1305 ジュニアの冒険:二度登るバカ
異世界一の山、不死山。
その標高は他のどの山よりも高く、それだけでなく山自体に宿る神聖さにおいても追随を許さない。
遠景から見る姿は雪化粧を被って霊験そのもの。
人間国、魔国の境界辺りにあるという立地から二種族双方より好み慕われており、人々の心に大きな象徴と化している。
それが不死山。
そんな不死山に、この僕ジュニアが上ることとなりました。
魔王子ゴティアさんからお願いされて。
ひとまず現状僕は冒険者なので、冒険者ギルドを介して依頼されると嫌とは言えない。
じゃあ聖者の息子として、魔国の魔王子から国際的な要請を受けると断れるの? って話でもあるが、その辺りがまあ複雑。
だから、もう二つ返事で引き受けちまえって! ってノリで承諾した。
立場とか関係なく即断即決すればややこしいしがらみも発生しないだろうという配慮だ。
リテセウスお兄ちゃんとギルドマスターさんに一言断ってから、僕は王都を出た。
ちなみにヴィールはやっぱりそのままついていく気満々だったので、ノーライフキングの先生に連絡して回収してもらった。
――『ぎゃあああ嫌だ! おれもジュニアと一緒に旅するのだ! きびだんごの分だけ働くのだぁああああッ!!』
――『いや別にきびだんご貰っとらんじゃろ、お前』
案の定大騒ぎしながらの撤収となった。
この旅で僕が成長するには安易な助けがあってはならないんだ。
ヴィールも農場で僕の帰還を待っていてくれ。
そして今、僕はこの不死山の登山ルートを進んでおります。
魔王子ゴティアさんと一緒に。
「大丈夫かジュニアくん? 休憩が必要かね?」
と振り返りながら僕に尋ねてくる。
「いえ、まったく大丈夫ですけど」
「そうか……!」
というか休憩なら、つい数分前にもしましたよね?
登山って登り始めてから終えるまでの時間配分も大事ですから、そうノンビリとはしていられませんよ。
「う、うむジュニアくんの言う通りだな。魔王子として滞りない進軍を心がけねば」
そうですね。
さすがゴティアさん、次期魔王として考えがしっかりしておられる。
「……ところでジュニアくん?」
「はい?」
「そんな大荷物を背負って、大丈夫なのか? こんな険しい山道を進むのならもっと身軽な方がよいと思うのだが?」
とんでもない!
これでも必要最低限の装備ですよ!
不死山は世界最標高ですからね。
行って帰ってくるのに一日じゃ足りない。そうなれば山中のどこかで野営ということになる。
無装備で野営というわけにはいきません。
今僕が背負っているバックパックの中には、
・折り畳み収納されたテント。
・人数分の寝袋。
・焚火道具。
・雨天時のための雨具。
・緊急用の着替え。
・防寒具。
・食料。
・水。
・各種医薬品。
様々収納してある。
「そんなに? いくらなんでも気遣いすぎでは?」
魔王子殿下。
山を舐めてはいけません!
「ひッ?」
山とは自然。
そして自然とは往々にして人に容赦など持たないものだ。
自然のちょっとした気まぐれで……雨が降るとか、夜になるとか……経ったその程度のことでちっぽけな人間ごときの生命に関わる大ハプニングへとつながる。
みずからの安全のためにも、充分以上に備えておかなければならないんだ!
「そ、そうか……ジュニアくんは登山に詳しいのだな……!?」
それはまあ。
不死山に上るのもこれで二回目ですし。
「そうなのかッ!?」
幼少の頃、父さんに連れられて登った記憶が。
何の用事があったかのかは幼さ故の忘却の彼方であるが、あの当時の父さんも登山には万全の準備をもってあたっていた気がする。
自然への畏怖と敬意、併せて畏敬にかけては誰よりも大きいのが父さんの農場主ならではというところだった。
……たしかあの時、他に誰かいた気がしたけど……誰だったっけ?
「不死山はクソ高い山ですので、行って帰ってくるにも相当な時間がかかります。そして視界の悪い夜間の登山は命取りになりますので、山頂もしくはその近くで一泊するのは避けられないでしょう」
「うむ、そうか……!?」
なのでキャンプ道具は必須です。
野宿すればいいと思われるかもしれませんが天候が崩れた時に備えてやはりテントは必須。
そう都合よく夜露を凌げる場所があるとは限りませんからね。
そうした山の厳しさ。
楽しさ素晴らしさの裏に潜む登山の危険を、僕は前回の不死山登山で父から学びました。
その時の経験と知識を、今ここで活かす!!
「そ、そうか……、キミに同行を願ったのは、思った以上に大きな意味があったようだな」
……。
ところで魔王子さん、そろそろ教えてほしいんですが。
不死山に登って何をしようと言うんですか?
アナタのところの関係者が関係的なのは事前に聞きましたが、詳細は一切伝わらないもので……。
「そうだな、我が国の不甲斐ないところを晒すのでできるだけ話したくなかったが、ここならよかろう。盗み聞きするものなどいようはずもないのでな」
まあ、山中ですからね。
壁に耳あり障子に目ありといいますが、山には壁も障子もありませんから。
「究極的な目的は先にも話した通り、かつて魔軍司令の役職を務めていた四天王ベルフェガミリアを魔王軍に復帰させるためだ」
四天王ベルフェガミリア。
何だろう、記憶の片隅にあるようでない名前。
なんか役職的に僕が知っててもおかしくないとは思うんだが……農場に来たことある、その人?
「さあ、四天王にいればもれなく農場を訪ねたことがあるとは思うが」
……何しろ我が母もかつては四天王として農場を訪問したことがあるそうなのでな、とゴティア魔王子は言った。
「話を戻そう。ベルフェガミリアは、長い魔王軍の歴史の中でも最強と言われた四天王だ。その実力は計り知れず、当時席を並べていた他四天王三人を併せても軽く圧倒できるほどだったらしい」
その圧倒される三人の中に、魔王子さんのお母さんも入ってたんです?
「人魔戦争で我ら魔族が勝てたのは、まず我が父魔王ゼダンの活躍もあるがその裏には四天王ベルフェガミリアが、その圧倒的な力で戦線を支えたからだと言われている。そしてベルフェガミリアが本気を出していればもっと早く戦争は終わっていただろうとすら言われている」
へぇえ……!?
「それぐらい有能で強力な魔族の戦士だった。それゆえ終戦後も父はベルフェガミリアを高く評価し、魔王軍を束ねる最高の役職、魔軍司令の座を贈った。それ以前の魔王軍は魔王が直接指揮する形をとっていたので、魔王の職権を一部割譲する破格の待遇であったと言える」
ほぉお……!?
「ベルフェガミリアは、それこそ魔国の歴史に残る最高の四天王であったが、ある日異変が起こった。ベルフェガミリアが突如魔軍司令の職を辞し、魔王軍からも退役してしまったのだ」
はぁあ……!?
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
ひぃい……!?
いや、ちゃんと聞いていますよ?
「ベルフェガミリアの退役は唐突なことで父上も慰留する暇もなかったという。以降魔王軍はあの異才を欠いたまま運営されている」
ちなみに今、指令を務めているのは……?
「四天王のマモルだ。彼もよく勤めているが、最強無敵の魔王軍を実現するにはどうしてもベルフェガミリアに戻ってきてもらいたい。そのために復隊の勧誘にやってきたというわけだ」
勧誘に?
この不死山に?
なんで……いや、ということは……!?
「そう、引退後のベルフェガミリアはこの不死山にこもっているという。このような辺鄙なところに隠棲するなど、まさしく世捨て人の見本のような男だ。しかし、そんなベルフェガミリアを帰順させ、最強の魔王軍、ひいては不滅の魔国を実現させて見せる、魔王子の名に懸けて!」
それはいいんですが、その話の流れから僕は何に協力すればいいんだろう?
僕が活躍するシーンが見えてこないんだけども?