1312 ジュニアの冒険:十絶陣の戦い
生きながらにしてノーライフキングとなった男ベルフェガミリア。
だとしたらデタラメな強さにも納得だ。
ノーライフキングは圧倒的な魔力、生前から蓄えてきた膨大な知識量など様々な恐ろしさがあるが、それに加えてさらに付け加えられるべき恐ろしさこそ“外部のマナを取り込める”能力だ。
ノーライフキングはこれがあるお陰で不死身でいられる。たとえ体を木っ端微塵にされてもマナを取り込みながら再生し、復活することができる。
それだけでなく外部マナを取り込めるからこそ、その力は無限。能力から寿命からすべてが有限の人間に抗しようがない。
さらには自然マナも取り込むため、なかば自然に近い存在……神や精霊に近しいモノとなるため、精霊たちの力をより簡単に借りられるようになる。
人間のように複雑な呪文詠唱や儀式を介さなくてもよくなった、ということだ。
それら人間の常識から見てぶっ飛んだ様々な自由っぷりを発揮する怪物がノーライフキング。
人類には絶対勝てないとされる無法の存在。
今目の前にいる人間は、そのノーライフキングと同等の存在。
「うーん、こりゃ無理」
僕は早々に音を上げた。
「勝てないです。降参しましょうゴティア魔王子」
「何を言う、不甲斐ないぞジュニアくん! 諦めたらそこで試合終了だ!」
名言ぽいこと言ってもダメなものはダメなの。
凄い凄いと聞いていたが、ノーライフキングと同格なんてそこまで凄いとは。
そんな常識外の怪物と、大した理由もなくぶつかるなんてやってられませんよ!
「危険を敏感に察しとって忌避する。そんな生存本能も為政者には役立つことだろう」
ベルフェガミリアさんは空中に浮かび上がったまま微動だにしない。
それが支配者の威厳を示しているかのようだった。
「しかしこれはキミらの才器を見るためのものだから、簡単には逃がしてあげないよ。むしろ後学のために我が力、とくとご堪能あれ」
そう言いつつ、周囲の気配が変わっていく。
……いや、周囲の空間そのものが変わっていく!?
「自然マナを取り込めるということは、自然と一体になれるということ。それを突き詰めれば空間と一体になり、空間そのものを我が手足の延長のように操れるということだ」
なんか語りだした。
ヤバい事態のイントロであることは間違いない。
「我が師……老師はこの特質に注目し、術法として磨き上げた。その結果完成したのが空間そのものを操る術だ。キミらも既に体験しただろう、一度?」
はッ?
まさかここへ来る途中に僕らがハマった石兵八陣?
たしかにあれは感覚を狂わせる幻術の類じゃなく、空間そのものを歪ませて侵入者を惑わせるものだった。
「あれはごく簡単なものだけどね。老師が本気になればドラゴンすらも完全に封殺する空間術が使える。その弟子である僕も不肖ながら空間使いだというわけだ」
なんか空間が変わっている……!?
空気も清浄な、異世界一の不死山頂上にいるはずが、いつの間にかカラカラの砂漠の中にいる!?
「な、なんでッ!?」
これにはゴティア魔王子も驚き戸惑いパニくっていた。
「砂漠!? なんで砂漠なんだ!? 我らは山頂にいたはずだ。これは幻覚? もしくは転移魔法か!? 転移魔法でどこか別の場所に飛ばされたとか、いつの間にか!?」
いや違う。
ここはベルフェガミリアさんが作り上げた異空間。
広さ、高さ、気温、湿度、気圧、その他諸々まで、ベルフェガミリアさんの自由にできる彼だけの万能空間だ。
「『紅砂陣』。さあまずは襲い来る砂の波。溺れずにいられるかな?」
言った傍からヒェエエエエエエッ!?
砂の大津波が迫ってくる!?
しかも足元が砂にとられて沈む!?
これは流砂!?
身動きも取れないままにあの砂の大津波を被ったら、間違いなく埋められるッ!?
「くッ、こうなれば……!」
ゴティア魔王子、素早く呪文を詠唱し……。
「氷輪絶寒波!!」
氷結系最上級呪文を放った。
砂の津波は冷気を受けて凍り、一瞬のうちに停止した。
「ほほう……なかなかの判断力と魔力量」
今だ空中に浮きながら、感心して見せる。
全然余裕そう。
「窮地を押し返そうとする覇気もなかなかのものだ。ゼダンくんの跡を背負う者としてそうであらねば。ではドシドシ次の試練へと進んでいこう」
へぁッ!?
まだあるんですか!?
「次なるは『風吼陣』。さあ、吹き荒れる烈風にどう抗うかね?」
ぎゃああああああああッ!?
いきなり砂漠が消えて、次に現れたのは風!
というか嵐!
凄まじく吹き荒れる風の中、僕らは耐え切れず吹き飛ばされた。
それどころか地面も何もない空間なので、吹き荒れる乱流に身を任せて飛び回るしかない。
どうやら烈風は、竜巻のように渦巻いているため僕もゴティア魔王子もその場をグルグル回っている感じだ。
さらに上空で、台風の目のような場所から僕らを見下ろすベルフェガミリアさん。
「吹き荒ぶ乱気流もさることながら、風に耐えしがみ付くための地面を持たないのも『風吼陣』の恐ろしいところだ。亜空間を使えるとこういう攻め方もできるんだよ。どうだい?」
「ひしゃあああああああッ!? おどかべぼべ、ぶぶぶぶぶぶぶッ!?」
ダメだ、ゴティア魔王子はどうしようもなくなっている。
地面がなく、上下前後もわからなくなっていることが彼から平静さを奪っているんだ。
今僕らは、まさに木枯らしに舞い上げられる落ち葉のごとし。
そんな状態のままでいいはずがない。
行くぞ僕。
僕とてこの状況に抗ってみせる!
とは言っても僕にできるのは『究極の担い手』しかない。
触れたもの皆最大限以上に活かしきる『究極の担い手』だが、それを今どう活用できるやら。
何しろ空間丸ごと支配された今、僕の周囲にあるのは吹き荒ぶ烈風ばかりで、触れられるものなんてない。
じゃあ僕の能力、何もできないんじゃないか。
触れるものがなければ何の役にも立たない我が能力。こんなところで弱点が露呈するなんて!?
いや、諦めるな。
諦めなければ何か希望の糸口が見つかるはず。
『究極の担い手』だけが僕の財産じゃない。今まで農場と農場国で過ごし、培ってきた経験と知識も我が能力のはず。
何か……何かないのか我が記憶野?
……はッ、そういえば!
そこかでこんなことを聞いたことがある!
――『時速六〇キロメートルの風圧に手を当てるとおっぱいと同じ感触になる』
つまりそれは、風に手で触れるということ。
そうすれば『究極の担い手』が発揮できる。
我が手よ、手のひらに張り巡らされた感覚神経よ!
風を感じろぉおおおおおお!
……その瞬間、風がやんだ。
いや正確にはまだ烈風は吹き荒れている。
しかしその風を『究極の担い手』でコントロールできるようになり、僕は風に乗って思う通りに浮遊できるようになったんだ。
ちなみにゴティア魔王子はまだ木枯らし落ち葉になって周遊中。
「ぎょへぇえええええええええええええええッッ!?」
ベルフェガミリアさんはそれにもかまわず、同じ目線にまで昇ってきた僕にうすら笑いを浮かべた。
「へえ、すべて僕の支配下にある空間内で、その一部である風をコントロールするとは。聖者くんも息子に恵まれたらしいね」
「素直に褒められたと受け取っておきます」
いや実際は大変だけどね。
たとえ『究極の担い手』でコントロールできても、この空間すべてがベルフェガミリアさんの支配下にある以上、今この瞬間も風の支配権を取り戻そうとする作用がビンビンくる。
少しでも気を抜くとまたすぐ落ち葉に逆戻りだな。
しかしこれ以上ベルフェガミリアさんに対抗するアイデアが浮かばない。
何ともジリ貧な状態。
「では『風吼陣』での試練も無事クリアということで、次のステージへ移行しよう」
えへッ!?
まだあるの!?
「当然、僕の『十絶陣』はまだ序の口さ。残り八景。キミたちの才能と知恵と王器と信念と見せてもらおうじゃないか」
やだこの人、まだ全然余裕そう!?
こっちはけっこうアップアップなのに、まだこの戦いは続くのか!?
「お次は『寒氷陣』にでも行こうか。極寒と氷の世界に、キミたちはどう立ち向かってくれるかな?」
もう嫌!
人類最強との戦いしんどすぎる!
しかもこれ切り抜けても僕にメリットなんもないて、どういう争いなんだ!?
もう不死山、下山させてぇえええええッ!






