1326 ジュニアの冒険:下山
こんにちは、僕ジュニア。
ただいま絶賛、神の世界を彷徨い中。
しかし先ほどのヘパイストス神との面談はかなりしんどかった。
これまで出会ってきた中でも一番、神らしい神と言えばそうなんだが……。
『え? 私もけっこうちゃんと神様でしょう?』
隣でなんか囀っているヘルメス神は放置しておくとして。
ちなみにヘパイストス神はこれからRG1/144スケール限定ハイパーモードゴッ○ガンダムの作製に入るということで自室にこもった。
さて!
そろそろ僕を下界に帰してはくださいませんでしょうか!?
天界恐ろしいところ!
ここ数時間の訪問で嫌と言うほどそれが実感できた。
僕のまだまだけっして豊かではない人生の中でも最高に危険ポイントだここ!
火山か? 魔界か? 天界かッッ!?
っていうぐらいに恐ろしい。
なのでもう一刻も早く帰還したいです。
これは僕に備わった危機察知本能によるものと言っても過言ではない!!
『えー? これから天界神総出による歓迎パーティが予定されているのにぃ?』
と心底残念そうなヘルメス神。
しかし僕も心底危険を感じておりますので。
『出しものとかも決めて皆で一生懸命練習したんだよ。題材は「実録! ゼウスの浮気遍歴!」という即興劇』
確実にR18認定くらう題目やめろ!
ノクターン送りにされちまうだろうが!
大体、あっちじゃまだアポロン神とハデス&ポセイドスが揉めているんじゃないでしょうか?
嫌ですよ、あんな渦中に再び飛び込むなんて……!
できればこのまま静かにフェードアウトしたい。
『あっちの揉め事なら大丈夫よ』
と投げ込むように言ってくるのは誰!?
一瞬驚き警戒したものの、その声の主は女神アルテミスだった。
なーんだ、驚かせないでくださいよ。
『そのリアクションからしてムカつかせるんだけど……! こちとら神様なのよ、顕現すれば泣いて欣喜雀躍するべき慶事なのよ。それをこのガキャあ、もうお腹いっぱいと言わんばかりに……!!』
『まあまあ、仕方ないじゃん、農場ではそれこそ日常茶飯事なんだから……!』
そうなんです。
生まれた時から農場で育ってきた僕の感覚からしたら『神? また?』ってな感じなんでどうかご理解いただきたい。
『それに農場育ちのジュニアくんからしたら、ティターン神族のクロノスおじいさんとか、他世界の主神たちとかの激レア神まで目撃経験があるんだから、今更オリュンポスの女神ぐらいじゃ……ねえ……?』
『ヒトのことノーマル扱いしないでくれるッ!?』
いやいや、別にアルテミスさんはコモンカードじゃありませんよ。
お綺麗ですし、会えたらきっとその日一日はハッピーですよ。
『一生の誉れにしなさいよ失礼ねッ!』
『おい女神、せっかく向こうがお世辞言ってくれてるんだから』
別にお世辞でもないですけれども。
それより問題のアポロン神vsハデス神vsポセイドス神の争いはどうなったんですか?
『そりゃあもう、とっくにアポロンの阿呆が伯父様二神にとっちめられて試合終了したわよ。決め手はツープラトンパワーボム』
『また古式ゆかしい連携技を……』
さすれば、ひとまずアポロン神の暴走は食い止められた、ということかな。
一安心だ。
それとは別に僕は疾風のごとく辞去しますけれど。
『待ちなさい』
しかし、そんな僕の肩をガッチリ掴んで放すまいとするアルテミス神。
あれ? 素直に帰してくれない?
まだ何か?
『このまま帰して、天界神に関する誤解を与えたままにするのは潔しとしないだけよ』
いや……誤解ではなく概ね真実を捉えていると思いますが。
『そうそう、知恵の神にしてエメラルドタブレットの著者であるこのヘルメス神も真実をそう捉える』
『煩いわねトリックスターは黙ってなさい』
『だからそれ風評被害!!』
ヘルメス神が仲裁に入るたび悲しいことになっている。
『私は女神アルテミス。深緑なる森にを守護する神にして狩猟の恵みを司る神。私に祈る者は、必中なる弓矢の腕前と山ほどの猟果を約束されるであろう』
なんで急な自己紹介?
『……というように本来天の神々も人を守護し、信じる者に相応の恵みを与えるもの。それを無視して天界神なら無制限に災いをもたらすなんて先入観を持って帰られるのは実に心外だわ。そうしたイメージの大半はゼウスお父様が引き起こしたものであるでしょうけれど』
『たしかに、一部の悪神のせいで善良な私たちまで同類扱いされるのは迷惑だよねー』
『ヘルメスが言うと何とも腑に落ちない心地になってしまうのだけれど』
『何でよ! 私はゼウス父上とロキとから二重に不評被害を受けてるよ!』
つまり……アルテミス神は何が言いたいんだろう?
『ゆえに私が、天界神を代表して模範的な神の振る舞いをしてあげましょうということよ。アナタにこれを授けましょう』
と差し出されてきたのは弓。
狩猟の神アルテミスに相応しいアイテムではあると思うが。
『この弓は狩猟女神たる私の神威がこもった弓。相応しい使い手が引けば、放たれた矢は百里離れた標的にも当てることができる。その威力は城壁をも崩すことができるでしょう』
『ビームライフルか何か?』
『神々の間には“さらなるものを与えてはならない”という掟があるわ。アナタに贈り物がなされていない現状。アナタやその父である聖者の気を惹くために、あらゆる贈り物をしようと神々は画策するでしょう。そんな佞神が袖の下に忍ばせるもの、思わぬ毒が紛れ込まれていなければいいけれど』
うーん、凄く近くにどこかで聞いた話。
『それを防ぐためにも、そのたった一つのプレゼント権、早々に使ってしまった方がいいわ。私の贈り物は人間たちにとっては想像を絶する奇跡だろうけれど。それでも神々から見れば、そこまで大層な奇跡ではないわ。この程度で妥協しておくのが結局、アナタにとって一番いい状況だと思うのだけれど……』
…………。
どうしよう、これ。
どう考えてももう既にヘパイストス神の下でした決断と同じものなんだけれど。
つまりこれはもう解決した問題。
それを指摘するなんて、大分強い心を持っていないと無理! そして僕にそこまでの心の強さはない!
くそう、ヘパイストス神からの試練を何とか切り抜けた直後だというのにまたぞろ巨大な試練を課されようとは!
『アルテミスちゃんよ、そのくだり、もうやったよ』
『え?』
いたぁああああああああッッ!
これほどの心の強さを持ち合わせている人、いたぁあああああッ!
人じゃなくて神だが。
『なんのためにヘパイストス兄さんのところまで連れてったと思ってるの? その程度の危惧は対策済みさ。既にジュニアくんは、ヘパイストス兄さんから何の変哲もない腕輪を渡されて神々からのプレゼント権を消失してるよ』
『はあッ!? もらうにしても何の効力もないもの渡す!? メリットなしじゃない! アナタも少しは欲張りなさいよ!!』
何故か矛先がこっちに向いてきた。
そんな非難されましても。
「あの……それを言ったらアルテミス様から提示された弓もですが」
『ああ!? 私の神弓こそいいものでしょうよ! 気の利かないヘパイストスなんかと一緒にしないで!』
そうは言いますが……。
いいですか、僕には父さんから受け継いだ『究極の担い手』というものがありまして……。
手にしたものの性能を100%以上引き出すこの能力にかかれば、その辺で拾ったボロ弓だって同程度の性能は出せるんですけれど……?
『ガガガガガガーーンッ!?』
『ジュニアくん……その事実をハッキリ告げられるだけでも充分キミ心が強いよ』
そうだろうか?
僕自身としては小ネズミのごとき小さな心臓のつもりですが。
『要するにアルテミスちゃんの神権ではヘパイストス兄さんの傑作に及びもしないということだね。かーいごーかん、かーいごかーん』
『うるせぇえええええッ!!』
『へぶぁッ!?』
容赦なく弓矢を放ってくるアルテミス神。
まあ煽ってくるヘルメス神もかなりどうかと思ったけれど。
『ああ、わかったわよ! この女神からの気遣いなんて余計なお世話だってことがね! フンだ! どうせ直系神族であるヘパイストスの方がずっと上手の神よ!』
『まあ、そんなに拗ねないで……』
そうですよ。
さしあたってこの天界を去るのに、アルテミス様のお力を貸してほしいっす。
なんてったって、天界からの出口は吹雪吹き荒れる高山寒帯気候のオリュンポス山。
何の対策も立てずに出たらまた凍死しかねない。
そういうわけで行きに僕を導いてくれたアルタミス様、帰りもその神助をプリーズ!
『……ああ? そんなの域より遥かに簡単じゃない』
と、言いますと?
『いいこと、山の行きは登りなら、帰りは下りってことなのよ。下から上へ、上から下へ、この二つに決定的な違いがあるでしょう、つまり……』
アルテミス神が矢をクルリと振った。まるで魔法のステッキを振るように。
すると僕の身体に浮遊感が伴い……ああッ、足元がポッカリ空いて、眼下に地上の細かな景色がぁあああああああッ!?
『そう、天界から地上に帰るときは、ただ落下するだけでいいのよ』
『ジュニアくん、まったねー』
うわぁあああああああああああああああああッ!?
これなら極寒のオリュンポス山を経由せずに地上へ直送ってかあああッ!?
直接的過ぎるぁあああああッ!?






