1344 閑話:父はラノベ主人公
引き続き、魔王ゼダンである。
絶賛お悩み中の父親である。
魔族に生まれて数十年。
ずっと魔族のためを思い、戦い、突き進んできた。
その半生に悔いはないけれども、一部としては間違っていたのかと迷いがないわけではない。
ゴティアよ……。
どうすればお前と良好な親子になれるのか……!?
「そのようなこと気になさいますなゼダン様」
などと厳しく言ってくるのは第一魔王妃のアスタレスだった。
兼、ゴティアの実母。
「ゴティアは後継者なのです。ゼダン様がここまで発展させた魔国を引き継ぎ、さらに発展させる義務があります。そのためにも多少のことで音を上げられては困るのです」
そうは言うがなアスタレスよ……。
お前も腹を痛めて生んだゴティアのことを可愛いとは思わぬのか?
魔王としての責務を背負わせてしまうのはやむないことだが、それでも彼には人としての幸せもつかんでほしいと思うんだよ。
「いいえ! ゼダン様の長男に生まれてきたからには個人的な幸福など二の次三の次! 四の次五の次です! ゼダン様の功績を無事後世へと引き継がせる、そのためにあの子は生まれてきたのですから!」
そんなことないんじゃない!?
ゴティアだって個人的に幸せになる権利ぐらいあるでしょう、
アスタレス、実子に厳しすぎない?
「アスタレスは大体そうですよ」
と、からかい口調で言うのが第二魔王妃グラシャラであった。
「コイツは四天王の頃から『冷血将軍』とか言われて恐れられてたからなあ。思いやりってヤツをオフクロの腹ん中に置き忘れてきたんですよ。だから部下にも我が子にも怖がられてるんで……」
「私は、魔族としてのあるべき姿を自他共に求めているだけだ。お前こそ四天王時代の乱雑さが今なお抜けないのはどうしたものか。いい加減『暴虐将軍』から卒業したらどうだ?」
「なんだと?」
「何か?」
玉座に座しながら睨み合う二人。
我を挟んで火花散らすのやめてくれないだろうか。
「あの……二人とも……その辺で……!?」
アスタレスとグラシャラ……二人とも我を愛してくれているのはたしかなのだが、いかんせんお互いの中は悪い。
そりゃ同じ夫を持った妃同士ならしょうがないのかもしれないが、この二人はそれ以外にも互いにいがみ合う何かがある。
純粋に仲が悪い。
かつて四天王の頃からそうであったが、二人は何かと互いを目の敵にし、相手より上に征こうと躍起なのだ。
性格が合わないわけではない。
むしろ共通点が多い。
それなのにどうしてこうも顔を合わせるたび衝突し合うのか……!?
いや、似ているからか?
同族嫌悪?
「誤解ないように明言しますが、私は息子ゴティアが魔王の資質に足りぬ者とは思っていません。みずから腹を痛めて生んだ息子です。私こそが誰よりもあの子のことを信じています。だからこそ多少の試練でへこたれるようでは困るのです」
そうだな。
アスタレスはけっして息子を愛していないわけではない。
むしろ愛情も期待も大きすぎるきらいがある。
それがゴティア本人への負担にもなりかねないが、逆に言えば魔王になった時、そんなものとは比べものにならないほど大きな期待が民や臣下から飛んでくる。
それに耐え抜くためにも必要な練習とアスタレスは思っているのか?
「ゴティア殿下がよくやっていることは事実だ。それでも足りないところがあるから父であるゼダン様が厳しく指導する。母親のお前が優しく励まして帳尻合わせができるんじゃないか。父も母も厳しいばかりではゴティア殿下の心が持たないぞ。それぐらい気にかけてやれなくて母親面するな!」
「これは私の息子の問題だ。同じ魔王妃と言えども部外者のお前が首を突っ込むな!」
ああやってゴティアを庇ってくれている辺り、王宮でよくある『後継者を巡る妃たちの権力争い』でもないんだよなあ。
事実、第二妃であるグラシャラも、次期魔王であるゴティアのことをよく気にかけてくれている。
あるいは父親以上に厳しい実母以上に。
彼女はことあるごとに『ゴティア殿下は次の魔王である』と公の場で豪語してくれているからな。
立場上、一番ゴティアが目障りなはずな彼女こそが真っ先に擁護してくれるからこそ、ありがち後継争いは火種のくすぶる様子を見せない。
彼女は本当によくできた妃であるのだろう、だが……。
「この恐母め、口で言っても通じないようだな……」
「それはこっちのセリフだ。勢いと感情だけで突き進む野獣め。獣には調教が必要だ」
二人が椅子から離れ、立ち上がった。
ゴキゴキと関節を鳴らしてウォームアップ……!?
ちょっと待て!?
まさかマジでやり合う気なのか、魔王妃同士で!?
「止めないでくださいゼダン様。この石頭、殴って少しは柔らかくしてやらないとな」
「長く実戦から離れてなまった体を鍛え直してやろう」
「そりゃこっちのセリフだ!」
妃同士の争いって王宮には付き物だけれど、実際に殴り合って戦うのは我が妃たちぐらいだろうよ!
双方軍人上がりだから、こういう事態も起こりえる!
魔王軍時代から何かにつけて張り合うこの二人。
その様子は我とて知っている。その当時、魔王として軍を指揮していたのが他ならぬ我ゆえな!
コイツらは、妃として王を巡る争いとかじゃなく純粋に相手より上に行こうと張り合っているのだ。
生まれついてのライバルなのだ。
コイツら、もはや我を介さなくても充分以上に切っても切れない因縁で結ばれていないか?
仲よし?
しかも軍部から退いてもう二十年近くも経つというのに、どうしてこう体も血の気も衰えない!?
「四天王としても魔王妃としても私が上だということを教えてやろう!『妄』家必殺奥義、縦横無尽光斬!」
「こっちこそ第一第二はただの番号でしかないって思い知らせてやらあ! 炸裂・怨讐タックル!!」
お前ら、それぞれの子どもがいい歳になった母親になってまで取っ組み合いのケンカするのやめてくれないか?
魔王である我がすっかりいくさを忘れて中年太りしているというのに、王妃たちはまだ心が戦場にいる……!
魔王として、ヤンチャする妃たちを止めねばならないし止めねばならないところなのだが、残念。
今の我には、それができるだけの体力も気概もない。
「見ててくださいゼダン様! この勝利をアナタに捧げます!」
「こっちこそ! お前の無様な負け姿を晩餐の肴にしてやらぁああああああッッ!!」
こうやって表立ってドンパチやり合うのも、彼女らなりの考えあってのことだろう。
闇に紛れての暗闘よりも、こういう公然としたケンカの方が世間にはわかりやすい。裏に紛れてわかりにくく蠢動する者たちにはいい牽制になるだろう。
第一妃と第二妃なんて基本仲がいいわけがないのだから、だったらいっそ殴り合っていた方がいい。
そう考えるのが我が妃たちのようだ。軍人思考だな。
「ぐぉりゃあああああああッッ!!」
「しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃッッ!」
……いや、違うかな。
本当にただ殴り合いしたいだけなのかな?
二人は子どもが大きくなった今でも四天王の頃と変わらぬ若々しい、美しい姿だが、互いに反発し合うことで若さを保ってきたのかもしれないな。
我にはもうあれほどの元気さはない。
老いたな。
「「しかしゼダン様」」
うわぁ、急に冷静になるな!?
「ゴティアの成長にばかり気を取られるのは危ういかと。今の魔国には平和なれども問題がないわけではありません」
うむ、そうだな。
平和だろうと戦乱だろうと問題のない期間など国家には存在しない。
今この時にも、この貴重な平穏を乱さんとする脅威が、人知れぬ場所で息づいている。
そうした問題を、我が治世のうちに叩いて潰し、ゴティアにより真っ当な国家体制を継承してやることこそ、父として彼にできる最高のことなのかもしれぬ。
「そのためにも目下、一番目に付くのは……」
「うむ、アレよな」
最近諜報部から報告に上がっている。
我ら魔国の体制に真っ向から反抗しようとする私設武装組織……。
その名は、ウェーゴ。






