132 ホムンクルス馬品評会
そして約一ヶ月後。
ついにゾス・サイラからホムンクルス馬完成の報せが届いた。
「魔法によって創造された合成馬か……!?」
魔王さんが釈然としない表情で唸っていた。
っていうかアナタ、一ヶ月の間を置いて再びやってきたんですか。
「我が愛馬ブラックフレイム号の……、その、……精を用いて生み出された魔法生物。馬主として見届ける義務があるのでな」
「ウソです。この人、馬なら何でも興味を抑えられないだけです」
隣で言うアスタレスさんが、完全に夫の趣味を理解できない妻の表情だった。
ちなみにだが、既にご懐妊中という彼女はそろそろお腹が目立ち始めている。
「観客は勢揃いのようだな。殊勝な心掛けだ」
と今回の実行犯たるゾス・サイラが出てきた。
主犯はプラティ。
「本日は、わらわが傑作のお披露目にご参列いただき大儀であった。凡人ごときが我が神業を目の当たりにできる幸福を噛みしめて帰ってくれ」
「偉そうだー」
「偉そうよー。何様だと思ってんのー?」
俺やプラティからのブーイングを無視してゾス・サイラは進める。
「では実物をお披露目する前に、ホムンクルスの基本的な製造理論を説明しておこう」
「出たー。蘊蓄好きー」
「そんなゴチャゴチャ煩雑な工程こっちは望んじゃいないのよー。結果さえ示してくれればいいのよー」
俺たちも調子に乗ってブーイングを続ける。
「黙れ。理屈がわかっていた方が、わらわの凄さを実感できるであろうが。……さて、根源的な話からするが、まずホムンクルスとは何か?」
科学者っぽい、実にもったいぶった喋り調だ。
「ホムンクルスとは、薬学魔法で創造する疑似生命のことだ。ある意味、ダンジョン内のマナ凝縮で生まれるモンスターと同じものだと言える」
「その説明は前にも聞いたな」
「ただし、いまだ解明されていない自然の法則で生まれるモンスターと違い、ホムンクルスにはゼロから生み出す拠り所がない。生命の設計図というべき情報が存在しない。聖者はそれを指して遺伝子と呼んでいたが……」
なのでゾス・サイラは、既存の生物から遺伝子を採取し、それを基に人工生命を作り出す。
さらに二種類以上の遺伝子を使用。各自の長所を上手く組み合わせてより強力な生命体を創造する研究も進められている。
……とゾス・サイラはくどくど語った。
「そうでなければ、わざわざ魔法で生命を作り出すメリットがないからな」
「これからお披露目するホムンクルス馬も、二種類以上の生命が掛け合わされてるってこと?」
「その通り。魔王より提供してもらった名馬の遺伝子を主体に、様々な他生命の遺伝子を追加してより強力な個体に仕上げた。……では」
ニヤリと笑うゾス・サイラ。
「細かい話は抜きにして早速紹介させてもらおうか! わらわの傑作たちを!」
今まででも充分細かいよ、くどいよ。
……?
傑作、たち?
「作品番号一番! 装甲ホムンクルス馬だ!!」
合図と共に舞台袖から、パッカパッカと蹄を鳴らして一頭の馬が出てきた。
……いや待て。
舞台袖!?
こんな発表会にどんだけ豪勢な舞台装置作ってるの。
そして肝心の、ついに現れたホムンクルス馬……!
装甲馬!?
何あれ体中が甲冑みたいなので覆われているんですけど!?
馬用の鎧みたいなのを着せてるんじゃなくて、素でああなの!?
「本作は、名馬の遺伝子にディニクティスという魚モンスターの遺伝子を組み合わせたものだ」
「ディニクティスは体中が硬い甲殻で覆われた魚モンスターで、その特性を引き継いだのね」
とプラティが冷静に解説してくれるが……!?
「甲殻をまとうディニクティスの防御力は、海棲モンスターで随一とされている。その堅牢さを継承した装甲馬は、いかなる攻撃も受け付けぬだろう」
想像してみる。
敵味方入り乱れる戦場。
雨のごとく降り注ぐ弓矢、屹立する槍衾。
それら数え切れぬ鋭利と正面からぶつかり合いながら、一つの掠り傷も受けることなく縦横無尽に駆け抜ける騎馬。
体を覆う天然の甲冑が、あらゆる攻撃を遮断する!
「って、違う!!」
違うよ!!
俺が欲しいのは農場内外を手早く移動するための移動手段なの! 平和的利用なの!
誰が戦国無双したいと言ったか!?
「戦闘力不要! 攻撃力などいりません! 防御力も必要最低限で充分!!」
「えー?」
俺の抗議に、ゾス・サイラは不満そうだった。
「凄い……! 何と言う斬新な……!?」
その隣で魔王さんが感動しておられた。
「装甲馬はお気に召さなかったか。……仕方ない。では作品番号二番を紹介しよう。トリッキーホムンクルス馬だ!!」
トリッキー!?
響きからして不安満載な!?
また舞台袖から登場した馬は、しかし見かけは先の装甲馬より普通だった。
素人目からでもわかる特徴と言えば、体が小さいこと。
馬どころかポニー程度の大きさで、遺伝的父親に当たる巨馬ブラックフレイムの面影がまったく消えていた。
「この馬には、一体どんな特徴が……!?」
「フフフ……! 見るがいい!」
ゾス・サイラがその新しい馬を撫でると、その表面がプルンと揺れた。
まるでプリンかゼリーのような質感。哺乳類の体のそれとはとても思えない。
「ヒィーッ!? 何それ!?」
「気持ち悪いなッ!?」
俺も魔王さんも揃って困惑した。
「作品第二号、トリッキー馬に掛け合わされた遺伝子は、タコ型モンスター、スプリングテンタクルのものだ! 体中がバネの強い筋肉で構成されたタコでな。その筋力で縦横無尽に跳ね回る動きは、まさにトリッキー!」
実演せよとばかりに解き放たれたトリッキー馬は、まさしくバネのように跳躍。
馬というか……、ウサギ? カエル? いやバッタか!? と言わんばかりの飛びっぷりだった。
それどころか……!
「うわーッ!? 建物の壁にくっついた!?」
「遺伝子元であるスプリングテンタクルから吸盤も継承していてな。タコだから。ああいう平らな部分にもくっつくことができる」
そして壁を蹴って真横にジャンプ。
立体軌道だ!
その動きはまさしくトリッキーで、捕まえようとしても捕まえられる気がしない!
「だから違うって!!」
俺が欲しいのは、ごく穏当で当たり障りのない移動手段なの! 過ぎたるは及ばざるがごとしな超能力なんて必要ないの!!
「この馬が実戦投入されれば……、実に変幻自在な奇襲部隊が編成できて……!」
魔王さん夢を膨らませないで!
アナタ人間国滅ぼしたばかりでしょう! これ以上何処と戦うっていうの!?
「なんだ……、これもダメなのか。理想が高いな聖者は」
「アナタの構想が高水準すぎるんですよ!!」
お互いの目指すところがまったく噛み合っていない!
「とは言っても、実は計算の内だがな。次に紹介する作品番号三番こそ、聖者のおぬしを乗せるために製造したものじゃ!!」
ええー?
じゃあ前二頭は何だったの……!?
何やら自信たっぷりの前説明を受けて、現れた三頭目の馬は……。
「待たせたなご主人様!」
何故かヴィールが出てきた。