1323 ジュニアの冒険:聖者誕生秘話
えええええええええええええええええええッ!?
驚く僕。
父さんの能力『至高の担い手』がヘパイストス神から与えられたものだったなんて。
全然知らなかった。
初めて聞いた。
『聖者くんは己のギフトについて語ることはほとんどないからね。神の秘密に関わることを明かして世界に混乱が巻き起こることを避けたんだろう』
『あと「切り札は先に見せるな」「見せるならさらに奥の手を持て」的な中二風考えもあったようなんだな』
ヘルメス神ヘパイストス神がそれぞれ言う。
父さんが農場を発展させてきたのも、『至高の担い手』に助けられるところが大きい。
それを考えると、農場の始まりにはこのヘパイストス神が必要不可欠だということになる。
『ヘパイストス兄さんが「農場あれ」って言ったようなものだよね』
『そんな大したことでもないんだな。農場を築き上げたのは聖者くんとその仲間の頑張りの結果なんだな』
誇ることも驕ることもない様子でヘパイストス神は言った。
この落ち着いて人当たりのよい態度。やっぱり神々の中でも一際よい御方のように見えるんだが。
『それでも聖者くんは、何年経っても感謝を忘れずに毎日の祈りを欠かさず、お供え物も欠かさないんだな。ほら、こんな風に……』
ヘパイストス神の傍らにあるテーブルに、ヒュンと突然何かが現れた。
あれは……?
……おむすび!?
凄く見覚えがある。間違いなくあれは父さんが握ったおむすびだ。
父さんはあのおむすびを毎日のように、ヘパイストス神がまつられた神棚にお供えしていた。
お供えした瞬間にシュンと消えていくから不思議だなぁと思っていたが、こうやって神の下に届いていたのか。
『いただきます、なんだな。うめうめ……!』
届いたばかりのおむすびを美味しそうに頬張るヘパイストス神。
『こうして聖者くんがおむすびを贈ってくれるから。ボクはいつでもお腹いっぱいなんだな』
『こんなに至れり尽くせりなら、地上に降りる必要もないよね』
たしかに、神々が農場にやってくるのは大体メシをタカりにくるのが目的だからな。
しかしこのヘパイストス神だけは父さんの方から進んでご飯を捧げるのでタカりにくる必要もない。
この点だけ見てもヘパイストス神と他の神々の圧倒的違いを見せつけられる気分だ。
「でも、ヘパイストス神様はどうして父さんにそんな大層なものを与えてくれたんですか?」
それだけ父さんの資質や人柄が、神様から見てもズバ抜けたものだったとか?
神からも認められる男、さすが父さん!
『それを説明するためには、かつて地上で起きていた戦争の話からしないといけないんだな』
は? 戦争?
以下ヘパイストス神とヘルメス神からかわるがわる説明されたこと。
今より二十年ほど前、地上では人族と魔族との戦争が繰り広げていた。
いわゆる人魔戦争だ。
戦争に勝つため人族は、天界神より与えられた禁じられし魔法を使った。
異世界召喚。
こことは別の世界から次元を超えて人を呼び出し、勇者として戦わせる。
そうやって何人もの異世界人が召喚されてきたが、その一人に糸波紀男という男性がいた。
その彼こそが、のちの聖者……。
「父さん……!?」
『何故わざわざ異世界から召喚したかというと、我々神に課せられたルールの裏をかくためさ』
ルールの裏。
神々は、人に力を与えることができるが現在それは大っぴらにできなくなっている。
かつて力を与えられすぎた人間がいて、ソイツによって世界のバランスが乱されたからだそうだ。
同じ間違いを繰り返さないために、神々はこの世界の人々に力を与えることを禁じた。何かよっぽど重大な理由でもない限り。
『そんなルールの裏を突いたのが我が父ゼウスであり、我らが異母姉妹アテナだ。ヤツらはこう考えた、……この世界の人間がダメなら、余所の世界から連れ来た人間ならばOKだろう、と』
そうした悪知恵の末に人族に与えられた魔法が異世界召喚術。
召喚者はこの世界にやってくる際、神から力を与えられる。その力で魔族との戦争を優位に進めようと。
人族が勝って、地上を天界神のものにしようとしていたのだ。
『召喚者に力を与える役目はアテナが担った。異世界召喚の立案者がアイツだったし、それにヤツ自身、自分の力を分け与えられた者たちが敵を蹂躙していく様を見たかったんだろう。ナルシストでサディストだからな、あの女は』
そのアテナって言うのが悪者なんですね!?
でも今日の集まりには参加していなかったような?
『アイツは異界の邪神に取り込まれて以来行方不明なんで』
今の世界が平和である理由の一端がここにあった。
そんなアテナだが、たった一度だけ職務を放棄したことがある。
自分がやると言い出した異世界召喚者へ力を与える作業を別の者に代行させ。
アテナの手を経ることのなかった異世界召喚者が、たった一人だけいるということだ。
「それがまさか……!?」
『そう、キミのお父さん……、聖者くんだ。そしてその聖者くんに力を与えたのが、このヘパイストス兄さんだ』
アテナが職務を放棄し、その代役を務めたのがヘパイストス神だった。
そのヘパイストス神が父さんに与えた力こそが『至高の担い手』。
『アテナが人に与える力はスキルと言われた。当人が鍛えて磨く力とはまた別物。ある意味で魔法に近い技能だ』
戦時、そうしたスキル持ちの勇者は戦場に溢れ、敵対する魔族を追い詰めたという。
でも魔族だってしっかり押し返したとのこと。
『ヘパイストス兄さんが聖者くんに与えた『至高の担い手』は、スキルとは完全に次元を画すもの。完全超越した文字通りの至高の力だ。そのためスキルとはまったく異なりギフトと呼び分けられた』
ギフト『至高の担い手』。
それこそ父さんが異世界に来て、手にしたもの。
『当然だよね。造形神であるヘパイストス兄さんが創り出したものならアテナのスキルなんてぶっちぎって当然さ。“つくる”ことにかけてヘパイストス兄さんは最高無敵の神だ。何しろヘパイストス兄さんの作品なら神殺しだって容易なんだからね!』
それはそれで怖いんですが。
こうして、のちに聖者となる父さんに、造形神ヘパイストスの傑作ギフトが合わさった。
それが、この世界を変える大きな契機となる。
『聖者くんは「至高の担い手」を適切に運用し、この世界をよくしていった。戦争を終わらせ、次々と新しい文化文明をもたらしてくれた。典型的なマレビトの振る舞いだね』
マレビトとは……?
『神界の問題であるゼウスとアテナも何とかできたし、ここまで劇的に世界を平和にできたのは聖者くんとヘパイストス兄さんという最高の組み合わせが成り立ったお陰だ。まさにマリアージュというヤツだね』
マリアージュとは……?
『それだけ縁深い存在であるヘパイストス兄さんだからジュニアくんにも引き合わせないとと思ってね。キミに宿った「究極の担い手」もギフトの一種でもあるだろうし』
『いや、違うんだな』
『へ?』
ヘパイストス神が言った、おむすびをもくもく食べながら。
『聖者くんの「至高の担い手」はたしかにボクがプレゼントしたものなんだな。それが聖者くんの中で定着し、子どもに受け継がれるまでになった。本来スキルもギフトも遺伝するものじゃないんだな』
『たしかにそんなことになったら神のルールも崩壊するよね?』
でも父さんの能力は普通に僕に遺伝しているよ?
今まで僕は、ただこの能力を父さんとの血縁の証と思って誇らしく思うだけだった。
しかし何らかの問題があるとするなら、僕はこの能力とどう向き合っていけばいいのか?
『「究極の担い手」は「至高の担い手」とはまったくの別物。この世界に起こったバグのようなものなんだな。これが世界にどういう影響を与えるか、神の僕にもまったく未知数。吉と出るか、凶と出るか』
『神様の言う通り?』
『……にすらならないんだな』
ヘパイストス神が静かにこちらを向いた。
それはお供え物のおむすびを食べきった、というのもあるが、その柔和な丸顔にこれまでにない緊張感を感じる。
『だからボクは、かねてからキミに会ってみたかったんだな。キミが自分の中にあるバグとどう向き合い、どう捉え、どのように扱っていくか。実際会って試してみなかったんだな。何せそのバグの根幹は、造形神たるボクにあるのだから』
……天界に来て初めて、神様と対峙した実感を得られた気がする。
神はいつでも、人の内面を見透し、問いかけてくるものであるはずなのだから。






