1319 ジュニアの冒険:聖域の次は神域
オリュンポス山といえば……!?
先生から受けた地理の授業で聞いたことがある。
――『オリュンポス山は、この世界に三つある神域の一つ。下界と神界を繋ぐゲートのある貴重な場所です』と。
冥界へと繋がる黄泉津平坂。
海神海へと繋がるオケアノスの海。
そして天界へと繋がるオリュンポス山。
ここ。
――『オリュンポス山は、人間国の遥か北の山岳地帯のさらに奥深くにあります。その標高は天に届くほどと言われており、ゆえに頂上は天空の神の世界の入り口となっているのです』
と先生が言っていた。
それでも標高は不死山の方が上らしい。なんなの。
――『かつては神に拝謁する栄誉や、神に願う望みを持って多くの猛者が目指した場所ですが、険しき秘境ゆえに多くの者が帰ってくることはありませんでした。今では伝説も途絶え、誰も訪れることのない忘れられた地となっています』
とのことだった。
それが、今僕のいるオリュンポス山。
老師がオススメした観光スポットって、ここだったのか!?
たしかに!?
たしかにビックリするほど凄い場所だけれども!?
観光スポットに振り分けていい場所なのかなここ!?
だいぶ恐れ多いような気がしてならないんですが!!
そんな僕の困惑も知るよしもなく、歓迎団体から一人の神が進み出て僕の手を握って強制握手。
若くて顔の整った『美を司る神です』と言わんばかりにキラキラと表情の輝くイケメン神だった。
『私は天界の神アポロン! 父ゼウス亡き今、天界神をまとめる代表者だ! よって私から言わせていただきたい! 我ら天界神は、聖者の息子ジュニアくんを歓迎します!』
わー!
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
神々から上がる万雷の拍手。
凄い、ここまで歓迎されたのは今まででもなかったんじゃないだろうか?
冒険者ギルドでも魔法学院でも王城でも不死山でも。
こんなに歓待してくれるのが神様なんて。しかも人間に対して。
普通逆なのでは?
「あの……、僕ここへは老師の紹介で来たので明確な目的はないというか……!?」
『あの! 聖者の息子さんが我々を選んでくれた! 海神でもなく冥界神でもなく我ら天界神を! これほどの名誉に感動しないわけがない! 選ばれるには訳がある!!』
いや特にないけれど。
別に選んでもいないし。しかしオリュンポス山から天界の入り口に大挙した天空の神々は喜び迸らんばかりでテンションも最高潮。
とても口出しできる雰囲気じゃない。
どうしてこんなことに?
再び言うが普通逆じゃない? 神が人を選ぶんだし、選ばれて喜ぶのは人ではありませんか?
なんでこんな逆転現象が起こっているのか。
『では、オリュンポス山までご足労くださったジュニアくんに、我ら天界のイカしたメンバーを紹介しよう!』
イカれたメンバー?
『まずはキミも知っているだろうが、知恵の神ヘルメスくんだ! 神々の伝令役を務め、天地海すべての神々の中で唯一下界と神界を自由に行き来する権利を持っている! 農場の皆様と一番関りのある天界神も彼だろう!!』
『こんちゃーす』
ノリ軽いなあヘルメス神。
しかし紹介の通りヘルメス神はよく農場にも来ている……呼ばなくてもくる……ので僕も馴染み深い。
『次に面識が深いのは、この軍神ベラスアレスくんだろう! 戦争を司る神ながら情け深くて力持ち! アテナがいない今、この世界の軍事を一手に統括する神だ!』
『平和な今は、すっかり暇だがな』
『だが、それがいい』と表情に書いてあるようなベラスアレス神。
たしかに僕はこの神様も見たことがある。
戦争の神とは別にエルフ族の守護神でもあるので、彼女たちの販売する陶器やお茶にはすべてベラスアレス神のマークがついていて、そのうち別のことを司る神になりそうだ。
『そしてそろそろ私のことも紹介しておこう! 改めて我が名はアポロン! 現状天空神代理のような立場にいるが、本来はすべての芸術と文化を守り奨励する神だ! そんな私の新芸を歓迎の証として披露しよう! ダイダイダイダイ! リンリンリンリンリぐぇッ!?』
うおッ?
なんかだだ滑りの予感を漂わせていたアポロン神が吹っ飛ばされた!?
鹿?
鹿だッ!?
鹿が大突進でアポロン神を突き飛ばしたのだ!
どうして!?
『この恥さらし兄め、大事な客人とやらにすべり芸を見せる気!?』
『何を言う!? いつか聖者の前で大爆笑をとろうと温め続けた芸だぞ! 大ウケになることはあっても滑ることはない!』
その場にいる全員に『いや、それは……』という空気が漂った。
ゴホンと仕切り直すような咳ばらいを払ったのは、一体誰だ。
『では引き続き紹介を進めていくとしよう。せっかくなので、ここにいる鹿について……』
コイツのことも紹介してもらえるんで!?
雪山から僕のことをここまで連れてきた鹿。ただ者でないことは読み取れた、でも一体何者なんだ!?
そんな僕の困惑も気にせずアポロン神は言う。
『いつまでその姿でいるんだ? もうここは天界なんだから女神の姿に戻ってもいいだろうアルテミス』
『フン』
言われると同時に、鹿の姿がキラキラと煌めき輝き、一瞬シルエットを見失ったかと思えば、その刹那にまったく別のものへと変わる。
美しい女性に。
鍛え抜かれてしなやかな手足は活動的な健康美を示し、軽装鎧をまとって鋭い視線の神々しい女神だった。
『我が双子の妹アルテミスだ。彼女には鹿に変身してキミを案内してもらった』
そうなんですか!?
あの鹿が女神の変身した姿だったとは……!
道理でなんか鹿畜生の割に意味ありげに振る舞ってたものだ。
でもなんで動物の姿なんかに?
普通に女神の姿で話しかけてくだされれば僕も招待に応じましたのみ。
『そこは神のルールというヤツが面倒でね。基本我々神は、自由に人間たちの住む世界には降りられない。様々な制約と例外に折り合いをつけて、娑婆に出られるんだ』
なんでそんな面倒なことになったかと言うと遥か昔、神々がだいぶフリーダムに振る舞ったせいでルールが厳格化されたんだとか。
『下界の中でも神域と呼ばれる場所には、条件付きで出られるルールなのだ。それは獣の姿に変身すること、神本来の姿ではたとえ神域でも降臨は許されない』
『神域と呼ばれる場所で聖獣の目撃例があるのはそのためだね』
なるほどー。
そんなややこしい状況の中、僕をここまで連れてきてくれたんだね。
ホントありがとうございます。
『その割に「ついてこい」ってちゃんと伝わった上ですげなく帰ろうとしたでしょう! なんて薄情な人間なの、ホント最悪!』
ぐふぅッ!
アルテミスさんのドストレート非難が僕にヒット!
……でも仕方ないじゃないですか。
あんな怪しい動きをする動物、何もわからないで見たら妖怪かと思いますよ。
『しかもこの人間、私が案内してる時ずっと私のお尻を凝視してたのよ! いやらしい! だから人間の男って嫌なのよ!』
それは冤罪!
当時アナタは鹿の姿だったんですよ! 四足歩行の動物を後方から追いかけたら普通尻しか視界に入らないでしょう!
不可抗力ですよ、不可抗力!
『まあまあまあ、我らがメンツで、ジュニアくんをいざなうのに適した神材がお前しかいなかったんだ。お前の働きには大変感謝している、ありがとう妹よ』
『もっと崇め讃えなさい!』
どういうことだろう?
僕を連れてくるのに一番適したのがアルテミスさんだったって?
『我々神には総じて変身能力があるが、何に変身できるかはあらかじめ決まっているんだよ。例えばそこのベラスアレス……』
筋骨隆々の偉丈夫神が指し示される。
『彼は獣に化ける場合、とれる姿はイノシシだ。それ以外の動物になることはできない』
へー。
『さてジュニアくん、もし山中でキミの前にイノシシが現れたら、どうする?』
狩ります!
イノシシは貴重な山のタンパク源!
重厚な珍味! ボタン鍋!
……はッ。
『……そういうことだ』
そうか、父さんから狩りも教わった僕なら大抵の動物は目の前に現れたと同時に狩ってしまう。
いや、そんなことはないぞ!
あくまでお腹がすいて食料を求めている時だけ!……保存食が欲しい時とかも狩るかもしれないけれど。
『時と場合に寄るだろうが我々も狩猟されるリスクは避けたい。そこで鹿に変身することができるアルテミスに皆の期待が集まった、というわけだ』
鹿は害獣というのが第一印象だからなあ。
父さんも何故か鹿は狩って食べようとしない。『昔、奈良公園でね……』と言う話を断片的に聞いた。
そういう意味でなら、たしかにアルテミスさんの人選……いや神選はたしかなものだったのかもしれない。
さすが神、テキトーなようでいて思慮深い。
『アルテミスが鹿に変身してくれたおかげでジュニアくんを天界に招くことができたんだ! 皆でもっとアルテミスを讃えよう! はい、しかのこのこのここしたんたん!』
『しかのこのこのここしたんたん!』
『しかのこのこのここしたんたん!!』
『しかのこのこのここしたんたんッ!』
『しかのこのこのここしたんたんッッ!!』
『うるせぇえーーーーーーッッ!?』
これが天界のノリか。独特だなあ。






