1349 ジュニアの冒険:レジスタンス
繰り広げられる攻防に、周囲の人々はどう感じただろうか?
「何あれ……!?」
「何が起こっているのか、まったくわからない……!?」
「というかなんで戦ってるの?」
周囲に居合わせた魔王軍のルーキーたち。
バトルロイヤルに巻き込まれて敗退した人たちも、もう何から何までわけわからんと成り行きに呆然とするのみ。
「あのマモル司令……何が起こっているのかオレたちにはサッパリ……」
「私に聞かれてもねえ、まったくわからん、としか……!?」
皆の困惑と当惑に囲まれながら、僕は倒れる相手に視線を向ける。
まだ警戒は解いていない。
「まだやるかな、勝敗は決したと思うけれど」
「もう勝ったつもりか? 自分の力が通じないカラクリを見破った程度で……」
「終わりだ。こういう手品は、タネがバレたら終わりだからね」
そして彼には、それ以上の手札もなさそうだ。
となれば唯一の防波堤を突破された彼にもう勝ち目はないだろう。
「……まさか、あの方の編み出された秘術がこうも容易く破られるとは……!」
いや、数日前ならここまで簡単にはいかなかったんじゃないかな。
僕の『究極の担い手』を封じていたのは、彼の体を覆い隠した空気の層だ。
恐らく魔法で形成したものだろう。
『触れたものの潜在能力を最大限以上に引き出す』というのは『触れなければ意味がない』ということでもある。
そこを突いて、僕に触れられない工夫を凝らしてきた。
その工夫に、“空気”を使ったこともミソだ。
これが例えば衣服とか、全身タイツとか、そういうもので遮断しようとしたら問題なく『究極の担い手』は効果発揮できていただろう。
どうやら『究極の担い手』は、ただ触れるだけじゃなく『触れた』という僕の意識にも大きく影響されるようだ。
たとえ衣服越しにでも僕自身が『衣服を着ている彼に触れた』と意識すれば相手に触れたことになる。
そうして『究極の担い手』は、効果を発揮する。
しかし今ケース『空気の層』は、僕には認識できていなかった。
空気は透明だし、そんな遮断層があるとまったく気づかなかった僕は、事実と意識に誤差が生じて、『究極の担い手』が上手く発動しなかったんだ。
これを考えた人は、僕の能力をとてもよく知り抜いていると思う。
遮断層に空気を使ったことも、だ。
魔法で操りやすかったとか、透明でわかりづらいとかの理由もあったんだろうが、僕としては『空気は「究極の担い手」の認識外』というのが一番恐ろしいところだ。
実際僕が空気を触れるものとして認識したのは、不死山でベルフェガミリアさんと戦ったことがきっかけだった。
それ以前は認識できていなかった。
空気なんて普段からそこら中にあるものだし、形もないし。いちいち認識できるものでもない。
もしその状態で、今の彼と戦っていたら、空気層というものを意識するのに手間取ってもっと追い込まれていたかもしれない。
たった数日前の出来事に、こんなにも助けられるなんて。
想像するだけで恐ろしいやら、安堵するやら……。
「ぐッ……!!」
相手も、空気層のタネがバレてもしばらくは粘れる算段でいたのだろう。
それがこうも一気に押し切られるとは思っていなかったようだ。
「さて、キミには聞きたいことがいくつもある」
まず、農場聖拳とは何か?
……いやホントなんだ?
そして僕のことを詳しく知っているかのような振る舞い。
ここ魔王軍の訓練場に入ってから、僕の素性は何も語っていないのに。面倒くさかったから。
にもかかわらず彼は、僕の名前、僕の農場国での立場、僕の能力まで詳細に把握していた。
特に能力に関しては、あんなにしっかりとした対抗策を講じてきたぐらいだ。
僕自身の知らないところまで知り尽くしている、……そんな印象を持った。
僕の方は彼を知らないのに、一体どういうことだ?
だからこそこのザーガくんとやらにはじっくりと事情を聴取したいところだった。
「もっとよく知りたいな、キミのこと」
と迫ると、ザーガくんは『うひぃ』と唸りながらあとずさった。
そんなに怖がることもないだろう、僕は話がしたいだけなのに。
「おッ、オレを倒してもいい気になるなよ! たとえオレが滅びても、オレの仲間が必ずやお前を地獄へと叩き落してくれるだろう!」
なんか倒されたラスボスみたいなこと言いだした。
しかもなんで僕が地獄に落とされるの? そんな恨まれる覚えもないんだけれど?
「あの、ジュニア王子……、もしかしたらですが、彼の正体に心当たりがあります」
と口を挟んだのはマモルさんだった。
さすが魔王軍を率いる人! 頼りになる!!
「ここ最近、ある組織の存在が噂に上っています。曰く、今の魔国の体制に反感を持ち、秘かに抵抗活動を進める組織がいると」
そんなきな臭い話が?
「その組織は、実態を掴ませず陰で活動し、しかしながらその規模は魔国に対抗できるほどにまで膨れ上がっていると。その組織の名は……ウェーゴ!」
うぇーご!?
「恐らくこのザーガは、ウェーゴから送り込まれてきたスパイなのでしょう。魔王軍の内情を知るため……そしてあわよくば軍内部で確固たる地位につき、自分たちに都合よく操るため……」
ええー?
それってかなり危うい状況なのでは?
敵を内側から崩そうという迂遠ながらも狡猾な手口に、身震いがする。
「でも、本当にそうならここで動いたのは迂闊だったな。ジュニア王子と直接対決するのを引き換えに、ここまで秘密裏に進めていたスパイ活動を白日のもとに晒してしまったんだから、スパイとしては三流と言わざるを得ない」
「くくくくく……、さすが魔軍司令、手厳しい意見をどうも。しかしこちらも言ったはずだ、ここまでの苦労を水の泡にしてでも、ジュニア王子に挑む価値があった」
そういやそんなことを言っていたような……!?
自分たちの計画とトレードにしてでも僕に挑みたかった。おそらくは彼らの練り上げた『究極の担い手』対策がどこまで通用するかを実地で試したかったんだろう。
結果彼は、僕をいくらかは追い詰めたけど敗北した。
その敗北に、意味や価値はあったのか。
「負けはしたものの、オレたちは貴重なデータを得ることができた。まだまだ農場聖拳には進歩の余地がある。王子よ、今日の勝利で奢らぬことだ。今日、勝利の栄光に浴したとしても、明日以降もそうだとは限らない……!」
ザーガくんは皮肉気な笑みを浮かべて言う。
「農場聖拳の使い手は、オレ一人だけではないのだからな!」
「喋りすぎだぞザーガ」
どこからともなく響く声。
また誰!? と周囲を見回すと、新たに誰か人がいた。
彼も魔王軍の仕官……いや違う。
服装や佇まいが明らかに異質だ。
長髪の若い男性で、目つきの鋭さからただ者でないとわかる。
「ジュニア王子にご挨拶奉る。我が名はリルレイ。農場六聖拳が一角」
「あッ、ハイ、ジュニアです。よろしくお願いします?」
丁寧に挨拶されたので思わず返してしまった。
「秘密組織ウェーゴにおける最高幹部、それが農場六聖拳。いずれも組織の長エヌ様から直々に聖拳を伝授された高弟たちだ」
「なんだと!?」
今、けっこう重要なワードがいくつも出てきた気がする。
幹部?
六聖拳?
組織の長?
「ウェーゴは、農場聖拳の創始者にして最強のエヌ様が立ち上げた組織。我々は全員、エヌ様に見出されて真の生き甲斐を与えてもらった。息苦しい世の中から救い出していただいたのだ。そこにいるザーガもな」
「その通り! 親に命じられ惰性的に魔王軍に入ったオレだが、エヌ様に出会って変わった! あの方に教え導いてもらって、オレの世界は輝いたのだ!」
なんか心酔しきってるぅ……!?
「カリスマ性か……、急速に勃興した組織にありがちだな。異質な存在力を持った創始者の下に人が集まるんだ」
マモルさんの言う通りだと思う。
「ジュニア王子、ここでアナタと出遭ったことは我らにとっては運命であろう。我ら農場六聖拳の勇士たちは、全力を挙げてアナタに挑ませてもらう。ザーガを倒したぐらいで驕らぬことだ。何しろコイツは六聖拳の中でも……」
あ、ザーガくんも六人幹部の一人なんだ。
でもこのパターンから言うと……。
「……最弱の一つ上だからな!」
位置づけが半端。
ならもう最弱って言いきった方がよくない?
「我ら六聖拳はエヌ様の下で日進月歩、三日会わざれば刮目するほどに力を増している。進歩のペースもまちまちで順位変動するのはよくあることだ」
「仕方ないじゃないか! オレは魔王軍の仕事と並行してだから修行の時間もとりにくいんだ!」
何だこの言い合い?
「しかしこのザーガは独断でジュニア王子に挑み無様に負けた。ここでウェーゴの……崇拝するエヌ様の顔に泥を塗ったこやつをそのままにはしておけぬのでな」
ま、まさか……!?
失敗には、死?
「このまま連れ帰って、手厚い治療を施すとしよう!」
なんだコイツら!?
悪の組織っぽく振る舞って、全然そうじゃないとか!?
「というわけでザーガは連れ帰る。ジュニア王子、また別の機会に、私との対戦の機会を設けてもらうとしよう」
「オレだってまだ負けたわけじゃない! 次会った時には再戦を、今日の雪辱を果たしてやる!」
そのままリルレイさんとやらはザーガくんを抱えて去っていった。
……。
……あッ、追うの忘れた!?
行儀よく見送ってしまった! そんな義理ないのに!?