135 神の味自慢
おい神。
冗談も休み休み言え。
とは思っても、さすがに神様相手に口に出しては言えない。
『冗談ではないわ。余は心底このアホにたけのこご飯の素晴らしさを思い知らせてやりたいのよ』
「心を読むな!?」
さすが神。
心の中で愚痴も言えないとは油断も隙もあったもんじゃない。
「……えーと、情報を整理しますと、神々はたけのこご飯を食するためにご降臨あそばしたと?」
『『然り』』
「控え目に言ってアホにあらせられませんか?」
俺は漠然とした先入観で、神が地上に現れる時はもっと壮大なことが起きると思ってたんですけど。
そんなことないの?
『これは神の威信を賭けた一大事じゃ。これからの一挙手一投足に世界の命運がかかっていると心得よ』
そんな大袈裟な。
『やめぬか我が兄弟よ。おぬしの誇大な物言いに人の子どもが恐れおののいておるではないか』
と言うのは、三つ又の鉾を誇らしげに掲げる海の神ポセイドス。
『大地の兄弟はムキになる悪癖がある。つい最近のことだ。神々の間でも戯言を交わす時がある』
ポセイドスさんによると、大地と海の神はこんな会話を交わしたらしい。
* * *
ハデス(以下:ハ)『たけのこご飯、マジお勧め』
ポセイドス(以下:ポ)『バカwww 所詮地上の食べ物www』
ハ『そんなことない、食ってみたらわかる』
ポ『食わなくてもわかるwww 地上のもので神界を超えるとかないwww』
ハ『決めつけんなやボコるぞ』
ポ『おwww やんのかwww』
* * *
『というわけで、実際にたけのこご飯を食べて白黒つけることにしたのじゃ』
超真面目な顔をして言うハデス神。
……この御方には以前お越しになった際、もてなしとして膳を供し、そのメニューがたけのこご飯だった。
その味が大層気に入られたのか、ハデス神はたけのこご飯をして『神の食物』に指定するほどの讃えよう。
それを真正面から否定されればムキにもなるか。
……ただ、回想で聞く限りでもわかるポセイドス神の煽り口調は、そうでなくてもムカつくこと請け合いだけど。
『異世界よりの来訪者よ。汝の優秀と寛容を見込んで命じる。再びあのたけのこご飯を余らに供し、このわからず屋のアホ海神をギャフンと言わせちゃってほしい』
冥神はそれをご所望らしい。
これでやっとわかってきた話の概要が。
なんでそんなグルメ漫画の主人公みたいな真似をせねばならんのだ? と思わないでもないが、ハデス神にはこれまで何度かホイホイ召喚してお願いを聞き入れてもらった借りがある。
俺自身も農場に祝福をくれたおかげで、今シーズン去年よりも作物の育ちがいい上に、大地の精霊たちという愛すべき仲間を迎えられた恩もある。
「そんなハデス神にお願いされたら嫌とは言えないが……」
一つ問題がある。
今回、たけのこご飯を作る準備がまったくできていない。
「あれは山ダンジョンの春エリアに作った竹林まで行って、新鮮なたけのこを取ってきて調理……、って段階を経るからな」
生憎と今ウチにたけのこのストックはない。
今から竹林に行って、掘ったたけのこを持ち帰って灰汁抜きから調理を始めるととても一日じゃ終わらないぞ?
「せめて先に用件を伝えてくれたら準備して待てたのに……」
先生に神託下せたぐらいだから、それくらいできるでしょう?
『そんな……』
『はっはっはっは。地の兄弟は興奮すると段取りを間違う癖があるからな。天地創造の際もよくやらかしたものだ』
え?
それちょっと……!?
『どうしたものか……! では一旦帰って、異世界人の準備が整ってから再び召喚してもらうというのは……!』
『ええぇ~? 汝が大口叩くからせっかく時間作って同行してやったのにぃ~? 忙しい中時間作ってやったのにぃ~?』
『うっさい、どうせ暇だろ!』
煽らないでください海の神。
しょうがないなあ。
「ゴブ吉」
「はッ!」
「例のものを」
ゴブ吉に指示して、館からあるものを持ってきてもらった。
それは既に終った昼食の余りで、神に残り物を捧げるのは心苦しいが急なんだから仕方ない。
『これは何か?』
「グリーンピースご飯にございます」
また混ぜご飯かよ、と思うなかれ。
急のことだから仕方ないじゃないですか。
今日の昼ごはんで皆が食べたものを、余った分おむすびにしたのがこれだ。
冷めても美味しい。
それが混ぜご飯の強み。
「とりあえず、こちらをお召し上がりになってみてください」
と勧めてみたものの。
俺の心中では早くも後悔が湧き起こり始めていた。
だって残り物だよ?
神様相手によりにもよって!
やはり早まったんじゃないのか。時間を置いてもちゃんとしたものを用意すべきじゃなかったのか!?
俺のこの葛藤を再び読心して、思い留まってくれませんかね神様たち!?
『いただきまーす』
そんな奇跡起きなかった!
さすが神。空気と言うものを一切読まない!
海の神ポセイドスは、すっかり冷めたグリーンピースご飯のおにぎりを咀嚼し……、飲み込み……、指先についた米粒までしっかり舐めとってから、宣した。
『……グリーンピースご飯を神の食物と定める』
「また!?」
気に入ってくれたようでよかった!!
でもちょっと神の食物乱発しすぎじゃないですかね!?
『美味い! 美味いぞ!! この穀物のもちもちした食感に、混ぜ込まれた緑の豆の歯ごたえによるアクセント! 何より、食べ物全体のピリッと効いた塩味が格別だ! やはり塩味こそ至高の味覚!』
海の神様が食レポ始めた。
『そうであろう、そうであろう。……ま、たけのこご飯には及ばぬがな』
ハデス神もここぞとばかりに推し飯アピールしないでください。
そして数個あるおにぎりをちゃっかり自分も食ってやがる。
『……地の兄弟よ。ここは、我が非を認めなければならないようだな。たしかにこの異世界人が作り出す料理の美味さは神に匹敵するらしい』
『ふふふふ。人も神も素直が一番よ。しかし海の兄弟。優れたるを讃えるのはけっこうだが、汝の振る舞いは少々節度を欠いてはおらぬか?』
『ふむ?』
不穏当な発言に、ポセイドス神の咀嚼が止まる。
『汝はこのグリーンピースご飯を神の食物と定めたが、よく吟味してみよ。この食物の材となる穀物、豆、いずれも大地の実りではないか』
『ぐぬッ!?』
『たけのこご飯も同様。ここにいる異世界人たちの発汗と叡智の結晶がこの料理であるとしても、大元が大地よりの恵みならば、この地母神の夫ハデスが讃えるに何の問題もないが、汝の場合はどうだ?』
海の神、ポセイドス。
『大海を支配する汝が、大地の恵みで形作られたこのグリンピースご飯を讃えるのは越権ではないか? 汝があのゼウスのごとく分別のない神だとは思わなかったぞ? ん? んー?』
ここぞとばかりに煽り返すハデス神。
これまで散々煽られてきたから気持ちはわからないでもないけれど。
ウチの農場が原因になって神々の戦争が起こるとかマジ勘弁。
『ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……!』
煽るヤツほど煽られるのに弱いとよく言うが。
ポセイドス神もそのセオリーに漏れず顔を真っ赤にして震える。
『異世界よりの来訪者よ……!』
いきなりこっちに来た?
「はい?」
『汝の英邁と公正を見込んで命じる! 余が讃えるに相応しい海の素材で拵えた料理を捧げよ!! さすれば海神ポセイドスの祝福を与えよう!!』