1309 ジュニアの冒険:怠惰スーツの威力
これがベルフェガミリアさん。
かつて魔王軍四天王の一人にして、魔軍司令の座についていた人。
その恐るべき偉人は……寝ていた。
この不死山の頂上で。
寝た!?
なんでこんなよりにもよって辺鄙なところで寝る必要があったのか?
もっと別にないの?
快眠快適を得るためにもっと相応しい場所があるはずなんだけど。あえてこんな寒いし空気は薄いし直射日光が当たるような場所で寝る意味は!?
「しかもなんだ……あの格好?」
山頂で惰眠を貪るベルフェガミリアさん。
ちょっと僕の知識では名状従い珍妙極まる格好をしている。
何といえばいいのか?
全身丸ごとすっぽり覆うようなデザインの衣服で、それでいて繋ぎ目のようなものは一切見受けられない。
しかもサイズ感が大きめで、むしろ大きな袋の中に人が入っているようにも見受けられる。
いや、本当に中に人がいるのか? と思ったが、どうにも寝息っぽい呼吸音は聞こえてくるので少なくともカラッポではあるまい。
これを一言で言い表すには、どう言えばいいか……?
僕の語彙では表現できそうにないので、ここは通信で父さんに聞いてみた。
『……まるで宇宙服?』
そう、それ!?
いや僕自身はよくわかってないけれど。
その“うちゅーふく”のようなものに身を包んでグータラ寝息を立てているのがベルフェガミリアさんなのか。
それはよくわからない。
というぐらいに宇宙服がすべてのシルエットを包み隠してしまっている。
「……あれは、本当にベルフェガミリアなのか?」
当事者であるゴティア魔王子も確信が持てない模様。
ともかく爆睡している相手では本人確認もできぬということで、まずは起こすところから始めよう。
「ベルフェガミリアさん? ベルフェガミリアさん、ちょっといいですかー?」
とりあえずは宇宙服をゆさゆさ揺らすことから始めてみた。
「お休みのところすみません。大事なお話があるんで起きていただきたいんですが……」
「ベルフェガミリアよ! 魔王ゼダンの旗下にその人ありと謳われた英雄よ。ゼダンの長子ゴティアが来たぞ!」
ゴティア魔王子も一緒にゆするが、全然反応がない。
この期に及んで規則正しい寝息を立てるのみだった。
「全然起きる気配がない……」
一体どういうことだ?
人ってもっと簡単に眠りから覚めるものじゃないのか?
「くッ、こうなれば仕方ない……!!」
辛抱強さのないらしいゴティア魔王子がまず、痺れを切らした。
「揺らして起きないなら、それ以上の刺激を与えるしかない! 幸い見るからに防御力の高そうなナリをしているしベルフェガミリア卿、許せよ!」
そう言ってゴティア魔王子、爆睡する人の身体を思い切り蹴り上げるという暴挙!
「魔王子キック!!」
「ええええぇーーッ!?」
魔王子!?
さすがにそれはッ!?
いくら起きないからってキックはちょっと!?
魔族さんたちって、こんな風にやることなすこと豪快なの!?
『アスタレスさんの血の影響かなー?』
父さん!?
まだ通信切っていなかった!?
しかしながら僕の心配は杞憂で終わった。
何故ならゴティア魔王子が蹴りを入れた瞬間、それと同じ……いやそれ以上の威力で弾き返されたからだ。
「ぐわひぇええええええッッ!?」
ゴティア魔王子!?
大丈夫ですか踏ん張って!
ここ山頂ですから踏ん張らないと山裾まで転がっていきますよ!
「何だこの堅固さは……!? ただ堅いだけではない。加えられた衝撃をそっくりそのまま……いや倍加させてはね返してくるなんて、何らかの魔法効果か?」
少なくともこの宇宙服が見た目通りではない、とんでもないシロモノだということがわかった。
こんなスーツの中に入られたら難攻不落ではないか!?
こんなそんじょそこらにはなさそうな堅牢スーツに入っているとしたら、やっぱりそれは人類最強の男ベルフェガミリアさんなのでは?
「ぐぬぬぬぬ……! こんなわけのわからん人型袋に阻まれるとは、魔王子として屈辱……!」
あッ、魔王子?
しっかりして、己を保って?
「ここで引き下がっては魔王子の名折れ! 何としてもあの人型袋を引き裂いて仲のベルフェガミリアを引きずり出してくれよう!!」
と言って必要ないところで本気を見せるゴティア魔王子。
即座に精神を集中させると魔力を高め始める。
「……獄炎霊破斬!!」
おおぅ、さすが魔王子。
魔術魔法にて火炎系最強の魔法をいともたやすく放ってきた。
術者がいかに精霊と通じているかにもよるが、あの火炎魔法の威力は、最低でも家屋を吹き飛ばして残さず消し炭にする程度はある。
それを個人がまともに浴びたらどんなことになるか!?
……リフレクション。
なんだ、今の効果音?
しかしその効果音が示すままにぶつかってきた魔法を反射。そのまま術者であるゴティア魔王子へと返してきた!?
「はにゃあああああああああああああああああッッ!?」
やばい。このままではゴティア魔王子の方が消し炭となってしまう!
僕が前に立ち襲い来る炎を散らして消し去る!
「一体どうやって!?」
できると思えばできる。
しかし……、それ以上に厄介で恐ろしいのはあの宇宙服だ。
あらゆる攻撃をはね返して傷つくこともない。最強無敵の防御。
あの中に入れば、とりあえずいかなる危険からも身を護れそうだ。
そういう意味ではあのスーツの中は絶対安全圏だろう。
「ぐぬぬ……!? ジュニアくん、何とかならないか?」
ええ? それを僕に言われても。
「いや、キミならばなんとかしてくれると信じている! そのためにも同行を願い出たのだ! キミの力でなんとかあの難攻不落スーツを突破してほしい!!」
そう言われてもなあ。
試しにやってみるか、農場ビーム!
……ダメだ!
正確にこっちにはね返してきた!?
農場バリアがなければ爆熱四散するところだった!
あの宇宙服の防御は、こちらの想定の遥か上というところか。
そんな防御を突破するなんて、どうすれば……。
いや、そういえば、どこかでこんなシチュエーションを見たか聞いたかした覚えがある。
あれは……そう、幼き日に父さんから聞いた昔ばなしだ。
たしかタイトルは『北風と太陽』という。
ある日、北風と太陽が勝負をすることになった。
通りすがりの旅人のコートを脱がせられるかどうか、というのが勝負内容。
まず北風が突風を吹き付けてコートをはぎ取ろうとしたが、旅人は風に飛ばされまいとますますしっかりコートを着込んでまったくはぎ取れない。
力ずくでは何ごとも進められないという教訓の話だ。
では、勝者である太陽はどうやって旅人からコートを脱がしたか?
うーん、何だっけ?
思い出せ……?
そうだ、溢れかえるほどの高熱で旅人ごと焼き尽くした!
すべてなくなれば着ているか脱いでいるかも関係ない!
全消滅して我らの勝利……!!
って違う!?
それはむしろ母さんやヴィールの思考法!
二人が歪めた記憶が、僕に侵食してきているッ!?
怖ッ!?
実際の結末は、どうしても思い出せなかったので一旦保留して。
難攻不落のスーツは『究極の担い手』で制御系に侵入して普通に解除成功した。
最初からこうしておけばよかった。






