1321 閑話:鹿聖者あおによし
皆さんご無沙汰しております。
俺です。
ジュニアが旅立ってからも農場及び農場国で頑張っております。
補足ながら現状のところ農場と農場国は別です。
俺が異世界にやってきてからずっと汗水たらして山あり谷ありで開拓してきたのが農場。
そこから少し離れたところで、多くの国民受け入れのために起こしたのが農場国。
元々農場がクソほど人里離れたところがあって、そこを隔てる広大な土地に農場国を築き上げたのです。
農場と農場国の間には、まだまだ広大な未開拓地が東京ドーム何千個分ぐらいに広がっているので、常人の踏破力ではままだまだ到達不可能。
そんな農場と農場国の間を、俺は今でも行き来して暮らしています。
昼に農場国で仕事して、夜には農場に帰るというというのが基本スタンス。
モロに通勤生活。
人の足では踏破できない距離も、ドラゴン馬のサカモトに乗れば秒単位で行き来できるしね。
もちろん終日どっちかで過ごすという日もあるが、俺としてもまったくのゼロから我が手で築き上げてきた農場に愛着もあれば未練もある……というわけで今は自宅のような形で活用。
王様にまでなったのに我が国で寝起きしないのは問題あるんでは? とも言われるが、絶対誰もたどり着けない場所でプライベートを過ごすのは安全対策にもなるし、王様になったならなおさら五部のボス程度の用心深さはあるべきなんじゃないの? としている。
まあ、こういうのは俺の個人的感情なので、俺の人生の終わりと共に消え去っていく状況ではあろう。
いずれは農場国をジュニアに、農場をその下の兄弟の誰かに継承してもらう、という形になるのが一番いい形ではないかと思っている。
おっと余談が過ぎたな。
せっかく久々の俺の語りなんだからサクサク本題に入らねば。
今日の俺は……。
* * *
「おぅりゃああああああああッ!! お前に食わせるために育てた野菜じゃねええええええッッ!!」
今日は農場の方で害獣対策に勤しんでいます。
害獣とは?
すなわち鹿!
鹿は、農家にとって恐ろしい害獣であった。
元々草食動物なので野菜を食べる。野菜ならなんでも食べる。
ヤツらから見たら畑なんでビュッフェ会場みたいなものであろう。
そんなヤツらに食い荒らされる野菜の被害は相当なもの。最悪畑のすべてを食い荒らされるからな。
草食動物の摂食量を舐めてはいけない。
当然のことながら草は肉より栄養価が低い。
生涯それのみ食すと決めた連中は、だからこそ低い栄養価を賄うために数を食わないといけないのだ。
しかもそれが二匹三匹と増えていけば、被害も二倍三倍となっていくわけで。
とても看過できる問題ではない!
だから俺は今日も必死になって鹿を追い回す!
「しゃおらだぁあああーーッッ! 二度とくんじゃねえーーッ!!」
俺は、振り回すと音が鳴る系の脅し道具をぶん回しながら追い立てて、鹿どもを森へ帰すことに成功。
「ふー、油断も隙もねえアイツら……!」
今日も一仕事終えて一息ついていたところに……。
「……ねえ、なんで駆除しないの?」
と後ろから声をかけてくるプラティ。
「うッ!?」
「前々から思ってたんだけど、そんなに損害なら間引いて数減らした方が絶対いんじゃない? お肉も押ししそうだし!」
プラティ的には美味しいお肉を食べることの方が重点なのだろう。
たしかにそれは正論だ。
こっちも美味しい野菜を採れるかどうかは死活問題なのだし、これもまた人間vs野性との生死を懸けた抗争であるのだろう。
自然の争いに情けは不要。だって自然そのものに情けなどないのだから、生も死もなすままあるがままだ。
なので二度と畑を荒らさせないためには息の根止めるのが最善策というのはわかっている。
わかっているが、しかし……。
鹿だけに、しかし……。
「社会人時代に……」
「?」
そう、アレは俺が前途ある若者だった頃のこと。
しかし前途なんてよく見えない当時、与えられた仕事をなんとなくこなしていく、生きている実感がない凡庸としたあの頃。
『有給溜まってるから消化しろ』と言われたので仕方なくまとめて取ったものの、やることもなくなんとなくで青春十八きっぷを買ってオール鈍行のあてどもない旅に出た。
長い長い静岡の路線を越えた向こう、たどり着いたのは奈良。
どうして京都で降りなかった? と言われそうなルートだが京都でもちゃんと降りた。
京都で金閣寺を見て、清水の舞台にも登って『そうだ平等院鳳凰堂も見てみよう』と思って足を延ばしたら案外南の方にあって、そのついでと思って足を延ばした奈良だった。
奈良公園では鹿がウヨウヨしているという話は兼ねてから聞いていたので興味本位で見にいった。
奈良公園の鹿たちは、人間たちと一緒にいるのはさも当たり前と言ったように振る舞い、頭を撫でようとすれば差し出してくるし、撫でると気持ちよさそうにしているし……。
日々に疲れた俺の、憩いのひと時だった……!
鹿に囲まれて。
『猫カフェとか犬カフェの元祖ってこれじゃないの?』と思ったほどだ。
その時から鹿は、俺の友となり俺の癒し手となった。
犬や猫、ハムスターやコツメカワウソと同じカテゴリに入ったのだ。
もう俺は……鹿を食べものとか敵と捉えることはできない……!
「はいはい、人間の感覚って難しいものねー。生まれた場所での経験次第でもあるし、人それぞれでもあるし……!」
よかったプラティが理解を示してくれた!
さすが長年連れ添ってきてくれた我が妻! 理解力が天元突破している!
「でもこのままじゃ食害問題は解決しないわよ? どうするの?」
それもプラティの言う通り……。
よし、我が感情に折り合いをつけるのは俺しかいない!
なんとか鹿島の大神を怒らせないよい解決法を編み出して見せる!
そこで用意したのがこちら。
小麦粉。
米ぬか。
ドングリを砕いて粉状にまで細かく潰したもの。
「これで何を……?」
不思議そうに見つめてくるプラティを観客に、俺は製作を進める。
上記原料を水に溶き、ホットケーキの生地ぐらいに混ぜ合わせたあと、ホットプレートで焼く。
そして焼き上がったものが……。
「鹿せんべいだッッ!!」
「Sika煎餅?」
そう、鹿が食すように製作された鹿の鹿による鹿のための煎餅!
何故鹿せんべいの作り方を知っていたかって?
奈良公園で鹿に感動した俺は、鹿せんべいを売っているお土産屋の店員さんに聞いて作り方を教わっていたのだ。
それ以来鹿せんべいを作ることなんて昨日まで一度もなかったが、古き日の記憶が役に立とうとはな!
「で……、その鹿せんべいとやらをどうするの?」
こうします。
鹿さん! この鹿せんべいで勘弁してください! 毎月五十枚納めさせていただきます!!
ですのでウチの畑を荒らすことはやめていただけませんか!?
「……ヤクザにミカジメ払ってるみたい……!?」
しかし効果は絶大だ。
今日も畑の野菜をご馳走になろうと侵入してきた鹿たちがゾロゾロ集まってくる。
鹿せんべいを目当てに。
やはり鹿は鹿せんべいに目がないのだ! 鹿特効SSS!
「ぐおおおおおおッ!? 群がるな群がるな!? 見渡す限り鹿だらけ!?」
俺の周囲にもう数十頭は鹿が蠢いている!?
草食動物やっぱ怖いッ!? ネズミに次いですぐ数が増えるッ!?
「ぬおおおおおおッ!? 鹿せんべい欲しさに後ろからぶつかってくるな!?」
しかし俺は、ネット配信で体験談を語る若い女性とは違う!
ガタイもいいオジサンだから背後タックル程度では倒れない耐えきれるのだ! 鹿せんべいを手放したりもしない残念だったな!!
お前たちは俺が与えるままに順番で規則正しく鹿せんべいを食べるしかないのだ!
残念だったなわはははははははははー!
「ぐわっふ! ばりばりばりばりばりばりばりばり! うめえ、うめえのだ!!」
ん?
鹿が喋った?
いや群れる鹿の中に明らかな異物が!?
お前はヴィール!?
「いやー、ジュニアのとこから帰ってくるなりご主人様の新メニューを体感できるとは! グッドタイミングだったのだ!」
ちげーよ、お前のために作ったせんべいじゃないよ!
鹿のためだ鹿の! 人間用でもドラゴン用でもない!
「でもこのせんべい薄味じゃねえか? なんか調味料をつけて食べる前提なのか?」
だから鹿用だって言ってんの!
動物用の食べ物は大体人間用より薄味なんだよ!
うわああ、ヴィールが範を示したので子どもらまで鹿せんべいを求めてやってきた!?
まだ幼いジュニアの弟妹たちが!
ダメです鹿せんべいは人間用じゃない!
そんなの子どもに食べさせてたら児相に駆け込まれる!?
誰か止めて! 助けてぇええええええッ!?
……と、俺がしかと子どもたちとヴィールと戯れていた頃……。
「……ジュニアは今頃何してるのかしらねえ?」
傍観するプラティがアンニュイに言った。






