1310 ジュニアの冒険:ベルフェガミリア登場
『究極の担い手』発動で、難攻不落の宇宙服を解除することに成功。
パカッと開けると、中から痩せ気味の男の人が転がり出てきた。
「おおッ!? これこそ間違いない、かつて四天王『堕』の席を与り、父上こと魔王ゼダンから絶対の信頼をよせられたベルフェガミリアだ! 幼少から何度も顔を見てきたから間違いない!」
そっすか……!
まあ、よかった。ここまで来て『別人です』とか言われたら徒労感が限りないものになるところだった。
だがこのベルフェガミリアさん。
宇宙服から引きずり出されたというのにまだ惰眠を貪っている。
やはり話をするには起きてもらわないとなあ。
ゴティア魔王子からの依頼を達成するためにも、ここは是が非にでも起きてもらわないと。
失礼を承知でここは一つ。
「農場ビーム!」
「ぶぎゃぼわぁああああああああああああああッッ!?」
よし、今度は決まった。
ビーム直撃を受けたベルフェガミリアさんは、電気ショックを受けた魚のようにビチビチ飛び上がった。
「なんだなんだなんだ!? せっかくヒトが楽しい夢を見ていたところへ、今殺人級の衝撃が加わったように思えたんだけども!?」
「ただビームを食らわせただけです」
「ビーム!? それってヒトを眠りから覚ますどころか永眠させる場合に使う手段だよね!? 誰だッ、こんな非常識なことをしでかすのは!!」
どうも、安眠を妨げて申し訳ありません。
聖者の息子こと、ジュニアです。
「聖者ッ!? まああの関係者なら非常識なのもしょうがないか……!」
なんか納得された。
心外な気持ちが拭えぬでもないが、こちらのやった行いを考えると強くも言い返せなかった。
「しかし怠惰スーツを突破して僕を叩き起こすなんて、なかなか凄いことをするね。これも農場の脅威か……」
怠惰スーツ?
もしやあの宇宙服のこと?
「そう! このベルフェガミリアが心血注いで完成させた、我が生涯における最高傑作と言っても過言ではない! あらゆる外的衝撃を無効化し、内部には一切伝わらせない気密性。そして内部の環境を快適に保つことも徹底されて冷暖房完備、湿度の保全も完璧、自律神経をリラックスさせるための特殊音声も流れ、快適かつ安定の睡眠を実現させてくれる、最強の快眠アイテムなのだ!!」
……はあ。
何だろう、この人の快眠にかける情熱?
『怠けるのに本気です!』と言わんばかりの気勢には、僕も気圧される他ない。
「この怠惰スーツを突破して僕を起こせる者なんて老師ぐらいしかいないと思っていたんだが……。一体どうやって解除したんだい?」
「普通にパカッと開けて……」
「正常解除!?……なるほど聖者くんの能力をそっくり巣のまま受け継いだというわけか。子どもながらに恐ろしいよ」
父さんの力を知っているような口ぶり。
やはり人類最強なだけあって、様々なことに知見があるのだろうか。
「……それで、キミらは何で僕のことを叩き起こしたのかな?」
はい?
その問いかけには、静かではあるが目を背けようがないほどにハッキリとした険が交じっていた。
「この僕は、限りなく永遠に等しい怠惰と惰眠を求めて、この不死山の頂上まで隠遁したというのに。それを邪魔する者は誰であっても許さないというのが僕の主義であり権利でもある。そもそも考えてみてくれ、一番眠りの深い時に叩き起こされて不機嫌にならない人間がいるかな?」
ヤバい、マジで怒ってらっしゃる?
すみませんけっして悪気があったわけじゃないんですが。
用があるのはこっちの人なので、あくまで僕は無関係です、蚊帳の外です。
詳しくはこっちの人からお聞きください!
「ベルフェガミリア卿! 我だ、魔王ゼダンが長子、魔王子ゴティアだ!」
「ん? ……ああ、ゴティア殿下ですか。久しぶりだなあ。すっかり大きくなって、何歳になりました?」
ベルフェガミリアさんの対応がまんま親戚のおじさんだった。
「久しく離れていたのはこっちも同じ、しかし旧交を温めるためだけに貴殿を訪ねたわけではない。実はどうしても聞き入れてほしいことがある!」
「はい?」
「ベルフェガミリア卿、魔王軍に戻ってほしい。そして再び魔軍司令の要職に就き、その辣腕を振るってくれないか。このゴティア、魔王子としてのたっての頼みだ!」
と深々と頭を下げるゴティア魔王子。
それを見てベルフェガミリアさんはなんとも歯にものの詰まったような顔つきで……。
「いやぁ、魔王軍からは円満退役だったんですけどねえ。それで戻って来いと言われてもどうも……」
そういえばベルフェガミリアさんはどうして魔王軍をやめちゃったんです?
給料もいいだろうし、それなりに地位も高くて安定した職場だと思うんですけれど?
「『辞めたい』という意志はだいぶ前からあったよ? むしろ魔王軍に入隊した時からあった」
それはだいぶ前すぎでは?
「労働こそ怠惰からもっとも遠いところにあるものだからね。僕はいつか労働の義務より解放され、好きな時に寝て好きな時に置き、暇な時にも先の予定に縛られることのない真の怠惰なる生活を夢見ていたんだ。そして今、それが現実となっている!」
はい。
まさしく寝てばっかりの様子でしたしね、今。
「素晴らしいとは思わないかね!? ただ食っちゃ寝するだけの生活! 何もしなくていい、何も目指さなくていい! 人は、過ぎたる欲を持たなければ何もしなくていいんだよ! それこそが理想的な人の生活! そうは思わないかね!?」
いいえ、思いません。
何もせずに終わるのなら、生まれてきた意味はどこにあるというのですか?
人はそれぞれ、自分だけの何かを成し遂げるために生まれてくるのだと思います。
為せずに終わるならその人生は失敗です。
失敗した人生の何が素晴らしいのでしょうか?
「うおぅ、凄まじく貫通力のある正論を返してくる……!?」
僕も自分の為すべきことを為し遂げるために日々頑張っておりますので。
だからってアナタの生き方は否定しませんよ。
楽に生きられるならそれがいいという意見はわかりますので。それももちろんできる範囲のうちでですが。
楽したいからと言って義務を放棄するのは全然道理にならないと思います。
「そうだね、天性の怠け者である僕にもその道理はわかる。だからこそ前半生、まったく性に合わない仕事にも打ち込んできたということさ」
それがつまり魔王軍に所属していた時代だと。
「僕にだって種族愛? というものがあるし自族が侵略されるのを黙って見ているわけにもいかないしね。それからゼダンくんから感銘を受けたのもある。魔王としての義務に真っ向から向き合おうとする彼の誠実さには刺さるものあるわけだ。怠け者でも……いや怠け者だからこそ刺さるものがね」
おおぅ……そうですか。
こういう大人の真面目な姿を見せられる、若僧として圧倒されるな……!?
「なので魔王軍としてそれなりに一生懸命働いたし、その成果として昇進も受け入れた。偉くなると責任も増えるが、できることも多くなるからね。バカな上司に振り回される面倒くささと計りにかけて、どっちがより面倒臭くないかを選んだ結果さ」
それで位人臣を極めてしまう男ベルフェガミリアさん。
「結果、おかげさまで戦争に勝ち、魔国の平和を勝ち取ったし、安全も確保できた。その時に辞めてもよかったんだけど、外敵がいなくなると今度は内患ていうの? 国の中の方が騒がしくなってね」
聞いたことがある。
戦争中、魔王さんを始め国の上層部の意識は、人間国の侵略を防ぐことに集中していた。その分国内への注意が疎かになっていたのもまた事実。
それをいいことに不正を行う領主、緊張感がなくなりどんぶり勘定で国政を担う官僚がとてもたくさんいたとか。
そうした不正を一掃するために、現魔王さんは戦争後も目まぐるしく働かざるを得なかったんだとか。
先生から、社会の授業で習った。
さらに習ったのは、そんな魔王さんの改革をもっとも傍から支えたのは、魔国宰相ルキフ・フォカレさんと魔軍司令ベルフェガミリアさん。
政務と軍務、この二本柱で正確厳密な運営を行ったからこそ、速やかな改革が達成された。
この三者は偉大なる為政者として、今後数百年歴史に名を遺し続けるだろうと先生は言っておられた。
そんで……。
「改革もある程度完成を見て、不正の温床も一掃し終わったからさ。僕の役目も終わりましたと判断し辞表を提出させてもらった。ゼダンくんも理解を示して速やかに受け取ってもらえたよ」
怠け者ゆえの引き際の鮮やかさ。
「そうして僕は、人生の務めを果たして楽隠居ってわけさ。……早期リタイヤってヤツ? いやぁ、あらゆる義務から解放された今の生活は気楽で素晴らしいねえ」
「しかしそれでは困るのだ!」
話を完結させようとするベルフェガミリアさんに食いつく魔王子ゴティア。
「うわぁ、殿下? 一体何なんですか?」
「貴殿が現役時代に残した功績の大きさは今なお変わることがない! 貴殿という歴史に稀なる魔軍司令がいてこそ、いずれ我が魔王となる治世が盤石になる! どうか我が世のためにも魔王軍に戻ってほしい!」
こうして、ようやくにして当初の目的がピックアップされてきた。
長い道のりだったなあ。
 






