1300 ジュニアの冒険:膨らむ粉の真価
こうして夢中で包丁を振り回していると食材はどんどん減って、フォーマルな場に出しても臆することのない小粋な料理へと姿を変えていく。
そしてできた傍から給仕さんに運んでもらって会場へと送り出していく。
「はい百皿目! これでパーティ会場も格好がつくでしょうよ!」
我ながらいい仕事をしたと満足感に浸る。
ただ、たくさん腕を振るった割りにできた料理が少ない気がするのは……。
「うおおおおおおおッ! ジュニアの作った料理もご主人様のと同じぐらい美味いのだぁああああ! よくわからない料理でもうまぁああああああッ!!」
ヴィールが一定の割合食べてしまっているからだろう。
隠形魔法で姿を隠しているため、他の人たちからは見咎められることもなかった。
僕はまあ、これでも聖者の息子なのである程度の魔法効力はレジストして打ち消すなり看破したりはできる。
ある程度の料理が出来上がったためか、厨房の料理人たちも幾分余裕を取り戻して……。
「やるじゃねえか若僧。いくら手が足りないとはいえ腕もたしかかわからないヤツを厨房に入れるのは怖かったが……。どうやら運に恵まれたらしいな」
「この人連れてきたの私なんですから! 感謝してくださいよね!」
カミナリオヤジの見本みたいな料理長も、さすがに表情を朗らかにした。
その周囲でペリナさんといったか、コック見習いの女の子も小躍りしている。さすがに全部の芋の皮も剥き終えたようだ。
「こんな料理の腕、一体どこで身に着けたんだ? これなら王城の料理人もしっかり務まるぜ。なんならすぐにでも人事に掛け合ってやろうか? 腕のいい料理人はいくらいても困らないからな」
「料理長! 私も! 私も正式な料理人として!」
何やら鉄火場の忙しさで緊迫していた空気も、大分緩んできている。
抜け出すなら今がチャンスと、僕の本能が告げていた。
「余裕もできたようなので、僕もそろそろおいとま……」
「何言ってるんだ、一山は越えたが本当に忙しくなってくるのはこれからだぜ」
料理長が何事でもないかのように言った。
「ひとまずセレモニーの用意は揃ったが、お偉いさん方も健啖家でよ。用意した料理なんかすぐ空になる。おかわりを用意しとかなきゃオレらがどやされちまうぜ」
うわぁ……。
料理人の皆様も大変なんだなあ。
「メインディッシュの調理も進めないといけないし……、お前さんには引きづ付きオードブルを作り続けてくれ。そのうち追加の食材が届くから、時間と気力が続く限りな」
「ハイ……」
「あとデザートも作んないとなあ」
料理人って大変なんだぁ……。
「でも不思議なんだよなあ? 使った食材の量やらから考えてももっと料理が出来上がってもいいはずなのに、思ったより少ないんだよなあ。なんでだろ?」
首を傾げる料理長。
それは……できた料理をかすめ取る妖怪が、この厨房に住み着いているからです。
ぬらりひょん系の。
「おッ、また料理が味わえるのかー? 豪勢だなー。今日はついてきて大正解だったのだー!」
さすがドラゴンの胃袋。
普通の人間ならパンパンだろうにまだ余裕がある様子。
そんな感じで、どうやらまだこの無限料理編から抜け出せないことが判明。
新たに届いた贖罪で今度はどんな料理を拵えてやろうかと吟味していたが……。
「おや、小麦粉か」
新たに運び込まれた食材には小麦粉が入っていた。
どう使おうかな?
小麦粉といえば定番はパンだが、さすがにこのタイミングでは生地を寝かせたり焼いたりするのに時間がかかりすぎる。
じゃあこねてうどんでも作るか、とも思ったが、うどんだって生地を寝かせるのに時間がかかるしなあ。
やっぱりお菓子系かな。
分量配分が難しいが、時間はそれほどかからないだろうし……。
そう算段を立てていると外野から声が飛ぶ。
「ちょっと待て! その小麦粉は不用意に使うな!!」
と言うのは料理長。
どういうことです?
「最近、品質の悪い小麦粉が出回るようにおなってな……。ここに届けられるのにも残念ながら粗悪品が混じることがあるんだ」
粗悪品とは?
具体的にどうなるんですか?
「やたらと膨らむんだよな。その小麦粉使って作ったパンとか。オーブンの中を圧迫して危なくなったこともあってよ。あと何故かやたら甘かったりとか。充分注意して使ってくれ」
それだけ言って料理長は自分の調理に戻った。
膨らむ小麦粉?
それって……?
僕は改めて届けられた小麦粉を吟味してみた。
僕の手に宿る『究極の担い手』が、その白い粉の正体を告げている。
「なるほど」
僕はすぐさま、この粉を使った料理を思いつき実行に移す。
ボウルの中にその粉を適量ブチ込むと、卵とミルクも併せてかき混ぜる。
生地を作るとフライパンを熱し、充分熱くなったら生地を流し込む。
じっくりと焼き、ひっくり返してもう片面も焼き……。
完成!
「ホットケーキだ!!」
そう、料理長が粗悪品と言っていた小麦粉の正体は、ホットケーキの素だったのだ!!
父さんが、より簡単に美味しいホットケーキを作り出せますようにと研究を重ねて作り出したホットケーキの素。
世界中のより多くの人々にホットケーキを楽しんでもらおうと、市場に開放した。
しかし世の人々にとっては小麦粉とホットケーキの素の判別がつかなかったらしい。
まあ、どっちも見た目は白い粉だからな。
見分けがつかないのもある意味し方のないこと。
普通の小麦粉として扱われ、かつ想定外の状況を引き起こす“不良品”とみなされたのだろう。
悲しいことだ。
父さんは皆に美味しいホットケーキを食べてほしかっただけだろうに。
まあ、でも材料だけ放出して調理法を伝え損ねるというのもなんとも父さんらしい手落ち感。
しかし!
そんな父の思いを子の僕が引き継ぐ!
ホットケーキの素を正しく使用して作り出したホットケーキ!
うむ、完璧な焼け具合だ!
「うおおおおおおおッ! 皆が大好きホットケーキなのだぁあああああッ!!」
まずヴィールが、ホットケーキの素晴らしさを既知であるが故に大興奮をかました。
「焼きたてホットケーキほど幸せなものはないのだぁあああああッ! このアツアツ生地の上にバターを乗せて! じんわり溶けたところにメープルシロップをぶっかけて! 早く食べさせてくれぇえええええ!」
ゴメン、この場にメープルシロップないや。
「なにぃいいいいいいッ!?」
ここ農場じゃないから、ありとあらゆるすべてのものが当たり前のように揃っているかと言われればそうでもないんだよなあ。
でもバターはあるぞ、大丈夫!
「わーい、でも農場のバターに比べたらなんだかちょっと……」
サテュロスさんたちが生産する最高級バターと比べるのは酷でしょう。
でもここも人間国の王城なんだから、それなりの高級品が納められていてもいいはずなんだが。
そんなこんなしているうちにホットケーキの甘い匂いに誘われたのか、周囲の人々もワラワラと寄ってくる。
「おいおい、何だこの料理は? 匂いだけで美味そうってわかるが!?」
「見るからにデザートの類だな、味見させてもらってんもいい!?」
食す前から好評を博す、さすがホットケーキ。
これがホットケーキの本領だ!!
「これってもしや不良品の小麦粉か!? まさかこんなに上手く仕上げられるとは、お前本当に凄いヤツだな! いよいよマジで本格的にウチに就職しないか!?」
料理長さんもさらに本気度高めで僕のことを誘ってきた。
僕、旅の途上にて就職先が決まる?
「ともかくこの甘いパンみたいなものはデザートにもってこいだ! ジャンジャン焼いてくれ! 十枚や二十枚じゃ到底足らねえ! ひとまず百枚は頼むぜ!」
百枚!?
また無茶な物量を要求された!
ここから僕はすべての感情を失ってただひたすらホットケーキを焼き続けるホットケーキマシンとなる!
いやホットケーキ焼きマシンか!?
ともかく気も休まる暇もないぜ!
うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃッッ!!