1362 閑話:次男問答
相も変わらずジュニアのことを心配している俺です。
はあ……ジュニアは元気にしているだろうかな。
風邪をひいていないか? 事故に巻き込まれていないか?
偶然泊まった宿で殺人事件が起きて、猛吹雪で身動きが取れないまま密室トリックの謎を解くことを強いられたりしていないか?
考えるほどに心配が深まっていく……!
「はあ……ジュニア大丈夫かしら……!?」
プラティも。
もはや心配する様子を隠そうともしなくなったな。
そもそもこのやり取りがもうお馴染みになってきたが。
……。
ところで、誰かはこう思うかもしれない。
――『長男ばっかり心配してないで、他の息子たちの心配もしろよ』
……と。
たしかに俺たちの子どもはジュニアだけではない。
農場国発足直後でもショウタロウまでの三人兄弟。
それ以降にも男男女と三人生まれていまや総計六人兄弟。
いずれも可愛い我が子たちだ。
我が子らに差などなく平等に愛しているし未来を案じてもいる。
それなのにかねてよりジュニアの心配ばかりで、他の子が一切話題に上らないのは何故か?
まあ、話を複雑にしないように……と言うのもあるんだが。
「そういえばノリトはしばらく帰ってきてないな」
「そうね」
プラティの気のない返事。
別にジュニアの時のように動揺を隠しているわけではない。
これが素である。
ジュニアと比べて扱いあまりに違わなくないか。
「酷いぞプラティ! ノリトだって俺たちの大事な息子だろう!!」
ノリトは我が子の中ではなかなかヴィヴィッドというかアヴァンギャルドな性格ではあるが、それでも俺たちにとって血を分けた息子であることは事実!
それなのにもうちょっとかける情けというか、その……!
「いや、だってノリトが不在なのは、家出でしょう?」
プラティが何とも言えない表情で言う。
そう、家出。
ある日ノリトは俺たちに断りもなく『もっと大きな男となるために旅に出る!!』とかいって行方をくらませてしまったのだ。
親に心配かけて、本当にしょうもないヤツだ。
「アタシたちから勧めて武者修行に出したジュニアと違って、ねえ……」
それはどうなんだプラティ!?
動機や、そこに至るまでの経緯が違っても、今はどこか親のあずかり知らぬ場所で息子たちが頑張っている事実は変わらぬ!
「だって……旦那様も知ってるでしょう?」
?
何を?
「アタシも家出していたということを!!」
そうだった。
このプラティ、元人魚王女。
かつて人魚国で王族であったのを、断りもなく出奔してきた経歴を持つ。
いわばノリトの先達的立ち位置にあった。
特にこのプラティときたらその家出中、農場に到達して押し掛け女房となったのだから、彼女の家出が様々な運命を切り開いたことにもなろうのだ。
「だからと言うか……同じく家出しやがったノリトのことを叱れないというか……、内心『よくやった!!』という思いもないではないというか……!?」
グレた子どもに怒れない元ヤン親みたいになっていた。
そうか……ノリトはこの母親の遺伝子が濃いのか。
「でもそういう旦那様だってノリトには淡白じゃない? 似たところの多いアタシの分までノリトの心配してあげなさいよ」
いや……そういうところもあるかもだけれど……。
しかし俺から見てもノリトには共感するところがあるんだよ。
なんというか……。
心の中にカミー○・ビダンを飼っているところとか。
「は? 何?」
男は心にカミー○を飼っているものなんだ。
特にノリトの場合、所々で心の中のカミー○が顔を覗かせるたびに気持ちがわかってしまうというか……。
共感してしまうんよなあ。
だもんでついつい、アイツの隙にやらせてあげたいと思ってしまうものだよ。
あとアイツは心に尾○豊も飼っている。
「はあ……男って心の中にいろんなものを飼っているのね」
そうだよ。
ということで俺ら両親、次男への共感というか身につまされるところから謎の信頼感が発生して許してしまうのだった。
俺たちの息子……次男ノリトの若さゆえの爆走というものを……。
まあ、子どもというのは遅かれ早かれ親の下から巣立っていくものだ。
修行の旅に出たジュニア然り、三男ショウタロウも今は行儀見習いということで人魚国に預かってもらっている。
人魚王アロワナさんや、あの子の祖父母に当たるナーガス・シーラ前人魚王夫妻が庇護してくださる分、上の二人よりずっと安心できる境遇ではあるが……。
「皆どんどん自分の道を突き進んでいくなあ……」
「下の子たちも今に私たちの手から去っていくのかしら……?」
想像しただけで物寂しい気持ちになってしまった。
そこへ……ズゴワガーンッ!! と静寂を突き破る爆音?
なんだッ!?
「やー、くたびれた。……ただいまー、オヤジオフクロー」
ノリトォおおおおおッ!?
噂をすればなんとやら!?
お前、帰ってくるのも唐突すぎる!?
「兄貴に挑んで惨敗しちまったよー。農場聖拳もまだまだ要研究だな。……あ、初めて来るヤツ、ここオレの家だから楽にしてくれよ」
「「「「「ありがとうございますエヌ様!!」」」」」
しかもなんかたくさん引き連れてきてるううううううッ!?
えッ? 何人いるの百人!?
ていうか今『兄貴』って言った!? ノリトが言う兄とはジュニアのこと!? 情報量が多すぎて追いつけない!?
「こんなにたくさん友だちができて……、ノリトも立派になったわねえ……!」
プラティそこじゃないよ!
注目するとこそこじゃない!
おいノリト! 友だち連れてくるなら先だって連絡しなさい!
あれ、ちょっと待った?
ノリとよく見たら体中ボロボロじゃね?
「今日は益々組織の団結が固まったからよ。皆に手料理を振る舞ってやりたいんだがオヤジ頼むぜ」
ここにきて親頼り!?
いち早く独り立ちしたと思いきや親に甘える癖が抜け切れてないな!?
「仕方ないだろ、オレ料理できねーし」
「そこは旦那様に似なかったのね」
「料理は兄貴の方が上手いから、同じ土俵で張り合う気になれねえんだよ」
妙に長兄に対してコンプレックスを抱くヤツだと思っていたが、避けるところは避けるんだな。
で、そのジュニアが話題に出てきたようだがノリトお前、お兄ちゃんと会ったのか?
「ああ、オレの管理農地に来たよ。レタスレートおばさんに呼ばれて駆けつけたら、いてビックリした」
そうか、ジュニアがついにあの土地に来たか。
ノリト当人に口止めされてたから言わなかったが、ジュニアも弟の見方が変わったことだろうな。
「今日こそオレが研究した農場聖拳で一矢報いてやろうと思ったが全然及ばなかったぜ。兄貴を超えるのはまだまだ先みたいだな」
兄は神拳言ったり弟は聖拳言ったり、中二病なのだろうか?
そういう年頃ではあろうが、一体誰に似たんだか……?
「今日の直接対決で随分データは溜まったが、やはり実地がないと有用なデータは取りづらいな。……ん、そうだ」
ノリトが俺の方を見てニンマリと笑った。
なんだ、この嫌な予感は?
「考えてみたらオヤジも兄貴と同じ能力を持てるんだよな? 兄貴攻略の仮想敵としてはもってこいだぜ!」
待て待て待て待て待て待て。
違う違う違う違う違う違う。
俺のギフトがジュニアに似てるんじゃない。ジュニアの能力が俺のギフトに似ているんだ。
そもそもノリトももうお父さんとヒーローごっこという歳でもなかろう!
やめなさい今の成長したお前にぶつかれたらお父さん腰をいわす!
「さらばオヤジ、俺の野望の礎となってくれ!」
ええい、こうなっては仕方ない!
先生、ヴィール!
助けてくれ!
「おーけーなのだー」
『ヤンチャが過ぎるのうノリトよ』
ノーセコンドで現れたドラゴンのヴィールと、ノーライフキングの先生によって吹っ飛ばされたノリト。
「ぐわぁあああああああああッ!? オヤジ卑怯だぞ! 先生たちに頼らずに自分の力で戦え!」
はい? 何を言いますか?
俺はこういう荒事方面はずっと先生なりヴィールなり、他の農場の頼れる仲間に丸投げして切り抜けてきたんだぞ。
これで約二十年やってきたんだが?
何か問題でも?