1304 ジュニアの冒険:二人目の王子
「あー、しんどかったー」
僕ジュニア。
まったく一仕事終えた気分です。
実際一仕事だったからな。
表舞台に出て、厨房での出来事を誤魔化すには。
リテセウスお兄ちゃんも僕の考えに乗ってくれて、辻褄を合わせてくれた。
これで厨房の人たちも誰も罰せられないはずだ。
「ジュニアも咄嗟にあんな言い逃れを思いつけるなら大したもんなのだー」
ありがとうヴィール。
僕が切り抜けることを期待して黙って見守ってくれてたんだな。
「まあジュニアがどうしてもダメなら、おれが助け船を出してやったがな。ドラゴンが飛来して襲う素振りでもみせたら大抵のことは記憶から飛ぶのだ」
……。
本当に僕だけで解決できてよかった。
ドラゴンは最終的には力押しなんだなということも学んだ。
「いや、すべてが無事済んだのはいいんですけど……」
見習いコックのペリナさんが言う。
「何故いまだに厨房にいるんですか王子様!?」
ん?
そっちの方が落ち着くから。
やっぱり根が庶民だからかなあ、あんな偉い人たちが集うホールにいると気力がガリガリと削られてしまう。
こうした舞台裏の方が気楽だし、僕の性に合っているよ。
ダイジョブダイジョブ。
ホットケーキを紹介するという形で掴みはとったし、僕の代わりにホットケーキが農場国のことをアピールしてくれるさ!
キミたちだってボヤボヤしてられないぞ。きっと翌日からホットケーキの注文が嵐のごとく押し寄せてくることだろう!
ホットケーキの素はまだまだたくさんあるからな!
皆ここで農場直伝の焼き方をマスターしていってくれ!
「いや……、最強の人材と思ってスカウトしたのがまさか王子様だったとは、世の中わからねえ……!」
「王子様って料理も一流なんですね。知りませんでした……!」
料理長とペリナさんが揃って呆然としていた。
とんでもない、農場の主にとって料理は必須科目ですとも!
自分たちが丹精込めて作ったものを美味しくいただくことは、重要事項ですからね!
しかし今回のやり取りでわかったこともあった。
農場発の料理や食材は、続々と周辺各国へと伝わっているけれど、中には齟齬があって上手く受け入れられていないものもある。
ホットケーキもその一つだった。
せっかくホットケーキの素が出回っているというのに小麦粉の不良品とし神なされていないのはもったいない。
全力を挙げて正しい使い方を布教して、世界中の皆に美味しいものを食べてもらうのもこの旅の意義なきがしてきた。
「おおー、美味いものが食えるのはいいことなのだ。楽しい旅になりそうだなー」
ヴィールが楽しそうに言う。
まさか、まだついてくるつもり?
「あの……それよりもジュニアくん? もう少しホールで皆さんとお話ししてほしいんだけれど……」
リテセウスお兄ちゃんがわざわざ厨房まで来て呼びかけてきた。
えぇ~、でもぉ~。
義務はもう果たしたって言うか~。
あまり偉い人の間で顔が売れても、これからの旅の障りになるような気がしてね。
ぼくはあくまで自己の鍛錬のために旅をしたいので。
「さすがジュニア、権力にいたしていたされないのだ」
「さすが聖者様の息子ということか……」
さて、これからどうしていくかな?
人間国で大分話題になってきたし、これ以上騒がれる前に移動するというのも手だけど。
もう少し冒険者の職を勉強したいという気持ちもある。
時間はあるとはいえ、しっかり考えて行動していかないとな。
そう考えていると……。
「……失礼、ここにジュニアくんがいると聞いてきたんだが」
ん?
誰?
僕を求めてやって来たとは、酔狂な人もいたものだ。
「なッ、アナタは……!?」
訪問者を見てまずリテセウスお兄ちゃんが驚愕の声を上げた。
知っているのか。
「ま、魔王子ゴティア殿下!?」
「「「「な、なんだってぇえええええええッ!?」」」」
周りにいる人たちも一斉に驚く。
まおうじ……?
ごてぃあ……?
「うおおー、あの時のガキが大きくなったものだなー」
知っているのかヴィール!?
説明よろしく!
「ジュニアおめーは見覚えないのか? 昔会ったことあるだろ?」
そうかな?
「コイツは魔王の息子なのだ。一時期農場に勉強しに来てたこともあったな。まあそれなりに優等生で死体モドキも褒めてたぞ。なんかある時期から急に来なくなったが何してたんだ?」
ほほう、僕はまだ小さい頃だったので記憶が曖昧なのかもしれない。
現れた魔王子さんとやらは、既に立派な大人の貴公子だ。
スラリと長い身長、それでいて体つきはガッシリしており強者の風格を漂わせる。
それでいて眼光は煌びやかで貴種の趣を放ち、高貴な雰囲気がビンビンだ。
顔つきも麗しく、凛々しい系の美形。
これなら本来の肩書きを名乗らずとも自然と王子様呼ばわりされることだろう。
全身からただ者でないオーラと貴種の風格を放つ美青年。
さすがの僕も身じろぎせずにはいられなかった。
「ヴィール殿、ご無沙汰しています。農場である程度学んでからは本格的に父上の跡を継ぐ準備に入り、実地研修として領地を一つ任され、統治に勤しんでいました」
「ほうほう」
「未熟者ゆえに戸惑うことも多く、現場にかかりきりで時候の挨拶にも行けなかったことを心苦しく思っています。ただ、最近やっと領地経営も軌道に乗って余裕も出てきました。聖者様はお元気でしょうか? 近いうちに挨拶に伺うとお伝えください」
「はえー、一皮剥けた感じがするのだな。まあこれからも驕らずに精進するがいいのだ」
王者としての威厳を持ちながら驕ったところもない。
理想的な王位継承者と言った感じ。
そんなゴティア魔王子様が僕の方を向く。
ヒェッ、てなる。
「久しぶりだなジュニアくん。さすがに数年前とは見違えるほどに成長した。もはや聖者の後継者という名乗りも遜色なさそうだな」
「は、ハイ……!?」
凄いな、笑顔を見せた瞬間、歯がキラッと光ったぞ。
あんな現象が本当にあるんだ。
僕も今日は散々王子様、王子様ともてはやされたけど、これが真なる王子様の風格というものか。
僕みたいな、親子二代にわたってな庶民とはまったく違うな。
「キミが人間国で何やら活躍しているという噂を聞いてな。転移魔法で飛んできたというわけだ。さあ、どうやって探し出そうかと悩んでいたところ、都合のいいことにキミの歓迎パーティが王都で催されてるとなって本当にタイミングがよかった。日頃の行いの賜物かな?」
そっすか……。
なんでそんなに僕のことを乞い求めてるの?
指名手配か?
「リテセウス大統領、突然押しかけてしまって申し訳ない。実はジュニアくんに頼みごとがあって、早く顔を合わせたくて一刻も惜しかったのだよ」
「いえまあ、唐突なこと以外はいちゃんと礼儀も払ってくれてますので……!」
既に歴戦のツワモノとなっているリテセウスお兄ちゃんですら飲まれてしまうほど、ゴティア魔王子のオーラは凄まじい。
でも……僕に頼みたいことってなんだ?
「あの、僕も人助けは大切だと思いますし、できる限り求めに応じたいところですが、まだまだ若輩の身で実力も権力もないことですし、無茶なことはできかねるんですが……!」
「はっはっは、そう謙遜なさらずに。我も幼き頃アナタと出会ったが、アナタはさらに幼い時から溢れる才能に輝いていた。アナタが遥か年上の人魚国王子を捻り潰した時の驚きは今でも忘れない」
そんなことあったっけ?
すみません当方はすっかり忘れておりました。
「そんなジュニア殿にどうしてもお願いしたいことがあるのだ。我と一緒に不死山に登ってくれないか」
「不死山?」
これはまた思ってもみない名が。
不死山とは、この世界でもっとも高い山で霊的な聖域だ。
ちょうど人間国と魔国の境界辺りに聳え立ち、双方から敬われている。
お願いって、登山ガイドってこと?
「いや、登山そのものが目的ではない。そこにいる、ある者を帰順させることに協力してほしい」
「帰順ですか?」
「そう、かつて我が父の右腕として魔軍司令の地位にあったベルフェガミリア。今は魔王軍を辞し不死山にこもってしまったあの男を、再び我が国に迎えたいのだ」






