1322 ジュニアの冒険:始まりの神
……鹿?
僕、ジュニアの下になんかよくわからないシグナルが届いた。
『……何、私のことジロジロ見てるのよ、スケベ!』
違うし!
鹿シグナルではあるが鹿に変身できる女神アルテミスからではないようだ。
じゃあ誰から?
でもなんか無視していい類の通信と見た。
かまわず状況を進めよう。
だって目の前では、ちょっと放置しようもない事態が繰り広げられているんだから。
『だから! ゼウスなんかを! 見本にしてはいけません! ハデスパンチ!!』
『そうだぞ、せっかく神界に平和が訪れたんだから新しい火種を持ち込むな! ポセイドスプラッシュ!!』
『ええ~、私は父上を見習ったことなんて一度もないけどな~。だって、あの父上ですよ?』
『だったら天然ということか!?』
『余計タチ悪いわ!』
ハデス神とポセイドス神とアポロン神が揉みくちゃの取っ組み合いをしている。
ある意味三界神の激闘であり、世界を揺るがすことに繋がるかもしれないが、周囲の他神々はまったり落ち着いていた。
まるでもう問題は解決したと言わんばかりに。
『まあハデスおじさんたちが駆けつけてくれたら、もうアポロンの好き放題にはならないよ。あー、しんどかった』
『あのお二神からたっぷりお説教してもらえばアポロンも大人しくなるだろう。天界の主神を務めるからには人界の常識も学んでもらわねばな』
『時間をかけてじっくり教えていこうよ。二百年ぐらい?』
長い!
そんな長い間、常識と乖離した神が治めてくるなんて人としては不安しかない!
そちらのヘルメス神かベラスアレス神が主神を務めればよろしいのでは!?
『いやぁ……私は伝令役として駆け回った方が性に合ってるし……!』
『私は昔ヤンチャしていた頃のツケがな。そのお陰で他神からの信頼がまったくなく……!』
軽く困った顔つきのヘルメス神と、深刻に困り顔のベラスアレス神。
『アフロディーテとの浮気の件ずっと引きずってるよね。本当なら正妃ヘラとの嫡子ってことでキミの方が代表になる権利ありそうなのにさ』
『いや、ヘラの息子だからこそ余計に周囲から冷たくてな……!』
『さもありなん』
神には神の複雑な事情があるようだった。
『アポロンのことはオジサンたちに任せておけばいいとして、引き続きジュニアくんの歓迎を行っていくとしよう!?』
え? 僕としてはもうたくさんなんですが?
あやうく神界から戻れなくなってしまうところだったし、一刻も早く人間界に帰って安心安全を実感したい。
『まあまあ、そう言わずに! 実を言うとキミに紹介したい神がいてね、是非とも!』
紹介したい神?
ここに集っている神々の中から?
『この中にはいない。……彼はインドア派でね。何か特別な事情でもない限り自分の工房から出てくることはないんだ。限定プラモデルの発売日とか』
引きこもりの神様か。
神様にも引きこもりっているんだな。僕ら兄弟はその辺厳しく母さんから指導されたが。
――『我が子がニートになるなんて許しません! 休むのも遊ぶのもいいが無職は許さん! プータロー生活を送るにしても、それまで自分で稼いだ金でやれ! 働かざる者死ね!!』てな風に。
『でも彼も、キミと会ったら喜ぶと思うんだ。だからその一軒だけ、どうかお付き合いいただきたい!』
……。
仕方ないですね、その一軒だけですよ?
『やったぁ! では早速ご案内いたします!』
『ではヘルメスあとを頼む。私は同行できん、私の顔を見たら機嫌を損ねてしまうかもしれんのでな』
『まだ和解してないんだキミたち……』
『法的な和解は済んだはずなんだがな……!』
なんだか遠い目をしているベラスアレス神。
しかし深くは追及できず、僕はヘルメス神の案内で移動するのだった。
『ジュニアくんも女性関係は気をつけなよ。キミのお父上はその辺上手くやったけれど、キミは危うい感じがする』
どういう予見とアドバイスなんですか!?
『キミが旅立ってからの足跡も我ら神々は見守ってたからね。行く先々で違う女の子から惚れ込まれてるじゃん。いいかい、決定的に踏み込まれたら「なんか言った?」って返しておくんだよ』
その助言どういう含みもたせてます!?
やめてください僕を、行く先々で女引っかけてるドンファン主人公みたいな位置づけするの!?
こんなのが母さんの耳に入ったらどう言われるか……!?
――『かつて人魚国の王女であり、なおかつ魔女と恐れられたアタシの息子。アナタなら女の二~三十人は侍らせるぐらいの魅力とカリスマ性と男の色気と甲斐性をまき散らして当然でしょう!』
……そうでもないかな。
* * *
そんなしているうちにヘルメス神に案内されてやってきた。
「ここに、紹介したい神様がいるんですか?」
『そう』
目の前にはわかりやすい神殿が。
この外観からじゃ住んでる神がどんな神なのかわからない。
『一応「今日来るね」って予告は打っておいたんだけど……いるかなあ?』
何の心配?
アポ取ってあるなら、ちゃんと在宅しているのが常識では?
『社交性/zeroの神様なもんでねえ。それ以外は割りと常識ある方なんだけど。天界神の中ではだいぶマシな方』
それは肯定的な表現と捉えていいものか。
“天界神の中で社交性ある方”って。
『まあ、留守なら積んであるプラモいくつか盗んで帰るか……。お~い、ヘパイストス兄さん、いる?』
と、ここでついに訪問先の神様の名が呼ばれた。
神殿内部でモゾモゾと動く影。少なくとも誰かはいる様子。
『あれあれ? どうしたのかなヘルメスくん? 今日来るって言ってたかな?』
顔を出したのは男の神様だった。
なんとも柔和な顔つきをしていて体つきも丸っこい。朗らかな笑顔を絶やさず優しい雰囲気で、他の神様と比べて威圧的でもないし威厳もなかった。
『いや……誘ったでしょう聖者くんの息子が天界訪問するから歓迎しに行こうって。キミが「行かない」って言うから「じゃあ連れていくよ」って返してキミも「わかった」って言ったじゃない!』
『そうだったかな?』
『キミねぇえええええッッ!?』
この神様が、僕に紹介したかった神様?
一見した感じ、そうする必要性があるようには見えないんだが。
僕とこの神様との間に一体いかなる縁が?
『……ゴホン、ジュニアくんキミに紹介しておこう』
言い合ってても埒が明かないと思ったのか、強引に切り上げてこっちに振るヘルメス神。
『この一見柔和そうな神は造形神ヘパイストス。鍛冶仕事と事物の創造を司る神だ。あと火山の活動も彼の領分に入っている』
『す、す、好きな食べ物はおむすびです』
『……彼の作り出す神器は一級品で評判高く、あらゆる神々から親しまれている。あまりの素晴らしさに外の世界の神々からも注文を受けるほどでね。他神界との窓口も私が担当しているので日々忙しくさせてもらってるよ』
『いつもご苦労さんなんだな』
造形神ヘパイストス?
その名前どこかで聞いたような……?
……あッ!?
『やっと気づいたかなジュニアくん?』
そうだ、ヘパイストス神といえば僕の父さんが崇め奉っている神様じゃないか!?
特定の神様に必要以上に肩入れしない父さんが唯一ヘパイストス神にだけは思い入れが強く、自宅に神棚まで作っているし毎日お供え物もしている。
何故そんなに信仰厚いのか気になって聞いたことがある。
その時、父さんは微笑んで『俺が一番お世話になった神様なんだよ』と言っていた。
その割には先生に召喚されて地上に降りてきたこともないし、姿を見たことも一度もない。
今日見たのが初めてだ。
父さんがもっとも敬愛する神が、こんな普通のおじさんだったなんて……?
『期待外れだったかな?』
ッ!?
いえいえいえいえいえいえいえいえいえッ!?
そんなとんでもない、ただ父さんが物凄く心に留めていた神様なので、困惑も大きいというか……!?
それなのに今までまったく面識がなかったのも疑問というか……。
『気になるのも仕方ない。何故これほど聖者くんがヘパイストス神を重んじているか』
ヘルメス神がもったいぶったように言う。
『もちろん理由がある、重大な理由がね。そしてジュニアくんもその理由と無関係ではないんだよ』
え?
そりゃそうでしょう実の父親のことなんだし。僕にとって父さんは尊敬すべき父であり目標でもあるので、父さんに関わることは全部僕とも関係あるよ。
『うん、それはそうなんだけどもっと直接的にね。ジュニアくん、キミは生まれもった自分の能力について自覚はあるよね?』
もちろん。
僕の能力『究極の担い手』は幼少の頃から親しんできたし、扱いについても父さん母さん先生から注意を受けてきた。
――『お前の能力は使いようによっては大変なことになるから慎重になりなさいよ』と。
『その能力「究極の担い手」は、キミの父である聖者くんの「至高の担い手」が遺伝し、変化したものだ。では聖者くんの「至高の担い手」は一体どこから生まれた能力でと思う?』
それは、父さんのまた父さんからの遺伝?
いや違う?
『正解は、ここにいるヘパイストス神さ。彼こそがスキルを超えたギフト「至高の担い手」を聖者くんに授けた神様なんだよ』