1331 ジュニアの冒険:美の決闘
小一時間コッテリ絞られる少女エルフ。
その間手持ち無沙汰だったのでL4C様に勧められるまま緑茶を飲んで時間を潰した。
「よいお茶じゃろう! エルフ族が品種改良を進めて、特別な工法で葉に旨味を閉じ込めておる。ほれ湯に浸す前の葉が針のように細かろう。これがよい茶葉の証じゃ、覚えておくがよいぞハハハハハ!」
あ、ハイ。
一服したころようやく説教も終わり、エルロン宗匠から解放される少女エルフことエルクさん。
やつれた感じを見るとちゃんと堪えてはいる模様。
「なに、説教直後は恐れ入ったふりをしているが、また何かあれば感情のままに我がままに暴走する。同じ間違いを繰り返すヤツは、そうなるべき気質を持ち合わせているんだろう」
散々な言いようだが、エルクさんの納得しきってない表情を見るとあながち杞憂ではないと感じる。
「そこで、エルクにはちゃんとした大人エルフになってもらうためにも、特別な課題を受けてもらう。この聖者様のご子息ジュニア殿と勝負するんだ!」
あの話やっぱり進んでいたのか。
これから始まる厄介な状況を思って、思わず顔をしかめる。
「勝負?……ふ、いいですね、森の中から襲い来るエルフの恐ろしさを人族に知らしめてやりましょう」
舌舐めずりするエルクさん。
「エルクは森と同化して気配を完全に殺す。そこから正確無比の弓矢を繰り出す技はまさにサイレントキリング。いつどこから殺されるかわからぬ恐怖に振るえるがいい」
「ちがーう」
「あいてッ!?」
エルロン宗匠から振り下ろされるゲンコツ。
「まったく勝負と聞いたらすぐに血生臭い方に行く。エルフが獰猛な種族と思われるだろうが」
「実際そうではないかえ?」
ハイエルフの重みのある言葉。
「勝負とは、それぞれの陶芸を競う勝負だ。お前は私に憧れて陶工の技を学びにきたんだろう。それでは短いながらもこの地で学んできたことを、彼との勝負で発揮してみろ」
「勝負ということは……この人族もエルロン宗匠の技を使うということですか?」
「いかにも、彼を侮ると痛い目にあうぞ」
ちょいちょいちょいッ!?
何言ってるんですか。僕、お皿を焼いた経験なんて一度もないですよ!
未経験者に勝負をさせるとは!?
「異なことを仰いますわね。陶工は古来より、エルフ族固有の技芸として伝わってきたもの」
「別にそんなことはないが」
「それを人族風情が一朝一夕で真似られるとは思えません。エルロン宗匠、才能のないものに期待を寄せても空しいだけですわ」
と、あからさまに見下してくる態度。
彼女の言わんとすることもわからないではないが、ちょっと種族的優越感に浸りすぎではないか?
「エルフ以外に器が作れぬと誰が言ったエルク? 美意識に種族の差はない。アレを見ろ、ご子息の作った器はまこと創意に満ちているではないか」
と指し示す先に、僕の手掛けたアレがぁああああッ!?
無秩序に粘土から咲き乱れる花!
まだ片付けていなかったのか!?
「なんじゃとぉおおおおおおッ!?」
それを見て真っ先に唸り上げるのはL4C様
「なんという斬新な! 永遠に形をとどめる陶器に、花! 瞬く間に枯れ散りゆく花を用いるとは! その刹那さが一層引き立つではないか……! おお、よかっぺぇ……!」
感動されている。
この人たち何出しても感動するんじゃないか?
そう思ったが、そうでもない人もいるようだ。
例のエルフ少女エルクさんは、咲き誇った粘土を一瞥して……。
「……ふッ」
と鼻で笑った。
ああッ、なんかムカつく!!
エルロン宗匠みたいに手放しで褒め殺されるのも困るがあれはあれでムカつく!
「若いのう、この器のよさがわからんとは」
「それがアイツの視野の狭さでしょう。それを広げることも修行の一つです」
そして勝負が始まる。
僕とあのエルフ少女の、美を懸けたバトルが。
* * *
さて、僕の目の前には、再び粘土の塊が置かれる。
これを捏ねて、己の創意工夫がこもった器を創り出せ、ということだ。
そして、目の前の対戦相手にも同じものが置かれている。
エルフ少女・エルク。
エルロン宗匠に憧れて、陶工の道を志す彼女の腕前は……。
……実際のところどうなんですか?
「努力家であることはたしかだな。言われたことは何でもひたむきにこなす。みずから望んできただけあって精力的だ。頑張った分だけ技術を身に着けてきた。私の教え子の中では一番だろうな。間違いなく」
意外と優等生!?
「優等生……そうだな、あの子を指してもっとも似合う言葉がそれだろう。しかし、美しいものを作ることに優等生は関係ない」
「この勝負が、あの子にそのことを気づかせてくれるきっかけになればいいがのう」
さもわけ知った顔で言うな大人!
気づかせたいなら、その役目を僕にもってくるな、こっちだって子どもだぞ!
そんな年長者の気遣いも知ってか知らずか、エルクさんは不敵な顔で……。
「ふっふっふ……人族ごときがエルフの領域に踏み込むなんて生意気が過ぎるわね。アナタの美的感覚など数千光年かけてもエルフに届かないことを見せてあげるわ!」
「いい感じにいい気になっとるのう」「あの鼻っ柱がぽっきり折れてくれるといいんですが」
お茶をすすりながら、既に観戦モードのエルロン宗匠とL4C様。
「さあ勝負開始だ! 各々、思う渾身の作を私の前に見せてくれ! その出来栄えによって勝敗を決する!」
「面白そうだからわらわも参加するぞー、審査員として」
とりあえずゴングは鳴った。。
勝負するからには僕も全力でぶつかるぞ。こちとらまだまだ血の気の多い十代だからな。
そして相手もそんなナイフみたいに尖って触るもの皆傷つけそうな世代。
「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃッ!!」
何という速い手つき!?
残像で手がいくつも増えて見える!?
そんな俊敏さなのに粘土を正確に捏ね上げ、思う通りの形に仕上げてくる!
たしかに優等生という評価は本物のようだ。
このスピードであればすぐに作品は完成するだろう。
……対するに、僕はどうだ?
そもそも構想が上がってこない。
そりゃ素人なんだから、そうだろうけれども。
成り行きで勝負とかなってしまったけれども、そもそも僕はこのエルフの森に、美的感覚を習うためにやって来た。
美とは何か?
あんまり意識したことはない。
しかし、各々が思う『美しい』は心の奥底で眠っているはずだ。
その記憶を呼び起こせぇええええええッ!
* * *
数日経過。
さすがに捏ねてから焼き上げるまでを一工程で勝負にするの無理がありませんか?
「完成! これが私の作品です! 見てください!」
と差し出された、たしかによい出来だった。
よい出来ではあったが……。
「これは……!?」
エルロン宗匠とL4C様、揃ってなんか渋い表情になる。
「私の作品と似てないか?」
「似てるというか、そのものじゃのう」
エルクさんの焼き上げたお皿は、エルロンさんが過去に作ったモノとまったく同一だったそうな。
優等生としての彼女の腕前が光る。
「いやホントに、本当に技術はいいんだけども。創意ゼロというのがなんともなあ」
「何故です!? 私はエルロン宗匠に憧れて、その技を完璧に真似られるようになりました! これは凄いことでは!?」
「凄いは凄いが……、方向性がな、うーん」
エルロン宗匠としても『求めていたのはこれじゃない』という思いと『これはこれで凄い』という思いがケンカして難儀そうだ。
あえて言うなら贋作の天才か。
ああいうのが市場に出回ったら売り手買い手も大変なんだろうな。
何とも微妙な顔になっている審査員たちへ、続いて僕の作品が披露される。