133 天駆ける
「ヴィール?」
我が農場に住みつくドラゴン、ヴィールではないか。
今は人間形態。
しかしなんでヴィールが舞台袖から出てくる?
今日はゾス・サイラの自信作お披露目会だぞ?
「グリンツェルドラゴンたるおれを支配するご主人様! お前が騎乗する生き物は特別でなければいかん! このおれのように!!」
まさかまたドラゴン形態になった自分に乗れとか言い出すんじゃないだろうなヴィールは?
お前は斑っ気がありすぎるから却下ということになっただろう?
「不安そうな顔をしているが聖者よ。そこは大丈夫だと言っておこう」
ゾス・サイラさんに言われても全然大丈夫じゃないんですか。
「海底にある我が研究所へ、このドラゴンが押しかけてきた時はさすがに死ぬかと思ったが、そちらの関係者ならば最初に言ってほしかった。本当に心臓に悪かったぞ」
海底にまで難なく到達できるんですか。
さすがドラゴン。
「生き物を掛け合わせてさらに強い生き物を作り出そうなど。最強生物のおれから見たら泣けるほどせせこましい。しかしご主人様のためとなれば、このおれも一肌脱いでやらんこともない!」
なんなんすか?
「ヴィール女史は、わらわの研究に協力を申し出てくださったのだ。わらわはそれを歓迎した。したらば、どうなったと思う?」
どうなったんすか?
「生み出されたのだ! ドラゴンの遺伝子を掛け合わされた、ドラゴンホムンクルス馬が!!」
「「「「えええぇーーーーッッ!?」」」」
と、もったいぶった紹介のあとにパッカパッカ現れた馬。
これが、最強生物ドラゴンの遺伝子を掛け合わされたホムンクルス馬だというのか?
字面からして最強感満杯なんですけども。
一見して普通の馬とまったく変わらない。先に公開された装甲馬のように際立った異様さもなければ、トリッキー馬のようにサイズのおかしさもない。
……ただ、目に見えない分のオーラとでも申しましょうか。
それが物凄い濃厚に溢れ出ておる。
目の色もなんか違うし、強者の佇まいというか、雰囲気だけで特別感をアピールしていやがる。
『強者は飾らぬ……』
えッ!? 何今の声!?
直接心に語りかけてきたかのような……!?
あっ、気のせい!?
俺が意味不明の混乱をきたしていると、ドラゴン馬の方から静かに接近してきた。
ヤツは既に鞍と轡を装着しており、人懐っこく鼻っ面を擦り付けてくる。俺へ。
「『乗れ』とでも言っているのか?」
実のところ乗馬経験など皆無の俺は、おっかなびっくり鐙に脚を掛けて騎乗する。
それと同時に馬は全速で駆けだした!
「うええええええええええええええええッッ!?」
速い! 速いって!!
飼い主に断りなくダッシュするな馬!
振り落とされるだろうが! ……って思ったがそうでもなかった。
馬自身が細心の注意をもって乗せてくれるため、俺は手綱を持っているだけで全然平気。
物凄いスピードで風を切って、農場の端から端までを何往復もしてしまった。
そして仕舞いには飛んだ。
「飛んだ!?」
空を飛びやがったこの馬。
俺を背に乗せたまま、空気に蹄を打ち付けてパッカパッカと天を駆ける。
「うひゃあああ……、飛んでるわねえ……!」
「ドラゴンの遺伝子を追加するだけであそこまで万能を得るとは。さすがドラゴンじゃのう……!」
地上から皆の声が!?
っていうかそろそろいいです! 降ろして! 高いところ怖い!!
やっと地上に戻ってきて人心地ついた。
そこでゾス・サイラからコメントを求められた。
「どうだった乗り心地は?」
「だからオーバースペックすぎるよねッ!?」
俺が欲しいのは、農場内のあちこちや山や海や洞窟に速く着ける移動手段としての馬なの!
誰が天空を支配する最強生物を欲した!?
過ぎたるは及ばざるがごとし!!
「こんな凄い生き物を貰っても持て余すだけだよ……! やっぱり馬は、魔国辺りからごく普通のを買い付けて……!」
「えッ、じゃあコイツらはどうなるのだ?」
今回お披露目になったドラゴン馬、トリッキー馬、装甲馬が揃って俺のことを見詰めてくる。
荷車に乗って売られていく仔牛のような可哀相な瞳で。
「どなどな……ッ!?」
僕らいらない子なの? 捨てられちゃうの?
的な目で俺を見るなッ!?
仕方ないだろう需要と供給が噛み合わないんだからッ!?
そりゃあ、お前たちは俺たちの都合で生み出されて、俺たちの都合で不必要と烙印を押されたら悲劇以外の何ものでもないが。
やめろ! 馬のクセに涙を溜めながら俺を見るな!!
俺が悪いのか!?
俺が悪者なのか!?
「わかったよ! 責任もって全員ウチで面倒を見るよ!!」
「「「やったー!」」」
ゾス・サイラやプラティ、ヴィールだけでなく、ホムンクルス馬の皆さんも一斉に歓喜した。
賢いな馬ども。
「ご主人様! この馬! ドラゴン馬はご主人様専用の愛馬な! おれの遺伝子が交ざった特製なんだから、ご主人様以外乗せちゃダメだぞ!!」
「わかったわかった」
そんなわけで我が農場に新たに馬の住民が加わることになった。
馬というかホムンクルス馬だけど。
余談になるが、俺専用の愛馬となったドラゴン馬の他に、先に紹介された装甲馬とトリッキー馬だが。
それぞれモンスター軍団の長たるオークボとゴブ吉が騎乗することになった。
オークボはただでさえオークの逞しい巨体で、その隆躯が重戦車みたいな装甲馬に跨ると迫力は圧倒的。
右手にマナメタル製の斧を持ち、左手に手綱を取る雄姿は、まさにレガトゥス(将軍)という厳かさで、部下オークたちの喝采を呼んだ。
さらにゾス・サイラがうっとりとした表情で眺めていた。
トリッキー馬は、合成の過程でそうなったらしくポニー並みの小躯で、同じく小柄のゴブ吉が乗るのにちょうどいい。
しかも異常な跳躍力で癖のあるトリッキー馬は、元々器用なゴブ吉以外に乗りこなせそうもなく、二者の相性は抜群だった。
森林とか入り組んだ山間とか、遮蔽物の多い場所だと立体軌道の高速移動をして、見る者の常識を拡大させた。
「……と、ところで聖者殿」
馬好きの魔王さんがソワソワしながら言った。
「聖者殿も乗馬を嗜まれるからには、稽古が必要だろう? どうかな? よろしければ我に教授させてくれまいか? 聖者殿に手ほどきするに並大抵の者ではいかんからな! 不肖我が魔王としての責任をもって……!」
同好の士を見つけたと期待してるなあ。
最後に。
せっかくの愛馬なので俺自身で名前を付けてあげることにした。
オークボ、ゴブ吉もそれぞれの愛馬に名前を考えてあげるようだが……。
俺の場合は、ドラゴン馬だからな。
ドラゴン馬に似合う名前……。
ドラゴン馬。
ドラゴン馬。
ドラゴン馬……!
よし決めた。
「サカモトで」
命名、サカモト。と呼ばれるようになったドラゴン馬だった。
* * *
後日の余談。
工房勤めのエルフたちが馬に乗っていた。
何の変哲もない普通の馬だ。
「キミたち? どこからそれを?」
その光景を見かけて俺はいささかショック。
問われて、エルフの乙女たち素直に答える。
「聖者様たちが乗馬してるのを見て、私たちも久々に馬駆けしたいなーって」
「森の中に住んでいる野生馬を捕まえて調教しました。エルフは森の民ですから、そういうの得意なんですよ」
と回答されて俺、即座に思った。
最初から彼女らに頼んでおけばよかった……! と。
そうすれば派手なこと面倒なこと一つもなかったのに……! と。
ゾス・サイラ謹製ホムンクルス馬と、エルフたちの捕まえてきた野生馬は、新造した厩舎で今は仲良く暮らしている。