131 異世界サラブレッド
プラティとゾス・サイラの魔女的密談から数日後。
魔王さんが我が農場にやってきた。
「聖者殿、時を置かずしてだが、また訪ねさせてもらった! ここでは必ず愉快なことが起こるからな!!」
いつになくはしゃいだ様子の魔王さん。
一体どうした?
本人の言う通り、レタスレートちゃんを預ける相談に訪れてから、それほど時を置いてはおらず、旧人間国の征服統治に忙しいはずの魔王さんとしてはかなり不自然な短スパン訪問。
「魔王様、アタシの要請を受け入れて、こんなにも早く御来訪頂き誠にありがとうございます」
プラティが呼んだの!?
今や人間国を完全制圧し地上の覇者と言っても過言じゃない魔王さんを呼びつけるとは何様だ!?
人魚の王女様か!!
「いやいや、聖者様にも奥方にもいつもお世話になっているゆえに、頼み事をされるのは却って助かる。恩返しの機会を与えてもらっているわけだからな!」
はははははははは、と朗らかに笑う魔王さんだが、いつものテンションじゃない。
一体何事?
「魔王様とて人の子ですから……」
「うおッ!? アスタレスさん!?」
魔王妃アスタレスさん!?
一緒にいらっしゃっていたんですか!?
「常に沈着冷静、他を顧みて己を殺す、公人の鑑のごとき魔王様ですが、そんな魔王様にも唯一私心……と言いますか、童心を抑えきれなくなる場合があるのです」
童心を抑えきれなくなる場面?
「それで魔王様、お願いしていたものですが……!」
「うむ、バッチリ連れてきているぞ!」
魔王さんが合図すると、もう一人の魔王妃であるグラシャラさんが手綱を引いて、パカパカと蹄を鳴らしてやってくる馬。
「馬?」
「我が愛馬、ブラックフレイム号だ!」
それは見上げるほどに立派な巨馬だった。
俺の知っている馬より一回りは大きく、筋骨も盛り上がるほど隆々だが、引き締まっているところは引き締まっているのでデブな印象はない。
むしろ全体的にシェイプで、一見してサラブレッドより強靭なサラブレッドという印象だった。
毛の色は黒、同じく漆黒の鬣が揺らめき上がり、その名の通り黒い炎が燃え上がっているかのような錯覚を起こさせた。
「ブラックフレイムは、魔王様がもっともお気に入りとしている駿馬の一頭です」
と魔王妃さん。
「政務第一で無趣味と思われがちな魔王様ですが、唯一乗馬だけは異様なまでに没頭しており、魔王の勅命で魔国最大規模の牧場を私有しているほどです。そこで育てている百頭近くの馬はすべて魔王様の所有です」
「えええええええ……!?」
ちなみに魔王ゼダン唯一の職権濫用らしい。
「あの方とは子どもの頃からの付き合いですが、常に眉間に皺寄せてらっしゃるあの方が馬を見ると目を輝かせて、馬に乗ると顔全体を輝かせて……。まあ、そういうところも可愛いんですけど」
それで今回、あんな異様なテンションなのか。
あとアスタレスさん今さり気なく惚気ましたね?
「おいアスタレス。抜け目なく幼馴染アピールしてんじゃねえぞ?」
そこへもう一人の魔王妃グラシャラさんが因縁をつけるように言う。
「魔王様が馬好きなのは魔族で知らない者はいねえ。今さらお前なんかが指摘しても何の自慢にもならねえんだ。『自分だけが魔王様のすべてを知っている』系の勘違いしてんじゃねえぞ?」
「それはどうも。歩兵上がりのグラシャラさんは四天王に大抜擢されても変なプライドで騎乗拒否していたのに、魔王様が乗馬大好きと聞いた途端に変節したこともありましたっけ」
「ぐぬーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
女の戦いが繰り広げられている。
他家の閨房に首を突っ込むのは絶対にしない。なので放置。
その向こうでは魔王さんとプラティが話を弾ませている。
「……というわけで、このブラックフレイム号は、父をトルネード、母をカルディナレッサという最高血統を引き継いでいる。父親のタフさと母親の好戦的性格をいい塩梅に受け継ぎ、我みずからの調教によって最高の駿馬に仕立て上げた。軍馬としても優秀で、騎乗した我との息はピッタリまさに人機一体という感じ。人間国侵攻の際も、あえてこのブラックフレイムを乗馬に選び、人族たちはその威容に圧倒されながら完全に心を掴まれて……!」
魔王さん、馬の話になると早口になるな。
でも大丈夫かな? これからの展開を考えると……?
「まことに魔王様の愛馬に相応しい、最高の駿馬です。これなら素材として申し分ありません!!」
「その話だが……、その、申し出にあった話は本当なのだろうか? このブラックフレイムを種馬として、さらなる最強の名馬を作り出すという話は!?」
魔王さんが急にソワソワしだした。
「ということは、このブラックフレイムに勝るとも劣らぬ牝馬がいるということに……!? そんな名馬の存在は噂にも聞いていなかったが、この農場であればどんな非常識もあり得ない話ではない……!!」
それが気になってソワソワしていたのか。
無類の馬好きとしては、自分の知らない名馬がいるということ自体、大変な衝撃であること想像に易しい。
恐らくだがプラティは、今回こんな風に魔王さんへお願いしたのだろう。
――『強い馬を拵えたいので種馬を提供してください』。
みたいな。
魔王さんの頭の中にあるのは、異世界人の俺がジャストな語彙を選択して表現するとダビ○タだ。
強い牡馬と強い牝馬を掛け合わせてより強い馬を生み出すダーウィニズム。
リアル馬主はリアル馬を使って、それを行うのだが。無類の馬好き魔王さんも、そんなリアルダビ○タにドハマリしている手合いなのだろう。
ただね、魔王さん。
この農場の非常識は、アナタの想像を超えるようです。
「んじゃあ、始めるかー」
ゾス・サイラが出てきた。
「ほう、いい馬じゃないか。この馬の遺伝子を使えば高性能の馬型ホムンクルスを創造できるだろう」
「馬型ホムンクルス!?」
いきなりよく知らない魔女登場に、戸惑う魔王さん。
「でもゾスさん? この馬から遺伝子を採取するって、具体的にどうやるの?」
「決まっているではないか」
ゾス・サイラがなんかピッチリしたゴム手袋をはめだした!?
「搾り取るのだ」
いや、異世界だから多分『ゴムっぽい素材の手袋』なんだろうけど。
その手袋装着した手で何をする気なんですかゾス・サイラさん!?
「極めて慎重に頼むわよ。この馬、先方にとって大事なものなんだから傷一つなくお返ししないといけないんだからね?」
「わかりきったことを言うな。この『アビスの魔女』を侮るか?」
魔王さんが「え? え?」と戸惑うのを余所に、二人はテキパキ作業を進めていく。
スルッと馬に接近して……。
凄いな、見知らぬ相手だというのに馬が全然警戒していない。
とにかくゾス・サイラは、馬の側面でしゃがみ込むと……。
その腹部へ向かって手を伸ばし……。
……あっ。
あー、あー、あー。
ボロンって。
ウッソ馬のってあんなに長いの!?
って、あっ、それをそんな!?
牛の乳搾りみたいに!?
「うおおおおおッッ!? えッ!? えッ!? ええええええッッ!?」
魔王さんも当惑しておられる。
俺たちがひたすら戸惑い動揺している間に、ゾス・サイラは無事作業を終えた。
「よし、いっぱい採れた」
いつの間にか持参していた革袋がたっぷんたぷんの満杯になっていた。
「あとはこの材料を素にして我が研究室で培養を行い、ストックしてある様々な遺伝子と掛け合わせて優良な馬型ホムンクルスを創り上げればいいだけだ」
「どれくらいかかりそう?」
「一ヶ月は待ってもらおうか」
ひたすらマイペースで話し合うプラティとゾス・サイラ。
呆然とするしかない俺と魔王さん。
その一方後方で顔を真っ赤にするアスタレスさん、グラシャラさん両魔王妃。
そしてやたらスッキリした表情のブラックフレイム号。
魔王さん。
すみません。
アナタが想像したような配合の仕方じゃないんですコイツらのやろうとしているのは。
異世界から来た俺風の言い方をさせて貰えば。
彼女たちがやろうとしているゲームはダビ○タではなく……。
……メガ○ンなんです。