1320 ジュニアの冒険:黄泉戸喫
なんやちょっと狂態的なノリが沈静化するまで少々かかった。
『すのこすしのこ……』
『もういい!』
なんか最初から変わってない?
『というわけで今回一番活躍してくれたジュニアくん案内の功労者アルテミスでした!……そう、次あとは……』
アポロン神の視線があちこちに泳ぎ。
『……そう、天空神ゼウスの妃ヘラ義母上だ。義母上、ジュニアくんにご挨拶を』
『ドーモ、ヘラ、デス』
ひッ!?
なんだあの女神?
たしかに神々しい雰囲気ではあるけれど、なんというか生気がないというか……!?
『ヘラ義母上は、夫であるゼウス父上にゾッコンの御方だからな。父上がこの世界より去って、しばらくはだいぶ暴れていたんだが、ある日ヘパイストスくんが義母上を鎮めるためのサークレットを作ってくれてな』
サークレット?
あのヘラさんの頭にはまってる輪っか?
『そうそう、アレをはめてから義母上もすっかり穏やかになられて。これで天界に真の意味での平和が訪れたと言ったところかな』
『ヘイワ、ダイスキ。アラソイ、イケナイ。ナサケアッテノ、ヨノナカデス。ピーピーピー、ガガガガガ……』
これ大丈夫なヤツ?
天空神界の闇を垣間見たような気分になったのだが。でも何故かあのサークレットを女神様から外してあげようという気にはなれなかった。
『そして次なる天界神は……以下略!』
『『『『『『おいッ!!』』』』』』
現場にはまだ二十近く神が集まっていたが、触れることなく略されてしまった。
『いやぁゼウス父上もアテナもいなくなっちゃったから、この辺でいいかなあって』
『ふざけんなよ中枢メンバーだけ優遇しやがって! オレたちもれっきとした天界神だろうが!』
『そうだむしろお前ら上級神より働いてるぞ! 我々にも権利と待遇を!』
うわぁ、揉めだした。
その他大勢扱いされてもそれぞれ立派な役割を持った神々だろうに。
『ああいうところが実にアポロンだな』
と僕側に控えるベラスアレス神が言った。
さらにヘルメス神も。
『基本善良なんだけど育ちがいいせいか、周囲に気を配るのが足らないんだよね。さらには大神ゼウスの息子……の中でももっとも寵愛された愛息子という意識が、ナチュラルな上から目線として定着しちゃってるし』
『本当俄かには気づきがたいほどナチュラルな傲慢さなのだよな』
『私じゃなきゃ見逃しちゃうね』
と天界の良識担当たちがため息をついていた。
さて、じゃあ神々に直接お目見えできたという貴重な体験もさせてもらったことだし、ここらでお暇を……。
『いやいやいやいやいやいや! 待って待って待って待って待って待って待って!』
音もなく辞去しようとしたのに、神々を揉み合っていたアポロン神が高速で縋ってきた。
この神、感がいい。
『せっかく天界を訪ねて来てくれたのに挨拶だけで帰ってしまうなんてつれないじゃないか! もっと神々の歓待を受けて行ってくれたまえ!!』
そう言ってアポロン神、僕のことをグイグイ引っ張っていく。
その先には、ご馳走がたくさん並べられていた。
『いつも農場では、美味しい料理で神々をもてなしてくれているのでね! そのお返しと言うことで精いっぱいのご馳走を用意させてもらったよ! 好きなだけ食べて行ってくれ!』
ええッ!? いいんですか!?
実のところ空飛んだり雪山を彷徨ったりでだいぶ体力消費したからな。
それ以前にもベルフェガミリアさんの亜空間で揉みくちゃにされたし。あの時点から何も口にしていなかった。
お腹も減るわけだ。
ここはせっかくのおもてなしを無下にしないためにもご馳走に預かろうか!
『……ヘルメスよ、仕込みはできてるんだろうな?』
『もちろんだよ。いいタイミングで来てくれればいいけれど、もし間に合わなかったら私たちでなんとか時間を稼ごう』
『承知した』
ん? ベラスアレス神とヘルメス神は何をゴニョゴニョ話しているのかな?
そうこうしているうちに目の前に美味しそうな丸焼き肉が運ばれてきた。
ヒャッホウ、これって父さんが言ってたマンガ肉ってヤツじゃないの!? マンガ肉って神界にあったんだ!
これはもう我慢ならない!
いただきま……!
『待った待った待った』
おうッ!? ヘルメス神どうしたんですか!?
マンガ肉が僕に『食べて』と訴えかけてるんですけど! これに応えるのが喰う者の義務!
『これは神々がジュニアくんを迎える宴だからね! まずはカンパイの音頭と行こうじゃないか!』
なるほど、たしかに食事には礼儀が伴うもの。
この二つは不可分。
そう母さんから徹底的に叩き込まれたものだ。
よし、カンパイしようじゃないか!
『ではカンパイの音頭をベラスアレスさんにお願いします』
『うむ』
杯を持って進み出る筋骨隆々の神。
『えー、ゴホン。……ただいまご紹介に与った軍神ベラスアレスだ。……軍神とは言ってもかつて戦争を司る神は私の他にもう一神あった。……戦神アテナだ。一見同じと思われたが違いはもちろんあり、彼女は勝戦を司り……、私は敗戦を司った。しかし私はこの配役に不満を持ったことはない。人間たちにとって敗戦こそが過酷なるもの、より神の助けが必要なのはどちらか論ずるまでもない。戦争に善悪はなく、それぞれが懸命に生きようとした末に、勝ち負けという結果が残るだけだ。……敗けたからと言って必要以上の責めを負うのは間違いだ。……だからこそ人々のためにより懸命に働ける立場を誇りとしてきた。……そこで昨今下界では大きな戦争が終結した。その立役者であり世界の英雄でもある聖者の息子が、今日迎えたジュニアくんだ。聖者は戦乱を終わらせただけでなく、その次の時代を想像する……平和の創立者でもあ。……そんな彼に敬意を尽くすからこそ、このジュニアくんにも敬意を尽くし、こうして歓迎する次第である。あー、うん。……しかしながらこのジュニアくん自身もまた時代に不可欠な才覚と仁徳の持ち主であり、その兆しは既に大いに表れて……』
なげぇえええええええええええええええッッ!!
長い! 長すぎるよベラスアレスさんのスピーチ!
どんだけ続けるのマンガ肉が冷めちゃうよ!!
『そ、そうかスピーチが長いか。ではこの辺で締めにしてカンパイの音頭に移ろう。では、か……ん……ぱ……め……!』
だから長いよ!
しかもカンパイが途中から違うものに変わってない!?
これは時間稼ぎ!
露骨な時間稼ぎ!?
一体なんで時間を稼ごうとしているのかわからないけれど、その瞬間天界の宴の間に突入する漆黒の陰。
『陰謀の匂いはここからかぁあああああああッッ!?』
うわ、なんだ!?
カチコミ!?
ビックリして注目すると、突入してきたのは僕の見知った神だった。
冥神ハデスおじさん。
『本当に聖者の息子がおるぅうううううう!? 手にマンガ肉持っておるぅうううううううッ! やめろ聖者の息子よ、それを食べてはならぬ!!』
え? なんでです!?
僕もうお腹がペコちゃんなんですよ!
『ヨモツヘグイ……』
何ですって!?
『異界の食べ物を摂ってしまうと、その世界の一部となり元の世界に帰れなくなってしまう……という一種の呪いだね。神には効かないけれど、人間のジュニアくんが天界の食べ物を食べたら、それこそ神と化して帰れなくなるところだったよ』
えええええええええええええええッッ!?
何それ、実は僕この瞬間大ピンチだったってこと!?
だったらそう言ってくださいよ! 危うく帰れなくなるところだったじゃないですか!
僕にはまだ現世でやるべきことがたくさん残っている……はず!
ヘルメス神が申し訳なさそうに。
『いや、ゴメンね……! 止めたくても私たちじゃさ。ああ見えてゼウスの代行者の地位に座ったアポロンの権力は恐ろしく高いんだ。私とベラスアレスが協力したぐらいじゃちょっと無理』
そんなに!?
そうかだから、冥界の長である冥神ハデスさんを……?
『そうハデスおじさんならアポロンと同列以上だからさ。諫めて止めてくれると思ったわけ。一応ポセイドスおじさんにも声かけておいたんだけど、ハデスおじさんの方が早く駆け付けたね』
間一髪だったということ?
いやベラスアレス神が時間稼ぎしてくれてたから普通に間に合ったのか。
『アポロンテメー! 掟破りの強引勧誘してんじゃねー! こんなのあとで聖者が激怒するってわからんのかー!』
『えー、だってジュニアくんを天界にお迎えしたらきっと聖者も死後天界に来てくれるでしょう? せっかくのチャンスを絶対逃したくなくて』
『だからってとる手段がエグすぎるんだよ! 大人しそうに見えてやっぱりゼウスの息子だなお前は!!』
『でもヨモツヘグイは私のオリジナル発想じゃないですよね? 最初にやったのはハデスおじさんですよね?』
『ぐぉおおおおおおおおおッッダメだコイツ! 誰か、誰かぁああああッ!』
『しゅぺぺぺぺぺぺッ! 聖者の息子のピンチに即参上! 海神ポセイドスです!』
『ポセイドスいいところに来た! 二人でこのサイコパス袋叩きにするぞ!』
さすがに主神クラス二神から責め立てられたらアポロン神も凹むだろう。
しかしやはり神、恐ろしい相手だ。
相対して気を引き締めないわけにはいかないな。
しかしお腹減った。






