1302 ジュニアの冒険:断りに理由はいるのか
僕ジュニア。
王城の厨房で大変な目に遭っております。
「よし決めた! お前は王城専属の料理人になれ! オレが許可する、いやオレが強力に推し進める! お前はここに必要な人材だ!!」
と僕を王城専属コックに据えようという動きが凄まじいからだ。
「料理長! 料理長この人をここに連れてきたの私! 忘れないでくださいねその功績を!!」
「わかったわぁ! とにかくお前みたいな有能な料理人を放置しとくわけにもいかん! 指くわえて見ているばかりで他に引き抜かれでもしたら一生モノのしくじりだ! だからこそお前はここでゲットする」
僕がポケ○ンみたいに言われている。
「腕もよくて、見たこともない料理を生み出す料理人なんてどこでも欲しがるだろうからな」
「そこまで有望な人材を王城がとりのガシタと合ったら人間国の恥だぜ」
周りのコックの皆さんまで僕を囲い込む流れに?
それよりも皆さんお仕事はいいんですか!?
パーティ成功のためにもジャンジャンお料理しないと!
……え? 僕がたくさん作ったので人心地つけるんですか?
そうですか?
「とにかく、お前からも待遇の希望を出してくれ! 給金とか役職とか! こっちは無理やりお前を働かせたいわけじゃないからよ! お前ほどの人材なら大抵のことは無理なく受け入れられるはずだ!」
「えッ? じゃあ給料も?」
「最低でも、お前の十倍は固いだろうな」
「ウソだぁあああああああッ!!」
コック見習いのペリナさんが悲鳴を上げていた。
大丈夫だよキミだって頑張っていれば、いずれ給料も上がるよ。多分。
いやいや、そんな話をしている場合じゃない。
コックとして一生を終えるのも充実した人生だろうが、僕は僕でやるべきこと学ぶべきことが多くある。
「あのー、大変ありがたい話ではあるんですが、前向きに検討させていただくということで……?」
「よし採用だな!」
いやいやいやいやいやいやいやいや!
違うよ!?
検討はあくまで検討ですよ!
検討=快諾と受け取るとはなんという押しの強さ!?
こっわ!? こんな押しの強い人が人事担当にいる会社怖い!?
「それじゃあお前には副料理長として存分に腕を振るってほしい! 場合によってはオレの代わりに現場の指揮を執ってもらおうとも思う! 見たところお前には指導力もありそうだからな!」
しっかりと評価してくる!?
いやいやダメなんです! 僕にはここで働けない理由が……!
「ダメなのか? 理由は? 断るなら理由くらいあってしかるべきだよなあ?」
これは!?
理由がないと離してくれないタイプ!?
『今日暇?』から入る誘い文句ぐらいに受け答えが難しい!
「仮に理由を話しても、色々論破して理由を潰し、何が何でも勧誘しようという流れだぞ。よほど確固たる理由がないと押し切られるのだー」
今だ隠形しているヴィールの解説。
コイツの言う通りで僕は今や追い込まれている最中。
一体どうすれば、この苛烈な追及から逃れることができるのか?
素直に『王位を継ぐことになってるから無理です』って言うか?
言えるなら最強すぎる断り文句なんだが。
そんな困って弱り切っているところへ……。
「うおぉおおおおおおおおおおおおッッ!! しぇぁあああああああああああああああああああああああッッ!!」
なんだあの猿叫は!?
ドップラー効果で音が高くなっているところから察するに……近づいてきている?
「おおおおおおッ! ほりゅあああああああああッッ!!」
騎虎の勢いで厨房に飛び込んできた何者か。
急ブレーキで止まるものの勢いを殺しきれず、そのまま床を滑ってバランス崩してぶっ倒れ、それでも勢い止まらずゴロゴロと転がって、壁に激突。
ぐわしゃぁーん。
さらにデザート用に積んであったメロンの山に突っ込み、ガラガラ崩れる無数のメロン下敷きとなった。
「うわぁーーッ!? 大惨事!?」
「メロンから掘り出せ! 救出しろ! 下手すりゃ窒息するぞぉおおおおおッ!?」
一息ついたはずの厨房は大混乱。
誰だ一体?
こんな面倒ごとと一緒に飛び込んできたのは!?
勧誘の手引きを一時でもかわせたのは助かるけれど。
メロンの山に埋もれた何者かは、僕たちに助けられるまでもなくみずから飛び出してきた。
その跳躍力、昇竜のごとし。
それもそのはず、その正体はリテセウス大統領!
大統領はフィジカルも最強でなければ務まらない。
「だだだだだ、大統領!?」
「一体何故ここに!? 何か不備でも……!?」
国家的指導者の乱入に、当然ながら厨房の面々はおののく。
異常事態だ。
厨房と国家ではあまりにも規模が違いすぎる。
リテセウス大統領お兄ちゃんは、目が血走って明らかに正気でない表情をしていたが、それでも国家を率いるに相応しいカリスマ性のこもった声で、言った。
「このホットケーキを作ったのは誰だぁあああああああああああッ!?」
その怒号だけで厨房がビリビリと震動する。
弾かれるように進み出る料理長。
「大統領閣下! オレは料理長です! この厨房を与り総指揮を執っているのはオレです! よってどの料理を誰が作ったかに関わらず、すべての責任はオレにあります!」
おお、あそこまで堂々と言い切るとは。
しかも大統領たるリテセウスお兄ちゃんに対して。
強引なところはあるものの、それに遜色ないほどの責任感の持ち主て言うことか。
それを目の当たりにしてリテセウスお兄ちゃんは若干落ち着きを取り戻し……。
「料理長落ち着いたください。私は咎めるために厨房へ突撃&乱入したわけではない」
突撃&乱入の件は当然のように自省していただきたい。
「僕の推測が正しければこの厨房に、今日一番の重要人物がいるはずなんだ。その最強の手掛かりは、このホットケーキ! 故に今一度尋ねる! このホットケーキを作ったのは、誰なのかな!?」
ハイ、僕でーす……!
「やっぱり! ジュニアくん!?」
リテセウスお兄ちゃんの瞳が安堵と困惑と驚愕に揺れ動いた。
様々な感情を内包なさって。
「それだけジュニアが台所にいたのが衝撃ってことなのだー。致し方ねえな」
ヴィールの正確なツッコミ。
「お城を上げて歓待しようって相手が、その歓待の準備スペースにいたら誰だって困る&惑う。すなわち困惑なのだ。ホスト側からしたらちょっとした悪夢だろうなー」
そこまで!?
「ジュニアくん! どうしたのこんなところで!?」
「ごごご、ごめんなさい!」
とりあえずなんか謝っとけ精神。
「迎えを寄こすから待っててくれって言ったよね!? それをもう出発しましたとか言われて、それなのに到着していないから道に迷ったかと心配したんだよ!? いや迷子ならまだいいが、何かしらのトラブルに巻き込まれていたら!? キミたち親子はいともたやすく大長編物語クラスの厄介事に巻き込まれるんだから注意してくれないと困るよ!!」
そ、それはさすがにオーバーでは?
いくら僕たちでもそんな盛大な巻きこまれ体質ではありませんて。
「そうだぞ、おれ様がついていればドラゴンブレスの一吹きでどんな大長編でも一週打ち切りなのだー」
「ヴィールさんッ!? アナタまでついていて、なんでこんなことにッ!?」
「さすがリテセウスだな。おれ様の隠形をあっさり見破るとは」
それには深いわけがありまして。
とりあえず、すみません。
「ジュニアが、とりあえず謝っとくロボットと化しているのだー」
「しかしまあ、大したトラブルもなく発見できてよかった……! これでパーティ失敗という最悪のケースは避けられる……!」
安どのため息をつくリテセウスお兄ちゃん。
しかしながらそんな様子を眺める厨房の人々は、まったく何のことかわからずに困惑の極みだった。
「あの……大統領閣下? パーティ失敗とは?」
「そうです、オレたちは急いで頑張って料理を用意したんですよ! 充分な量! これでパーティが成功しないはずがありません!」
そんな意見に大統領たるリテセウスお兄ちゃんは昂然と言い返し……。
「それ以前の問題だ! どんなにもてなしの準備を完璧にしても肝心の、もてなす相手、お客様が来てくれなければ何の意味もないだろう!」
「えッ?」
「彼こそ本日のメインゲスト、偉大なる聖者様の御子息にして農場国の王子ジュニア様だぞ!」
僕を指し示して盛大に紹介してくれるリテセウスお兄ちゃん。
「「「「「どぅえぇえええええええええええええええええッッ!?」」」」」
そして厨房の皆さんが明敏にリアクション。
「何で!? コイツはただの調理人の増員のはずじゃ!?」
「ペリナ!? お前ちゃんと連れてきたんだろうな!? 何で判断した!?」
「え? だってこんな白づくめの格好してるヤツコックしかいないって……!?」
そんな言い争いをしている中、厨房の勝手口が開いてなんか見知らぬ若者が入ってきた。
「ちょりーっす、ちょっち遅れちゃったっす、サーセンww」
……。
彼がどうやら本物の調理人の増員らしかった。
「盛大な遅刻だし、もう手は足りてるから帰っていいよ」
「ちょwwww、マジでwwww」
……なんだかムカつくなあ。






