1342 ジュニアの冒険:魔王からの試練
「ゴティアよ」
「はいッ!」
魔王さんとの謁見。
何やら雲行きが怪しくなってきたいつものことだけど。
魔王さんは、家族愛の大きい人だ。
それは何度も農場に遊びに来た時に感じていたから間違いなく断言できる。
しかし魔王という立場上、どうしても子どもの才覚を試さないわけにはいかない。
もし後継者にその資格がなかった場合、もっとも最初に苦しみを味わうのは多くの民であるからだ。
その証明に実母であるアスタレスさんも、ついでにグラシャラさんも何も言わず、ただ冷たく成り行きを見守っている。
いつの間にか越権の場は、次代の後継者の資質を計る場に早変わりしていた。
そして僕は完全に蚊帳の外。
お白州の闖入者になってしまっている!?
これ以上ここにいて巻きこまれるのも嫌だから、父さん直伝のスルー能力で人知れず退散……。
「ご子息」
「はいぃッ!?」
「そなたも話を聞いていくといい。いずれお父上のあとを継ぐのに実となる話となるはずだ」
「はいぃいいいい……」
既に巻き込まれ始めた。
思えば父さんだってスルーが成功した試しもない。
「……ゴティアよ、かねてより、お前には我の真似をする癖がある」
「は、はい……」
「それ自体は、我を尊敬する思いより出た行為だろう。父親として息子に尊敬されるのは嬉しいことだが。いや本当に嬉しいことだが……!」
ゲフンゲフンと浮足立つ魔王さん。
私情殺しきれないのやめてもらえます?
「それでも、いつまでも我から離れきれぬのも問題だ。いつかはお前も、自分だけの判断で魔国を動かしていかねばならぬのだから」
「はい、我の不明です……!」
ゴティア王子、委縮している。
そりゃ誰より尊敬するお父さんに詰められたらそうか。
不死山でベルフェガミリアさんからもだいぶ詰められたが、ここで延長戦が起きようとは。
「ベルフェガミリアとルキフ・フォカレを求めたのも、そういう心理からであろう。我が下で勇名を馳せた二人を揃えれば、我に並べると思ったか?」
「いや、それは……」
「たしかに、あの二名は我が至宝。我が名君と呼ばれる理由の八割は彼らにあると言っていい。いつだったか聖者殿も二人を評価し宣っていた」
――『太公望と聞仲(藤○竜版)がタッグ組んでるようなものだよね』
「……と、何のことや理解できなかったがとにかく凄いという意味だけは伝わった。ゆえに彼らが旗下に加われば、お前の治世は間違いなく安泰であろう。しかしそれではダメなのだ」
「な、何故です? 盤石となるなら、その方法をとるのに何のためらいがありましょう?」
「ベルフェガミリアもルキフ・フォカレも、我が世代の臣下。新しい時代には新しい王、新しい臣下が必要なのだ。いかに有能であり至強であっても時の流れには逆らえぬ」
ベルフェガミリアさんは逆らえそうでしたが?
……って言うのも野暮か。
「お前は、お前の目と手で、お前の時代の臣下を見つけ出さねばならぬのだ。我が臣下を迎え入れたところで所詮は我がおさがり、我が真似事。そんなことでは我を越えるどころか、我が譲り渡した魔国を支え続けることすらおぼつかぬ」
「……」
ゴティア王子、何も答えられなくなっとるやん。
「ベルフェガミリアは上手くいなしたようだが、ルキフ・フォカレは生来生真面目な性格ゆえにな。それが長く彼に苦労を背負い込ませた原因でもあるのだが、若いお前の熱意こもった説得をかわし切れなかったか」
「しかし、ルキフ・フォカレ卿は……」
「うむ、彼は我が勧告によって引退する。苦労性の彼は素直に聞いてくれぬかおしれぬが、少なくともお前の代に移り変わるまでには、彼は彼の生涯すべての仕事を終えるだろう」
その宣告は、ゴティア魔王子にとって将来設計が崩れる瞬間でもあった。
僕も話に聞いただけだが、魔国宰相ルキフ・フォカレといえば歴史的な名宰相で後世教科書に載ることが決定しているとまで言われている。
人魚宰相を務めるゾス・サイラおばさんにも匹敵するとか言われて、とにかく凄い人だ。
そんな人が傍らで補佐してくれるんなら王様になってもイージーゲームだろうに、それが阻まれるとなったら目の前真っ暗になろう。
「だからこそゴティアよ。お前の臣下はお前自身で選び出すのだ。ルキフ・フォカレやベルフェガミリアだけが人材ではない。魔国には数千万からなる魔族がいるのだ。その中にお前の助けとなる者が一人もいないと思ったか?」
「それは……!」
「その数千万人から己が助けとなる者を見つけ出し、磨き上げ信頼関係を築いていくことも王の才気だ。ゴティアよ、魔王としてそなたに命じる。将来自分の片腕となるべき者を選び出し、みずからの手で育て上げるのだ」
「みずからの手で……」
魔王子は戸惑うように視線を下げ、いったん時運の両手のひらを見詰めてから、視線を戻した。
「それは、今まで何の実績もない無役の者を、我が手で育て上げろ、と?」
「誰もが最初は何の実績もない。あと別に無役でなくてもいいが……。よいかゴティア、我が世代に仕える者たちはどうせお前より先に死ぬぞ。我から引き継いだ臣下が皆死に絶えた時、お前の周囲には誰が残る? 誰も残らないではダメなのだ」
なんかその時の様子が目に浮かぶ。
「ゆえにお前と同じが、お前より下の世代にも有能な者がいてくれなければ困るのだ。無論、見込みある者を我が見出すこともできる。しかしそれではお前から成長の機会を奪ってしまうことになる」
いずれゴティアくんが魔王となった時、自分で人を吟味して選び出さなければならないから。
「この試練を乗り越えよゴティア。その先にこそお前の魔王となれる未来がある」
「……承知しました! この魔王子ゴティア、将来の幹部を選び抜き、父上の期待に応えてみせます!」
立ち上がり、真っ直ぐ答えるゴティア魔王子。
その姿に魔王さんだけでなく、両脇の第一第二魔王妃も満足げな顔をした。
「ではジュニアくん」
「はいッ!?」
ここでついに僕に来る。
「ゴティアと共に幹部候補選びに参加するがいい」
「なんでッ!?」
「そなたも将来は農場国を背負って立つ身だ。臣下の見極め方をゴティアと共に学ぶもよし。自身によい経験になることは間違いないだろう」
そうでしょうね、お気遣いどうも!!
こうして僕はまたゴティア魔王子とタッグを組んで面倒ごとに挑むことになりましたとさ!!
* * *
「すまぬなジュニア殿、また巻き込む形になってしまって……」
いやいや、いいですよ。
魔王さんの言う通りいい経験になるのは間違いないでしょうから。
そういう経験をするために旅に出ているわけですしね。
「しかし我は、父上から指摘されて、我は虚を突かれた気分になった。何から何まで父上の言われる通りだとな」
まあ、たしかに。
ベルフェガミリアさんやルキフ・フォカレさんに続投してもらおうとしたのも、お父さんの政権をそのまま引き継ごうとしたこととか。
自分で自分だけの部下を見つけ出さないと人材枯渇するよ、とか。
「うむ、まさしくそうだ。父上からかけられた期待を裏切うらぬために。ともに全力で有望の人材を見つけ出そうぞ! なあジュニア殿!」
僕は完全に巻き込まれた形ですけどね!
「ふむしかし……、どうすれば有望の人材が見つかるのだろうか? 実績がない以上、能力も推測しようがないのだが。どう思うジュニア殿?」
そうだな……。
僕だってそんな人事の経験ないんだし『他当たってくださいよ』感全開なんだが……。
そうだ、かつてこんな話をどこかで聞いたことがある。
昔、どこかの国でやはり優秀な人材をかき集めたいとなった。
そのために一番無能な人材を採用したのだと。
「無能? 何故だ!?」
そうです、わけわかりませんよね。
種明かしはこうです。
『あんなヤツでも採用されるぐらいならオレだって受かるはず』そう考える人がどんどん応募してくるというカラクリですよ。
そうなれば我ら労さずして有用の人材がガッポリ集まってくるというわけです!
「なんと、そんな手が! さすがジュニア殿は様々な知恵を持ち合わせているな!」
いやまあ、色んな人から教えを受けているだけですよ!
というわけで求めるは無能な人!
無能な人を探しに行きましょう!
「心得た! MU・NO・U!! MU・NO・U!! MU・NO・U!!」
MU・NO・U!! MU・NO・U!!
うおおおおおおおおおおッ!!
駆け抜けろぉおおおおおおッ!!
……。
すぐに二人とも冷静になって、それは違うなと気づいた。
僕たちやっぱりまだまだ若かった。






