1345 閑話:息子はTLヒーロー
私の名はシュトリア。
ごく平凡な女魔族よ。
戦争のない時代に生まれ、平穏無事に成長し、いまは内務官見習いとして魔王城に務めている。
資料作成や企画立案……本格的なことはやらせてもらえないが、先輩の手伝いをしながら日々勉強の毎日!
いつかは役職付きに上がって、ルキフ・フォカレ宰相のようなトップの人材になるのが夢よ!!
とはいっても、今はまだまだ補助業務をこなしつつ先輩から出してもらった課題に四苦八苦する毎日だけど……。
「ねえシュトリア、聞いた?」
そんなある日、同期の同僚クロセィムが主語不明瞭なる漠然とした問いかけをしてくる。
これは完全に『何が?』の反問待ち。
……。
「……何ご?」
「いや、思惑通りになりたくないからって無理やりな捻りを加えなくていいのよ。こっちも聞き方が悪かったから」
「反省しなさいね」
「非を認めた途端、強気でかかるな! ああもう、進まない! 私は、ゴティア殿下が帰還されたって言う話をしたいのよ!!」
ああ、それを『聞いた?』って問いたいのね。
そういえば殿下、ここ最近魔都にいなかったようだけど。
「あの方もお忙しいから、なかなか一ヶ所に留まらんのよねえ。すでに次期魔王としての貫禄が備わってるんじゃない?」
「何言ってるのよ、当たり前よ! あの御方の評判はストップ高よ! もはや魔族の誰もがゴティア様こそ次の魔王に相応しいと思っているわ!!」
主語デカ。
でも私だって、ゴティア魔王子より次期魔王に相応しい人はいないとは思うけどね。
私みたいな木っ端役人に認められたところで何の意味もないでしょうけど。
「ゴティア様って、実力も最高だけど顔もイケメンじゃない!? お母上のアスタレス妃に似て切れ長の美男子で……!」
まあ、世紀末マッチョ系の魔王様とは違う系統の顔づくりをなさっているわね。
「その上、社交的でお優しくて、あんないい男子魔国中を探してもそうそういないわ! 見てるだけで眼福! できたら毎日お顔を拝見したいのにここしばらく魔都にいないんだから、寂しかったぁ!」
要するにこの同僚、ゴティア殿下のファンってことか。
こういうたわけは実はけっこういる。
ある意味仕方ないわよね。
紅顔美麗の王子様なんてファンが湧いて出てもしょうがないでしょう。
しかもゴティア殿下はいまだに婚約者がいないと聞く。
生まれは王子、実力はたしか、さらにハンサムで性格もよいともなれば、そりゃあ女が騒ぐのもやむなしでしょう。
「そう言うシュトリアは、さっきから全然盛り上がらないけどゴティア様のこと嫌いなの?」
極端。
自分のノリについてこないヤツは敵みたいな認識しないで。
当然ながらゴティア魔王子様のことは尊敬申し開けているわよ。
未来の自分の最上司ですもの。
全魔族の頂点に立つ魔王……になることが決定されているゴティア殿下のお役に立つことが、魔王城に仕官した我が喜び!
……という建前はあるけれども。
でもまあ魔王なんて遥か頂点のポジション、あまりに遠すぎて実感がないのもまた事実。
「そうよねぇ……アタシら末端の末端だもんねぇ」
私たちの働きも回り回ってゴティア様のおためになってるんでしょうけれど、その効果が至るまでにヘロヘロになっているというか……。
「自分らが底辺だって自覚持ちましょうよ。ゴティア魔王子なんて所詮雲の上の存在」
私らとなんて接点ゼロ。
「現実と向き合って、私たちは私たちのできる仕事をしましょう」
「えーやだ、夢見たい! 現実があまりにツラいから夢ぐらい見ていたい!」
夢や夜、寝床で見なさい。
しかも言うほど現実辛くないでしょう。少なくとも戦時よりは断然。
私たちの日々の労働が、よりよい現実を創っていくんですから文句垂れずに地道にやっていくのよ。
そうすればいつかはいいことが……。
「ずわりゃりゃりゃりゃりゃぁーーーーーッ!!」
……ん?
何かしら?
城内を奇声あげながら走るなんて礼儀のなってない人がいるものね。
侍従長とかに見つかったら怒られる程度じゃすまないわよ。
一体誰かしら?
「ぬおぉおおおおおおおッッ!!」
しかも唸り声がこっちに近づいてくる?
ちょっと怖くなってきたけど、その奇声の主が目の前に現れて恐怖よりも驚愕が激発した。
ごッ!?
ごごごごごごごごごごごごごごごごごごッッ!?
「ゴティア魔王子殿下様ッッ!?」
ビックリしすぎて敬称がてんこ盛りになった。
でもそのぐらいの驚きだとご理解いただきたい。
だって今!
目の前に!
まさに憧れ噂話の渦中にあった雲上人……最高究極ハンサム貴公子のゴティア魔王子様がいらっしゃるのだからぁあああッ!?
「うーん……夢との距離感がバグった……!」
同僚クロセィムが死んだッ!?
あまりに近すぎる夢との距離感に、夢と衝突事故起こして死んだッ!?
だって押しのご尊顔がこんなにも近くにぃいいいッ!?
「キミが内務官見習いのシュトリアくんで間違いないかッ!?」
「はッ、はい!?」
まさかの私ご指名!?
何かの間違いかと思いたかったが、名指しされたとあっては私が目的と認めざるを得ないッ!?
いや、待て?
私の名前ってシュトリアだっけ? どうだったっけ?
「現実から目を背けるなッ!」
あッ、同僚のクロセィムが蘇生した?
いや元々死んでないか。
「キミの人事部の評価を見させてもらった。まだまだ未熟ながらひたむきで真面目、それでいて覚えも早いと、なかなかの評価だった……!」
「あ、ありがとうございます?」
なんで魔王子が直々に私の評価を?
「そこでキミにたってのお願いがある!」
「なな、なんでしょうか?」
そりゃ立場上、命令されたら従うものですが。
「我の傍で、生涯支えてくれッッ!!」
「「どるぇええええええええええええええッッ!?」」
私だけじゃなくてそばで立っている同僚まで絶叫。
どういうこと!?
傍で?
生涯?
支える!?
それってもしや、生涯の伴侶に告げる系の言葉!?
なんでッ?
私から見れば手の届かない有名人だったはずが、なんで自分から接近してくるんですかッ!?
いやむしろ、接近どころか衝突してくる勢い!
「我が治世には、キミの助けが必要なのだ! どうか我と一緒に同じ道を歩んでほしい!!」
「シュトリア、アンタいつの間にこんな抜け駆けを!? いいや魔王子妃……様!?」
殿下だけにとどまらずにとどまらず、同僚まで迫って来ないでくれる!?
一体私に何が起ころうとしているのッ!?
「魔王子様、ご乱心!」
「ぐべぇえええええええええーーッ!?」
うわぁ、今度は魔王子殿下が吹っ飛ばされた!?
さらに乱入してきた何者かによるフライングクロスチョップを食らって。
「ゴティア魔王子! はやる気持ちはわかりますが、そんな性急では何かと誤解を生むでしょうが! 今のアナタは、ただのプロポーズ通り魔と化していますよ!」
プロポーズ通り魔!?
何その、フツメンがやればただの犯罪、イケメンがすれば大災害みたいな!?
ダメですよ魔王子殿下! アナタの顔と立場そんなことしたら名前の付く台風みたいになるじゃないですか!
というか一体何があってプロポーズ通り魔なんて暴挙を敢行しているの!?
私の普通と平穏な日々が、巻き込まれで崩壊していく!?






