1316 ジュニアの冒険:魔王子、豹変す
「いいかい、長子相続は基本的に絶対だけど、絶対に絶対ではない。何かの事情から次子以下に継承権が移る場合がある。それはゴティアくんもわかるだろう?」
「それはもちろん。だからこそ我も切羽詰まっていたわけだし」
いつになく真剣な表情のベルフェガミリアさん。
それに気圧されてゴティア魔王子まで真剣顔だ。
「長子相続が決まっていながら次子以下に継承権が移る可能性。それは肝心の長子に王を担える能力がない場合だ。いかに長子相続が後継者争いを予防するシステムでも、その結果国が滅びては意味がない」
「無論です! だからこそ我は今日まで一日も欠かさず己を鍛え上げてきました!」
「キミはいささか自分に課したハードルが高すぎるけどね。しかし世の中にはずっと低いハードルを越えた気になって、大した鍛錬もなく王になれると思っているバカ者がいる。そんなヤツは国を亡ぼす、王にはできない」
そんな時に重臣たちと協議を重ね、第一王子から継承権を剥奪し、第二王子以下に代役を担わせるんだろう。
他にも健康的な理由とか、さらには不慮の死とか。
確実に第一子が継げるなら、兄弟を生む理由なんてない。
第二王子以下にもスペアという役割がある……嫌な言い方だが。
「ゴティアくんキミは、既にゼダンくんの跡を担うだけの能力はしっかり備えていると思う。それだけで後継者には充分だ。マリネ姫がどれほどキミを能力で凌駕しようと所詮第二子の王女、長子相続のしきたりに則れば万に一つも継承の目はない」
しかし……。
「キミが自身を見失ったら話は別だ」
「!?」
鋭い言葉にゴティア魔王子は身をすくめる。
「キミが今みたいに必要以上にマリネ姫を意識し、必要以上に敵視するならお父上の信頼はやがてキミから離れていきかねない。どんなに能力が足りていても、他者を疑い怯えるような輩は王者にはふさわしくないからだ」
先生の授業で習った。
過去の王様が、自分より優れた臣下を恐れ、目の敵にしたり不遇に扱ったり、あまつさえ殺そうとすることは歴史上何度もあった。
その結果は大抵悲惨だ。
優秀な家臣が逆襲することで返り討ちに遭うこともあるし、仮に忠誠から死を受けることがあっても優秀な過信を失った穴は大きく、その穴を攻め込まれて隣国に滅ぼされてしまったとか。
たとえ王が優秀であっても人一人の優秀さなんてたかが知れている。
だからこそたくさんの人が王様を助けるために働く。皆で助け合って集団も国家も運営されるんだ。
そうした多くの人々が助け合うために必要なのが、信じる心。
王様にとって自身の能力より重要なのが、人を信じる心なのではないか。
「今のように血を分けた妹ですら信じられないキミを、ゼダンくんは不安に思うことだろう。今はきっと『あえて言うなら……』程度の不安だ。しかしそれが極限まで達したら、魔国存続のためキミを切ることだろう。彼は、そういうことができる魔王だ」
「…………」
ゴティア魔王子は、いわゆる苦虫を噛みつぶしたような顔になり、その顔のままたっぷり数十秒沈黙して、やがてため息をついた。
色んなモノが混じってそうなため息だった。
「……我は、マリネと戦っていたのではなく、自分自身の心の弱さと戦っていたのだな」
「さすが魔王子、指摘されれば気づくのもすぐですな」
「持ち上げないでくれ。アナタに褒められると逆に叱られている気分になる」
ベルフェガミリアさんが上手いことゴティア魔王子を説得してくれたってことでいいのか?
これにて魔王子も、自分の中にある猜疑心とかに惑わされることなく立派な魔王になれるルート確立か。
これにて一件落着。
「……でもま、ゴティアくんがあれだけ必死になる理由もわかるがね」
わッ、ベルフェガミリアさんがこっち来た。
ゴティア魔王子は老師の“首を真後ろまで回せる芸”にビックリしてこっちに気が行ってない。
「何しろゴティアくんは実力で王者になる実例を間近で見ているからね。それだけ強迫観念が強いんだろう」
実力で王者になった人?
「彼の父、現魔王ゼダンくんだよ。彼は無能な父親を引きずり下ろして、自分の力で魔王となったんだから」
ベルフェガミリアさんの話によると、現魔王ゼダンさんの一つ前の先代魔王は、遊興にばかり耽って国政を顧みない無能だったらしい。
「無能だったんだよ」
何故か二回も言われた。
折しも当時は人間国と絶賛戦争中。戦費もバカにならないのに魔王の遊興費まで重なったら魔国は財政破綻してしまう。
『このままではいかん』と行動を起こしたのが、当時の魔王の息子の一人……今の魔王ゼダンさんだった。
クーデターを起こしてみずからがリーダーとなり、先代魔王を捕らえてなかば強制的に引退させ、空いた魔王の席に自分が座ったのだという。
「先代魔王はたくさん妃を抱えていてね。ゼダンくんの母親はその中でも立場の低い……ゼダンくん自身もだいぶあとに生まれた庶子だった。さっきの長子相続のルールから言えば絶対王にはなれない木っ端のはずだった」
しかし彼は魔王になった。
例外が起こったからだ。あらゆるルールに例外が存在するのは前に話した通り。
聞くところによると先代魔王の長子……本来魔王になるはずだった人は父親(先代魔王)同様に遊興が好きで、彼が魔王になっても旧制と何も変わらない可能性が大! だったらしい。
なので彼を魔王にしてしまってはクーデターを起こした意味がない、と先代魔王ともども強制的に隠棲させたという。
「その後ゼダンくんは先頭に立って人族と戦い、数百年も続いた戦争に勝ち、“歴代最高の魔王”とまで呼ばれている。後継者にとってみれば偉大過ぎる先人だろうね」
たしかに、そんな人のすぐ跡を担うともなればプレッシャーで押し潰されるだろう。
……他人事じゃない。
僕の父さんだって負けないぐらい偉大だ!
「ゴティアくんは、偉大な父親の逸話を何度も何度も聞いてきたはずだ。不遇な生まれながらも実力で、地位と名声を勝ち取ってきた魔王。素直なゴティアくんは父のようになりたいと思ったのではないかな?」
それがゴティア魔王子の過剰な実力第一主義に繋がったと言うことか……。
たしかに尊敬する先代がそれほど実力の御方なら、それに倣おうとするゴティア魔王子の気持ちもわかろうというものだった。
「その気持ちとマリネ姫という規格外イレギュラーが重なって暴走を引き起こしてしまった……。今回の敬意はそんなところかな? いやぁ、巻き込んでゴメンね?」
と滅茶苦茶軽そうに謝罪してくるベルフェガミリアさん。
一応この件に僕を巻き込んだ罪悪感みたいなものはあるようだ……あるのか?
「……ジュニアくん、我からも謝罪したい」
するといつから話を聞いていたのかゴティア魔王子までこっちに来た。
「今回は我のくだらない不安や功名心からキミを振り回してしまって本当にすまなかった。魔王子としてあるまじき失態だ」
「いえいえ、お気になさらず……!」
「そういうわけにはいかない。これがもし、我が魔王で、キミが農場王となった時に、我が私情で他国の王を煩わせたとなれば国際問題だ。己の粗忽さを心より恥じ入るばかりだ」
こういうところ素直で真面目なゴティア魔王子を憎み切れないんだが。
と思う僕は、今まさに厄介な友を得たのではないだろうか。
ことあるごとになんかに駆り出される自分の姿が思い浮かぶ。
「キミとこうして誼を通じ得たことが、今回の数少ない成果だな。ジュニアくん! これから友としてよろしく頼む!」
ホラやっぱりそう来たよ!
僕としては余計な苦労は背負い込みたくないんだけど相手は一国の王子様!
正面切って『嫌』とは言えない!!
「彼からもマモルくんやルキフ・フォカレ卿と同じ匂いがするなあ」
ベルフェガミリアさんからもなんかヤなこと言われた!?
「さてゴティア殿下。御身に心境の整理がついたところで、まだこの世捨て人を再び召し抱えるおつもりですか?」
「いや……、貴殿も、我の功名心に巻き込んで迷惑をかけた。深く考えれば、父上が認めた貴殿の退役を覆したところで問題の方が大きかろう。貴殿も考えあってここにいるようだし」
「ご深慮、いたみいります」
ベルフェガミリアさんは深く頭を下げたけれど、『考えあってここにいる』というのは本当にそうかなあ?
ただ怠けたいだけというのが真実なんじゃないか、やっぱり?
「これからは己を信じ、引き続き父上の跡を担えるように自分を鍛えていくつもりだ。マリネのことは……気にならないと言えばウソになるが、目の敵にするのは今度こそやめだ。兄妹がいがみ合ってもよい国はできない、我とヤツでやるべきことを進めていくだけだ」
いい具合に目覚めてくれたようでよかった。
さて、今度こそ一件落着で解散といこうかな、としたが。
「魔王子殿下、折角こんな辺鄙なところまで来たのです。本当に何の成果もなしでお帰りになってよろしいのですか?」
「え? そう言われても探したって成果は出てくるものではないだろう。見切りをつけるのは大事なことだし。我自身も自分の不明を自覚できた、成果と言えばそれで充分ではないか?」
「いえいえ、ここは不死山、世界有数の聖域ですよ。成果になるものなんてその気になればいくらでも見出せます」
「ううむ、そうか……!?」
ヴェルフェガミリアさんは何の魂胆があって魔王子を引き留めるのか?
こっちは早々に下山したいんだけど。
そろそろ出立しないと下りきる前に日が暮れてしまう。
山での行動は常に先々を計算しないとな。
「そう例えば……このベルフェガミリアから直接の指導を受ける、と言うのはいかがかな?」
「何だと!?」
ビックリだ。
どうしたんだベルフェガミリアさんが自分から面倒ごとを買って出るなどと?
「おやジュニアくん、誤解されてるようだね。僕は自他ともに認める筋金入りの怠け者。ゆえに、怠けるためにはいかなる苦労もいとわないのさ」
矛盾。
しかしウチの父さんも同じようなこと言ってたような?
「このまま帰したら、また似たようなことで押しかけられて安眠邪魔されそうだと僕の直感が囁くのでね。ここで徹底して鍛えて、二度と僕に助けを求めることのない完璧な次期魔王にしとこうとね」
「おーい、呼んだ?」
えッ、誰よ?
と思ったらゴールデンバットさん? 何故頂上まで?
「僕が呼んだ」
とベルフェガミリアさん?
「コイツ指導するの得意らしいから手伝ってもらおうとね? かつての魔王軍四天王ベルフェガミリアとS級冒険者ゴールデンバットからの指導を受けるんだ。相当な箔となって魔王への道を明るくしてくれるでしょうよ」
「おお、この王子様か。修練場で見かけた時から鍛えがいがあると思っていたんだ。未来の魔王の師匠になるとなったらまたシルバーウルフと差がついちゃうなあ」
この二人、とても容赦するタイプとは思えない。
これはゴティア魔王子にとって地獄のような修練になるのでは?
「おお! このような両雄から指導を賜れるとは僥倖だ! これで我も魔王へグンと近づける!」
まあ、僕もできるだけ彼発の揉め事に巻き込まれたくないので。しっかり鍛え直してあげてください。