1329 ジュニアの冒険:泥中の百花繚乱
……花が、咲いた。
土から。
いやいやいやいやいやいや、その言い方ではさも自然な現象のように捉えられてしまう。
そうじゃない。
何が異常かって言うと、その土が捏ねてる途中の粘土って言うことだ。
鉢にすら収まらず、剥き出しの土の塊から様々な花が咲くのは、何らかの前衛芸術のようだ。
ポピー、バラ、コスモス、ヒヤシンス、カスミソウ、ダリア、ブルースター。
なんでこんなに種類豊かな花が咲き乱れてんの?
「これは……これがご子息の自己表現ということか……!?」
違います。
感動してないで事実を受け止めてエルロン宗匠。
「私も、これまで数々の後進を見てきたが、ここまで独自性に満ち溢れた作品は見たことがない!」
でしょうね!
だってこれは考えた末での表現手法ではなくまさかの事故。
我が能力『究極の担い手』による、いわば暴走だ。
そうでなきゃ粘土から芽吹いて花咲くなんてありえるか。
種を植え付けることすらしてないんだぞ。
恐らくは手にしたものの潜在能力を限界以上まで引き上げる『究極の担い手』が、“土”のポテンシャルを爆上げさせて草花を芽吹かせたんだと思う。
その根源となる種がなくても芽吹かせるところが『究極の担い手』の恐ろしいところだ。
さすがは、元をたどれば造形神ヘパイストスが腕によりをかけた神の贈り物……ギフトだ。
「花はいい……、この色鮮やかさが見る者の心を華やがせてくれる。花だけに……」
あの、感動ばかりしていないで……。
「しかしご子息、この作品には致命的な欠点があるぞ!」
なんでしょう?
むしろ僕には欠点しかないようにしか見えませんが。
「この作品を窯に入れて焼けば、花はすべて焼き尽くされてしまう! 植物は数千度の炎には耐えられないんだ。儚さも花の魅力とは言え、この美しさを窯の外へ持ち出せないとは……悩ましい」
だから悩まないでくださいって。
偶然の産物が、ここまで天才芸術家を没頭させてしまうなんて。面映ゆいやら居心地悪いやら。
この僕渾身の迷作を、一体どのように扱えばいいのやら。
そもそもこの粘土から生えた花たちこのままにしておけるのか? 水やりはどうしたらいいんだ? 粘土だから水吸う? あるいは溶ける?
「長時間保つことのできない刹那の美。花の儚さ。これがこの作品のテーマというわけか……!」
「エルロン宗匠!」
おっと、ここで聞き覚えのない新たな声が。
新キャラ登場か?
「ここにおられたんですね宗匠! 新作の構想ですか!? ご自身の創作に耽りたいのはわかりますが、我々若輩のご指導もお願いします!!」
って言うのは誰?
見たところエルフだな。背格好からして随分歳若そうだ。
少なくともエルロン宗匠よりは年下。
「エルク・エル・トリエルか。今私は忙しいんでお前らは自習な」
「そんな! 今日は直々に宗匠に作品を見てもらえる日だと聞いていましたのに!」
気ままな教師!
やめてください、教えを乞う若者を芸術家の気分で振り回さないで!
「いや別に気まぐれというわけではなくて……、今日は大切な客人を応対しているから手が離せないんだ。というわけで急遽予定変更。お前ら自習な」
「それが納得できないんです! 私たちは今日のために渾身の傑作を用意してきたのに! それを無視するほど重要な事態があるというのですか!?……客人? そんな者が何処に……!?」
エルフのお嬢さんが探るかのようにキョロキョロ見渡す。
そしてこちらとバッチリ目が合った。
「人族!?」
あ、ハイ。人間です。
正確には人魚族と異世界人のハーフです。
「宗匠! まさか人間なんかのために我々の授業をブッチしたんですか!? それはあんまりです! 同族より異種族を優先するんですか!?」
「いや、今はそんな時代じゃないし……」
「人族は、かつて我らエルフを滅ぼしかけた怨敵です! 話すことすら汚らわしいのに! 目を覚ましてください宗匠!」
散々な言われよう。
たしかに過去の経緯から、エルフ族が人族にわだかまりを持つことは仕方ないが……。
「やい人族!」
はい、僕ですか。
ついに僕へ直接当たってきた。
「このエルロン宗匠は、エルフの英雄! その類まれなる才能で世界的評価を得て、魔族や人魚族からも尊敬されている! 彼女の生みだすものは美の象徴、エルロン宗匠の手で形を与えられ、命を吹き込まれる、その所業はまさしく神のごとし! そんなエルロン宗匠をあえて呼ぶなら人間国宝……いえ、エルフ国宝と呼ぶべき貴い御方なのよ!」
とりあえずこの少女エルフが、エルロン宗匠に心酔していることはわかった。
しかも凄まじい域で。
あまりに過剰に誉めそやして、さすがのエルロン宗匠も耐えかねて直視できずにいる。
……いや、目を逸らしていたかに見えたエルロン宗匠の視線の先には、例の僕謹製・花塗れ粘土があった。
「命を吹き込む……」
いやまあ。
たしかになんの命もないところから花が芽吹いているけどさ。
そういう意味で言ったんじゃないんちゃう?
「そんなエルロン宗匠に、アナタのような人族が近づくだけでもおこがましいのよ! 分際を弁えたらエルフの森から出て行ってちょうだい! そもそもなんで人族がエルフの森に立ち入っているのよ! そうだ、エルエルエルエルシー様に報告して駆逐してもらえばいいんだわ! ずわりゃあああああ!!」
なんか早口でまくし立てたと思ったら、思いつくままに駆け去ってしまった。
嵐のようだな。
「すまないご子息……我が同族が」
いえいえお気になさらず。
人族が、エルフに迷惑をかけてきたのは事実でしょうし。そのイザコザがそう簡単に消えないのはわかります。
「ご子息はお若いのに、ヒトの気持ちをよく汲んでくれる……。しかし今回はどう考えてもお門違いだ。ご子息は農場生まれの聖者様の息子で、人間国とは旧体制とも新体制とも関係ない」
はい、たしかにそうです。
「それに、あのエルク・エル・トリエルは若い世代のエルフ。アイツが物心ついたころにはとっくに人魔戦争も終わり、エルフの森も復興し始めていたはずだ。そんなヤツが人族への恨みを語るなど。実際に森を追われた私からすれば烏滸がましい」
おおう、エルロンさんから苦み走ったオーラが……!
えっと、そのエル……何だっけ?
「エルク・エル・トリエルだな。我らエルフ族にとって神聖なる“エル”の号を三つ持ち合わせていることからもわかる通り、けっこういいとこのお嬢様だ。たしかエルフ王の親戚筋だとか言うのが、私直々の教えを乞うために派遣されてきたといったところだ。つまりコネだな」
とりあえず名前長いから縮めてエルクさんとしておこう。
やはりエルロン宗匠のお弟子さんということで間違いないか。
「私もこちらに移住してきて数十人の弟子を持つようになったが……、アイツだけは押しが強くてなんとも手に余る。農場学校の教壇にも立って指導には自信があるつもりだったが……、どうにもな」
エルロン宗匠が頭を抱えていた。
図太いことで有名なエルロンさんがここまで憔悴するとは……あのエルクさんとやら恐るべし。
「アイツの暴走もそろそろ目に余るほどになってきたんだが、挙句の果てにご子息に対して上等かますとはな……。一体どうしたものか……あッ」
今の『あッ』何?
ひらめきの合図? 何故かその瞬間、僕に悪寒が走ったんですが。
「いいことを思いついたぞ! ご子息、あのエルク・エル・トリエルと勝負してみないか!?」
勝負とは……!
一応聞きますが、殴り合ったり斬り合ったりの勝負ではないですよね?
「当然だ、そんなことになったらあの小娘がご子息に敵うわけないだろう。一瞬のうちに薙ぎ払われるわ」
そこまで?
「それともご子息は、そんな弱い者いじめがしたいのか?」
そんなまさか。
父さんからは『何があっても弱者を虐げるような人間にはなるなよ。吐き気を催す邪悪とは、無知なる者を利用することだぞ』と言われている。
さらに母さんからは『何でも自分の思い通りになると思ってるヤツを、圧倒的戦力差で蹂躙するのが爽快よね』とも言われている。
『もちろん勝負の方式は、陶工勝負だ! 人族の中に自分以上の職人がいると知れればあのアホも認識を改めるだろう。ご子息も陶工の経験が詰めて一石二鳥! 我ながら名案だ!』
問題児の矯正をこっちに押し付けてないですか!?
ここでもまた厄介事に巻き込まれる僕!






