1307 ジュニアの冒険:山ごもりの結果
僕ジュニア。
不死山に登り想定外の事態に見舞われています。
それも複数。
ゴティア魔王子による四天王ベルフェガミリア再勧誘のためにここまで来たはいいものの。
惑いの結界に閉じ込められるわ、期せずして元S級冒険者ゴールデンバットさんと遭遇するわ、冒険者たちの修行場にたどり着くわ……。
とりあえず荷物を降ろしてもいいですか?
そろそろ日が傾きかけてきたから助かった……。
「それで聖者の息子よ、お前は何しにここに来た? 気まぐれ散歩コースにはとても入らない場所だが?」
ここが散歩コースに入るんならさぞかし足腰が頑健な人ですよね。
想定外ではあるが折角出会えた人だ。
聞き込みしないわけにはいかないと素直に目的を話すことにした。
「ベルフェガミリアか……まあ知らんこともない」
と答えるゴールデンバットさん。
やったぜ! 早くも手掛かりゲットだ!
「本当に鼻持ちならんヤツよ。不死山が魔国側にあると言って譲らん。頑固な男だ。不死山は大きい。人類が勝手に決めた線など軽く超えるほどに。大自然の象徴を人の枠に嵌めこもうなど、土台愚かな考えよ……」
いや、当人に対する愚痴ではなくて、今どこにいるのかを知りたいんですが。
いますよね?
この不死山に?
「ああ、ここからもう少し登ったところにいる。頂上に近づくほど余計なものもなくなるし見つけるのは簡単だろう」
「おお、それはいい! 早く進もうぞジュニアくん!!」
目的の具体的な位置がわかって興奮する魔王子ゴティア。
それを見てゴールデンバットさんは脱力のため息を漏らす。
「魔族のために働いてやるなどやけに物好きだな。まあお前は聖者の後継者という立場なら、同じ国の代表者を助けてやる義理もあるのか」
まあそれだけじゃないですけど。
僕も冒険者になったんでギルド経由で依頼されたら断るのも難しいんですよね。
「なにぃッ!? 冒険者になっただとぉッ!?」
今日一大きなリアクション。
そう言えばまだ言っていなかったか。それに関係者のゴールデンバットさんには言わなきゃいけなかったか。
そうです僕、今では立派な冒険者なんです。
ギルドマスターさんにも認められて、どこにも恥じない冒険者ですよ。
階級はZです!
ウソみたいですがホントです!
「それを最初に言わんか! そうかそうか! なるほどなるほど!」
ゴールデンバットさんは一人で納得の様子。
「つまりお前は、冒険者としての基礎固めをしにこの修練場にやってきたわけだな! 関心関心! 強い冒険者になりたいならオレに教わるのが一番の近道だとわかっていたか!」
いえ、そんなことはなく。
前述の通りここに来たのは別件で……!
「いいだろう、ここのボンクラどもと一緒に徹底的にシゴキ上げてやろう! 訓練中はきつかろうが、その結果耐え抜くことができたらどこでも生き延びられる最強冒険者になれるぞ! そのことだけは保証しよう!」
いやだから、ここに修行場があったことすら知らなかったんですってば。
この押しの強さもゴールデンバットさんならではだと思う。
そういえば、あそこでへばっている人たちも指導を受けている冒険者ってことですか?
何十人もいるようですが。
「うむ、まあてんで見込みのないヤツらよ。鍛えるというよりは振り落とすためにここへ連れてきている」
え? そんな言い方しないで……!?
「何これはシルバーウルフからの指示だからな。アイツらは所詮魔法学院から送り込まれてきた冒険者モドキよ」
魔法学院。
ここでその名を聞こうとは……。
「お前も冒険者になったなら聞いていないか? 今は王都で冒険者ギルドの職権を侵そうとしている不埒な組織があるんだよ。ヤツらはその手の者たちだ。冒険者になれる手続きが緩いからって続々息がかかったヤツを送り込み、内部から切り崩していこうという腹だな」
そういやそんなことをギルドマスターさんからも聞いた。
かなり深刻な口調で。
「シルバーウルフのヤツも間抜けではないからな。ギルドが侵食されるのをボサッと見ているわけでもないと言って頼りにしたのがオレだ。問題の魔法学院から送り込まれた埋伏毒どもをまとめて連れ出し、訓練の名目でシゴいてやれば大体が音を上げて脱落していくだろう」
……という魂胆か。
「おっとしかし誤解するなよ。オレはけっして最初から練習生どもを壊してしまうような無茶な訓練は課してない。オレのスーパートレーナーとしてのプライドが許さんからな」
彼なりのしっかりした職業倫理はある模様。
「我が緻密な計算が織り上げたトレーニングメニューをこなせば、誰であろうと最低限一人前の冒険者として大成するだろう。それで脱落するならアイツら自身に問題があるということ。根性が足りないか、絶対に冒険者になろうという意志に欠けているか。どっちにしろ長続きはせんだろうから早めに職を変えた方がいいという連中だ」
「ふざけるなよ!」
僕らの会話を聞いていたのか、訓練に耐えていた冒険者(?)の一人が食って掛かってきた。
「理不尽な過剰トレーニングで苛めてきやがって! オレたちはこんなものがなくても冒険者として立派にやっていける!」
「そうだ! 体力勝負なんて今どきナンセンスだ! オレたちには魔法の力がある! それだけでアンタみたいな古い人間よりアドバンテージがあるんだよ!」
あッ、これたしかに魔法学院の人たちだ。
魔法に対して盲目的なほど一方的な信頼がある。
「ほうほう、そうかそうか。だったらその魔法とやらでこのオレに一本取ってみるがいい。このオレの体に一発でも魔法を当てられたヤツは、その場でA級に昇格できるようギルドマスターに掛け合ってやろうじゃないか」
「言ったな見てろ!……火の精霊よ、我が刃となりて敵対者を滅ぼしたまえ!」
えッ?
この距離感で詠唱入っちゃう?
たしかに詠唱は大切だけども敵だって動くし襲うし考えてるんだぞ。
あんな目の前で無防備を晒すなんて……もう少しやりようない。
「くらえフレイム!」
「はーっはっはっはっは」
案の定、呪文が完成して放たれてもゴールデンバットさんはたやすくかわす。
詠唱から初めて呪文を放つなんて『今から撃ちますよ』と言って矢を放つようなもの。
かつてS級にまでのし上がったゴールデンバットさんからしてみれば目を瞑ってでもかわせる、のんびりさだろう。
彼なら呪文完成前に潰すこともできただろうに、それをしないのはあの人なりの優しさか。
他の訓練生たちも勢いに任せて呪文を放つ。
さすがにあれだけ数が重なれば雨あられのようになるが、それでもゴールデンバトさんにはかすりもしない。
「はーっはっはっは、そんなものか魔法の力は? 何とも微小なアドバンテージではないか!?」
教官的な立場としては、ああして彼らがエリート意識の拠り所としている魔法を完膚なきまでにこき下ろすことで、訓練に真剣になれるようにという思惑があるのかもしれない。
しかしながら、事態は既に“それ以前”となっていることを僕は知っている。
「あのー、皆さん、落ち着いて聞いてください」
これ以上黙っていては罪になるので、僕も意を決して口にする。
ネタバレ? そんなの知らん?
「皆さんが知ってる魔法学院は解体されました」
「「「「「は?」」」」」
さすがに衝撃的だったのか、訓練を受けていた魔法学院からの潜入冒険者たちは一斉にこちらを向いた。
「一体何を言って……そんなデマにオレたちが引っかかると思っているのか?」
「そうだ! 魔法学院は今一番勢いのある組織だぞ! それが簡単に潰れて堪るか!!」
このような山奥にこもっていては、外からの情報なんて早々入ってこないだろう。
彼らがいつから山籠もりしているかは知らないが、その間にも世界は回っていたのだ。
急速に。
「いえ、本当です。学院長がただの詐欺師だと判明しまして」
「え?」
「しかもそれで魔国の関係者まで騙ってたのでガッツリ重罪になり逮捕されました。魔法学院は、人間国政府の管轄の元に立て直しされるそうです」
あくまで平和的に魔法を学べる機関に。
当然ながら他機関に影響を及ぼすような裏の動きは止められることだろう。
皆さんは山を下りても、その路線の出世栄達は望めないということ。
「ここに来る前に魔法学院を潰していたのか!? さすがやることの豪快さと迅速さは父親から譲り受けているな聖者の息子! はっはっは!」
豪快に笑うゴールデンバットさん。
その一方でこの報告のもっとも大きな影響を食らう冒険者たち……を装った魔法学院潜入者たちは……。
「お、おい……オレたちどうすれば?」
「本当に魔法学院がなくなったんなら、ここでこんなことしてる意味ねえ!」
「落ち着け、あの男が言ってることがウソってことも!」
「それをどうやって確かめるんだよ!」
「何の情報も入ってこない山の中がもどかしい!!」
と疑心暗鬼になっていた。
やっぱ情報が遮断されると怖いよな。
世間がどれだけ変わろうと感知しようがない。