカレさんなんか不機嫌そうじゃない?
態度、言動の端々からトゲを感じるのですが?
「用件は予想できております。……お父上から差し向けられてきましたな」
「うぐぅッ!?」
息詰まるゴティア魔王子。
図星を突き方が率直かつエグすぎる。
「自分ではダメだったからと息子を利用するとは……。搦め手にしても情けないですな。ゼダン様はもっと正々堂々たる魔王と思っていましたが」
「待て待て待て、待ってくれルキフ・フォカレ卿! 父上もアナタのことを思って引退を勧めてきたのであって……!」
「私のことを思うのであれば、もっと働けと、魔族のために尽くせと言っていただきたい」
そう言う間も、ルキフ・フォカレさんの手は休まず動き、書類を次から次へと捌いていく。
右から左へ、その速さは立て板に水が流れていくかのようだが、きっと正確さも最上なんだろうなあ。
だからこそ歴史に残る名宰相と言われているわけで。
「このルキフ・フォカレ、引退などいたしません」
「卿!?」
「私はかれこれ六十年、内務官として魔国に仕え続けてきました。いまさら別の生き方などするつもりもなく、この執務室に骨を埋められれば最善です。どうか魔王様も、その次の魔王様も、我が意をくみ取っていただけますよう」
「落ち着くのだルキフ・フォカレ卿! 執務室に骨は埋まらないぞ! 埋まったとしてもそんなところで仕事するのは後任が嫌がるだろう!」
たしかにね。
でもツッコむところはそこじゃない気がする。
「私が仕えてきた六十年、様々なことが起こりました。国が滅びかけたこともあった。戦争に勝って、この上なく隆盛したこともあった。たとえ同じ期間を過ごしたとしても、これほど豊かな体験をさせてもらった魔国官僚は他におりますまい」
一瞬だけ手を止めて、懐かしむように視線を遠くへやる。
そしてすぐに作業を再開する。
「私は誇りを持っているのです。この仕事を選んだこと、ここまで積み上げてきた実績、人生そのものすべてに。だから途中で終わらせようなどと酷な命令はよしていただきたい」
「途中ではないような! ここで終わっても充分完成と言えるから!!」
『どれだけ長期連載しても、打ち切られたら打ち切りです』みたいな話になってきた。
「そもそも殿下、アナタは私に要請したではないですか。自分が魔王となってからも魔国宰相として自分を支えてほしいと」
「うぐぐッ!?」
また息詰まるゴティア魔王子。
「だというのにすぐに前言を翻し、まったく逆の指示をしてくるとは。即位前から言を左右されては頼りないことこの上ありませんぞ」
「し、仕方ないではないか。父上から撤回を命じられたのだから。その理由も父上から聞かされて納得できるものだった。だからこそ我はこうして……!」
「なるほどお父上に感化されたというわけですな」
「言い方!」
ゴティア魔王子も別にお父さんの言われるまま考えをブレさせているわけではなかろう。
ここまで行動を一緒にしてきたがゴティア王子は、自分で決めたことをやり通す意志の強さである一方で、諭されれば改める潔さも持った人だ。
これは立派な名君の素質ではないだろうか。
知らんけど。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……ッ!?」
ただ今日のところは相手が悪い。
今のところゴティア魔王子からルキフ・フォカレさんを説得するための手札は切れたようだった。
ここに至っては他の誰かからの援護射撃が必要であろう。
「……ちょっといいでしょうか」
そしてこの場には当事者たちの他に僕しかいないのだから、僕が出張るより他あるまい。
「おや、キミは……」
「ジュニアと申します」
「聖者様のご長男か。また珍しいところで見かけるものだが……いや、聖者一家は大体いつも意外なところから現れるものだったな」
なんか不本意な評価を聞いた気がする。
説得とは、人と人の繋がりが強まることによって成し遂げられる。
ルキフ・フォカレさんほどの大人物を説得することによって、僕だって人の心を動かせるんだぞという実績を積むことで、ノリトから散々下げられた自己肯定感を回復してくれよう!
「貴殿の弟……ノリト殿とも先日会ったしな。いやいい取引ができたぞあの時は」
ノリトの痕跡がここにも!?
自己肯定感がまた落ちる!?






